10:憧れていたデート、のようななにか
高校の最寄り駅には大きなショッピングモールが直結している。行きたいところを聞かれてもとくに思い浮かばなかった茜は、それならと三枝に案内されるままそこのゲームセンターに来た。
またしてもすっかり三枝のペースにはまっていたが、彼のエスコートは茜が憧れていたデートそのもので、素直に楽しかった。
「ど? 楽しい?」
「楽しい、です」
クレーンゲームで取ったばかりのうさぎのぬいぐるみを渡してくれながら、三枝はにこにこと笑っている。茜もそれに控えめに笑い返して、腕を占領するほど大きなうさぎを両手で抱えた。
「すごいです、一発で取れちゃうなんて」
「コツさえ掴めば茜ちゃんも簡単に取れるようになるよ?」
やってみる?と首を傾げる三枝の誘いを丁重にお断りして、二人はゲームセンターを出た。エスカレーターを降りる途中、少し前までは白い壁に覆われていたオープンしたばかりの可愛らしい雑貨屋さんに目を引かれる。
三枝はもちろん目敏くそれに気がつく。
「あのお店、気になる?」
「え、あ、はい。かわいいなあって……」
「じゃあ行こっか」
下っていたエスカレーターの反対に回り、またもうワンフロア上にあがった。
三枝は軽そうな外見の通り女慣れしていて、今も店内をうろうろと歩き回る茜の後ろを嫌がる素振りも面倒そうな顔も一切見せずににこにこと笑いながら付いてくる。
思っていることを先回りして読み取って、口にしなくても誘導してくれる。至れり尽くせりな女の子扱いは、恥ずかしいながらも嬉しさがあって、切なくなった。
だって茜が一番女の子扱いをしてほしい相手は、一番女の子扱いをしてくれない。そしてそれでもまだ気持ちにも関係にも見切りをつけることのできない自分は、たぶんきっと頭がおかしい人間だ。
「こんな店が出来てたなんて知らなかったなー」
「私も今日知りました」
とくに目的はなくまんべんなく周囲を眺めていた茜の目が、不意に一か所で止まった。立ち止まる茜の目線の先を三枝が覗き込む。
「茜ちゃん、ペンが欲しいの?」
「いえ、そうじゃないんですけど……」
手に取ったアメリカン柄のペンは、去年の疾風の誕生日にあげたものと酷似していた。
その時には既に気持ちは彼に傾きつつあって、でも口喧嘩が主なやり取りの中素直にお祝いもできず、日用品くらいなら気兼ねなく渡せるだろうかと一応用意したものだ。真面目なものではなくちょっとふざけたデザインのものをあえて選んだ。
予想通り「なんだこの柄……」と好みではなかったようだが、彼の元には届いた。
そういえば、あれは今頃どうされているんだろうか。疾風の手に渡って以来、一度も見たことがない。
「なんか……、懐かしくなっちゃっただけです」
先端にぶら下がったにっこりマークのチャームを一度だけ揺らして、元の場所に戻した。
「出ましょう先輩!」
「そ?」
三枝はまたしても茜の手を取り、隣に並ぶ。
髪の派手さとそれなりに整った外見はどこを歩いても注目が集まるらしい。ちらちらと向けられる視線に気づいているくせに気づかないフリをしている三枝の隣はなんだか居心地が悪くて、茜はなんとなく半歩下がる。
「茜ちゃん、」
それに気づいた三枝が振り返ったが、何故かその視線は茜を素通りした。
どうしたんですかと尋ねる前に三枝と手を繋ぐ反対の腕が後ろへと引っ張られて、あくまでも軽く繋いでいた手が離れる。
茜の世界が汗臭い白に染まった。
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