第16話 十五日目

 昨日、アパートに帰ると知らない奴がいた。


 そいつは洗面台に立ち、こちらをじっと見ている。

 俺は驚いて悲鳴を上げると、そいつも同じように動きおちょくってくる。

 殴って追い出してやろうと動くと、そいつも素早く動くので油断できない。


 くそ、このデブやりおるわ。


 顔はどこかで見たことあるが、それが何処だか思い出せない。何か、そう、まるで脳が現実を理解したくないようで、上手く働かず思い出せないでいた。


 誰の顔だったかな?


 服装も俺の私服と同じデザイン。

 黒のパーカーにGパン。

 それがはち切れんばかりに、ぱんぱんになっている。

 サイズが合ってなさ過ぎだ。醜いな。


 太ってはいるが、コイツは案外若そうだ。

 二十歳?いや高校を卒業したくらいに見える。


 …ガキめ。


 中々に強そうだが、ここ最近ダンジョンで鍛えた俺の敵ではない。


 大人の力見せてやる!!


 左に振り、右に振り、左に振って左ストレートでそいつを殴る。相手も同じ動きをしていたが、俺の動きがデブより遅い訳がない!


 そしてパリンと鏡が割れる音がすると、奴の姿は分裂した。


 己れ!分身の術か!?



 ……。


 もうやめよう。

 このデブ、俺だ。



 俺は黙って体重計を取り出すと、そっと上に乗る。

 すると110の数字が見えた。あと1あったらゾロ目なのにな。

 …ふう、何があったんだ俺の体?


 俺の元の体重は67kgだった。

 それが半日で43kgも増えていた。


 女王蟻を倒した後は、普通に着替えていたので体型に変化は無かったはずだ。

 そこから帰るまでに体が増量していたのだろう。

 世にも奇妙な怪奇現象である。


 取り敢えずシャワーを浴びようと服を捲ろうとした瞬間、ビリビリと音を立て破れてしまった。


 …俺の1900円。


 安物だが、お気に入りのイカしたパーカーだった。無地だけど。


 Gパンも必死に脱いでシャワーを浴びる。

 そして気付いた。

 着れる下着と服が無い。


 真っ裸で寝たのは幼稚園の時以来だった。




 そして今日の朝一、着れないジャージを無理矢理着て、ぱっつんぱっつんで服を買いに行く。

 店員には笑われ、おばちゃんから大変だったねと飴をもらった。他の客からコソコソ囁かれ、たまにスマホがこっちを向いている。


 無事に服と下着を購入した俺は、直ぐに着替えるとダンジョンに向かった。

 今日はこの体型の事もあって行かないつもりだったが、目的と実益を考えると、ダンジョン以上に適した場所がなかった。


 目的とはダイエット。

 太ったなら痩せれば良い、痩せたいなら体を動かせば良い。簡単な話だ。

 実益とは金銭だ。

 服を買って貯金が厳しくなってきた。昨日のビックアントを売って得た利益は、装備を買うと殆ど残らない。


 この二つを満たす条件の場所は、ダンジョンしか思い浮かばなかった。


 武器屋で防具服と胸当てを購入すると、昨日の利益は無くなった。盾も欲しかったが、サイズが大きくなったので、割り増しで支払う羽目になってしまった。


 そしてダンジョンに向かい10階に飛んだのだが、11階に続く階段の前には、見張りの探索者と立入禁止の看板が立っていた。


 えっ?なんで?

 入れないの?

 20階に飛べ?

 そこまで行ってないよ。

 今日だけだから我慢しろ?

 事情は教えてくれないの?

 ヤバいのが出た!?

 いえ、行かないです。はい、今日は大人しくしときます。



 なんでも11階で危険なモンスターが現れたようなので、今日は10階を探索することにする。

 ボス部屋を通るのだが、その部屋には何もなく、ただ通り抜けるだけで良かった。


 ゴブリン、ジャンボフロッグ、痺れ蛾を相手に立ち回る。

 一昨日も戦って思ったが、自分のレベルが上がり過ぎているのかこの階のモンスターは敵ではない。


 それでも倒せば少なからず収入になるので、容赦無く狩って行く。ザコ狩りと言われるとそうだろうが、如何せん11階に行けない以上仕方ない。


 だからせめて、しっかりとダイエットしようと全力で動く事にした。


 はっきり言って、今までにないほど調子が良い。

 太ったはずなのに体が軽く、それなりに重量のある大剣も木の枝のように軽く感じる。

 全速力で走り、すれ違い様にモンスターを倒す。

 俺と同じように11階に行けなかった探索者が、こちらを見て驚いていたが、気にせず先に向かう。


 更に身体強化を使用して駆け抜ける。

 地面を走り、壁を走り、壁から壁へ跳躍して進んで行く。

 試しに身体強化した状態でモンスターに突っ込んでみると、生温い感触と共にいろんなモノが飛び散っていた。


 これはやめておこう。


 それから魔法を試し、石を投げてみたり、ひたすらに大剣を振って大人ゴブリンの動きを模倣し続けた。


 ダンジョンに潜って三時間後、動き続けてモンスターを狩り、部位を回収した俺はダンジョンから出た。


 渇いた喉を潤すために女王蟻の蜜を取り出して飲む。


 クアーーーッ!!!


 変な悲鳴が出て注目を集めたが、こうでもしないと腰が抜けそうだったのだから仕方ない。


 そして帰ると、体重が111kgになっていた。




ーーー


田中 ハルト(24)

レベル 11

スキル

地属性魔法 トレース 治癒魔法 空間把握 頑丈 魔力操作 身体強化 毒耐性 収納空間 見切り

装備  俊敏の腕輪 不屈の大剣

状態  デブ(各能力増強)


ーーー

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