09:そしてようやく駆け出した


「なんなんだよいったいっ」


 振り返ることなく疾風の知らない男の方へと駆けて行く茜の背をなにもできず見送ってしまった苛立ちから、疾風は机に拳を叩きつける。

 ガンッと激しい音に、教室に残っていたクラスメートたちがびくっと驚く。


「ふざけてんのかあいつは!」

「ふざけてんのはあんたの方でしょうがっ!?」


 ただ一人夕紀だけは、手に持っていた掃除用の雑巾を疾風に向かって投げつけた。


「汚いもの投げんなよ!?」


 見事頭に命中した雑巾を剥ぎ取り床に叩きつけて夕紀を睨むが、夕紀も同様に疾風を睨んでくる。

 朝なにかを言いかけていた茜が急に態度を変えた。夕紀にしつこく追及され煩わしかった。戻って来た茜が先程までとまったく違う様相でなにかに浮足立っていた。茜にそれらを問いただす機会を夕紀にすべて潰された。知らない男が茜を連れて行った。茜が振り返らなかった。

 これ以上ないほどに苛立っているのに、夕紀がさらにそんな自分の神経を逆撫でてくる。


「あんたはいつも茜より他の女を優先させるくせに、茜が男と一緒にいなくなったらキレるってどういうこと!? 馬鹿にしてんの!?」

「神崎には関係ねえっつってんだろ!」

「あたしに関係なくてもあんたのせいで茜が泣くなら口挟ませてもらうわよ、この馬鹿っ!」


 茜が泣く、その一言に疾風は怯んだ。

 そして怯んだことに夕紀も気づいた。気づいたがそのまま続ける。止めてやる義理などあるわけがない。


「東雲と茜がどうなろうと構わないけどねっ! 茜があんたのせいで泣くならあたしはどうにかしたいと思うわよ!」


 こんなことが続くなら茜のために二人を別れさせる。そう啖呵をきった夕紀を、疾風は今までで一番冷たい瞳で睨みつけた。


「――なにがなんでも手離す気ねえよ、ばーかっ!」


 疾風は教室を飛び出した。

 あの二人がどこへ行ったかは知らないが、あの様子からして真っ直ぐ帰る感じではない。

 とにかく走る。それしか思いつかなかった。


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