西行庵
第13話 金峯神社
尋ぬとも風のつてにも聞かじかし花と散りにし君が行衛(ゆくえ)を by西行法師
金峯神社を囲む高い桜や杉の木の梢の間からやわらかな日のひかりが射している。亜希子たちの到着に合わせたかのように曇り空が晴れ始め、南西の方角から、すなわち西行庵のある方角から暖かな春の風が吹いて来た。平安時代以来の古風な延喜式社殿の前に立った時、亜希子の胸中に何とも云えぬ懐旧のような想いが湧いて来て、はからずも章頭に掲げた西行法師の一首が頭に浮かんで来たのだった。『法師が待っている。再会を喜んでいる』という何の脈路もない想念が浮かんで来る。実際ここに来て亜希子の心は至って穏やかではなくなっていた。始めての土地であるにも拘らず前に訪れたことがあるという感じを持つことがあるが、この金峯神社の流造の拝殿前に立った時がそれで、亜希子にはまったく理解不能のことだった。常々訪問することに憧れてはいたが吉野も、その奥千本の金峯神社も、まして聖所西行庵もまったく初めての土地である。その西行の時代で云えばはるか平安の昔、時の上皇が奥方・女房たちや臣・家来たちを引き連れてここ金峯神社まで御幸したと亜希子は歴史の講義で耳にしたことがある。果して自分がその内の一人、お上に仕える女官か女房ででもあったものか…などと訝られたりもする。しかし皆の手前いつまでもそんな想いに浸っているわけにも行かず、義経の隠れ堂まで行って帰って来た恵美と加代の元気者の帰還を見てやおら皆を促し、神社右横の西行庵へ続く坂道を登り始めた。現在時刻午前11時半、東京7時発の新幹線以来4時間半の強行軍もそろそろ終りに近づいて来た。聖所は目の前だ。冬からいきなり初夏に急変した天気に応援を得て、亜希子御一党は運命の苔清水の里へと歩を速めて行った。
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