第60話 五十九日目
ふう、昨日は楽しい報告を聞けて大変満足な一日だった。
人の不幸は蜜の味。言っちゃなんだが、正にその通りだろう。性格が悪いのは分かっているが、こればかりはどうしようもない。
さて、今日はガーディアンHDに行って、正式に退職手続きをしなくてはならない。
退職の意向は伝えているので、このままはいさよならでも問題はない……社会人としては問題ありだが、健康保険証や社員証などの返却しなければいけない物。年金や保険証、離職票などの手続きが必要なものもあり、退職届だけで離れられても困るのだ。
そして、これが一番大きな理由だろうが、重役が直接話がしたいとの意向で、まだ社員として残していたようだ。
凄い横暴だなとは思ったが、スマホを見ると数日前から番号だけの履歴が大量にあったので、試しにかけ直してみるとガーディアンHDの重役に繋がった。どうやら、ずっと連絡してくれていたようだ。
話をしてみると、今回の事で正式に謝罪がしたいとの話で会社に来てほしいというものだった。
ついでに、一連の手続きもやってほしいとの事なので足を運んだ次第である。
ガーディアンHDに到着すると、受付のお姉さんが立ち上がってお辞儀してくる。
お客様として扱ってくれているのか、それとも上からの指示でそうしているのか不明だが、俺が労基署に駆け込んだ事を重く見ているのかもしれない。
そのあとも重役らしき人に謝罪されて、いろいろと話を聞かせてもらった。
後藤田部長は懲戒処分となったが、それは俺だけではなく、以前にも行っていた行為が積み重なりそうなったそうだ。
なかには自殺未遂をした人もおり、後藤田部長は決して許してはいけない。
そして会社もまた加害者である。
後藤田部長が何をやっていたのか把握しており、それを見て見ぬふりをした罪は重い。
会社も被害に遭った方達への謝罪と補償を行っており、どうかこれくらいでと数字の並んだものを見せられた。
……うん。俺は気にしてないけどね。
後藤田部長がいなくなったんなら、それでいいよ。
会社は何も悪くない。全て後藤田が悪い。
俺は会社側の姿勢に感動して、重役さんと熱い握手を交わした。
その後、退職に関する手続きを行いガーディアンHDを出てダンジョンに向かうのだが、背後で誰かに見られている気がした。
熱い視線だった。怨念の篭った激アツな視線だった。
出来れば無視したかったが、隠す気も無いようなので、恐る恐る後ろを振り返る。
するとそこには、電信柱の影から俺を睨む後藤田部長がいた。
ひぃーーーっ!?
電信柱では隠しきれていない巨体からは、憎しみが立ち込めており、両手で掴んでいる電柱にヒビが入っていた。
俺は怖くなって逃げ出した。
数々のモンスターと戦い抜いた俺だが、あれだけは無理。人の怨念はあれほど恐ろしいものなのかと戦慄する。
てか、逆恨みじゃねーか!!
俺は走ってポータルに乗るとダンジョン20階に飛んだ。
ダンジョン21階
はあはあはあ、落ち着いて下さい後藤田部長。いや、後藤田さん!
あなたは錯乱しているだけです!冷静になって下さい!
ダンジョンに潜ったは良いが、その後を後藤田部長が追って来た。そして、ダンジョンに潜った瞬間には片手に鉞を持って襲って来たのだ。
マジで怖い。
短い関係しかないが、知り合いがこんなにも様変わりするのは恐怖を感じる。本当に怖いのは、モンスターではなく人なのかもしれない。
話し合いましょう。落ち着いて話し合いましょう。
ここはダンジョンで、モンスターもいます。こんな所で争ってもモンスターに囲まれて死んでしまいますよ。
大丈夫ですか?分かってくれましたか?
どうして俺を襲うんです?俺、何もやってないですよね?
えっ労基に連絡しただろう?
してないですー。俺じゃないですー。他の社員がしたんじゃないですかー?
そのふざけた顔を止めろ?
生まれつきだバカヤロウ!いてまうぞこらぁ!!
ああ、嘘です。ごめんなさい。落ち着いてどうどう。
俺からも質問良いですか?
どうして、あんなオークに殴られるようなこと俺や他の人にやらせたんですか?
仕事で必要だった。売上のために必要な犠牲だった。そのお陰で会社も成長したんだ。お前達も本望だろう。
自殺した人もいるのに、なかなかふざけてますね。
……それで、本音は?
その質問に気持ち悪い笑みを浮かべた後藤田部長は、
「人が苦しむ姿を見るのは、楽しいと思わないか?」
と答えた。
なるほど、ただのクズである。
俺は後藤田部長に接近し、鉞を持つ手に蹴りを放ち腕をへし折ると腹に拳を打ち込んだ。更に下から順に蹴り、殴り破壊していく。
死なない程度に力を加減して、体を破壊していく。
身を守ろうとした手を捻じ曲げ、関節を破壊して地面に叩きつける。
虫の息となった後藤田の口を開き、ポーションを流し込んでいく。一本では足りないので、追加で二本口に入れてやる。
立てるくらいに回復したのを確認すると、また同じように破壊する。
非人道的行為ではあるが、コイツには人の痛みを教えなければならない。
俺にその資格があるのかと問われれば、そんなものは無い。俺は人に説法するほど立派な人物ではないし、どちらかと言うと感情的な人間で、最低限の倫理観も持ち合わせていないかもしれない。
それでも、コイツに痛みを教えてやれるのは、このタイミングしかない。
人に見られず、モンスターの気配も無いこの場所でしか……。
ボロボロになり、意識を失った後藤田に治癒魔法を掛けて地上に戻る。
息はしている。
精神は壊れたかもしれないが、生きているから問題ないだろう。幾らなんでも、コイツを殺して犯罪者になるのはごめんである。
ダンジョン1階に後藤田を放置する。この階には、戦う力の無いダンゴムシしか出ないので安全だろう。
まったく最悪な気分だ。
なんだかんだ言って、感情のままに後藤田を殴り倒してしまった。
反省していないが、今回やった行為が後藤田の行った行為と同列だと気付いて後悔している。
たとえ同様の出来事がまた起こっても、同じように行動するだろう。どれだけ言い訳しようが、俺も後藤田とそう変わらないのかもしれない。
ギルドに立ち寄って、消費した分のポーションを購入していると背後から声を掛けられた。
振り返ると、先日ダンジョンで会った
おう、今日戻って来たのか?
楽しそうだな、何か成果でもあったのか?
宝箱を発見したのか!そりゃ羨ましいな。
打ち上げに行くのか?えっ俺も?
いや、パーティメンバーで成果を祝って来いよ。俺みたいな部外者がいたら邪魔になるだろう。
ダンジョンで約束したろうって?
まあ、そうだけどいいのか?
気持ちよく頷いてくれた東風を筆頭に、他のメンバーも誘ってくれる。若干一名距離を感じるが、まあいいだろう。
その日の夜はたくさん飲んで一方的に語られ、東風の泣き上戸に付き合わされたりもしたが、皆で笑って少しだけ救われたような気がした。
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