エピソード 3ー3 紗雪は白いもふもふの濡れ衣を晴らす
お風呂から上がった後、瑛璃さんに開けてもらったドアの隙間から部屋に戻ると、ウトウトしていたはずの紗雪が起きていた。
彼女は壁際にあるテーブルのまえの席に座ってなにかをしている。
「ユリア、お帰り~」
「わん」
「えへへ、ちょっと眠ったら目が覚めちゃった」
おいでおいでと誘われたので、椅子に座る紗雪の膝の上に飛び乗った。そうして膝の上で立ち上がってテーブルの上を覗き込むと、そこにはパソコンのモニターがあった。
「すごいよね、客間にパソコンがあるなんて」
紗雪は今日のニュースを見ているようだ。紗雪が攫われたことや、創世ギルドのことがニュースで大々的に取り上げられている。
とくに、ギルド幹部の息子が殺人を犯し、それをギルドの力で揉み消そうとしていたことが問題視されて、創世ギルドの責任を問う声も上がっているみたいだ。
配信で流れちゃったから無理もないか――って、流したのは私だけど。
でも、これはすぐに収まるはずだ。瑛璃さんは悪意ある殺人の隠蔽に加担するような人じゃない。幹部である黒嶺の親やシオンには相応の罰が下されるだろう。
もちろん、それだけでは納得しない人もいるだろう。ここぞとばかりに、探索者の特権を奪おうとする人もいるはずだ。だけど、探索者やギルドが特権を失うことはあり得ない。実際にそうやって探索者の特権を取り上げた国から探索者が海外へと流れ、悲惨なことになったという前例があるからだ。
という訳で、創世ギルドや瑛璃さんの心配は必要ない。
問題なのは――と、紗雪が開いた切り抜き動画に目を向ける。その切り抜きは、私が黒嶺やシオンを打ちのめすシーンを纏めたものだった。
「見て見て、つい数時間前の出来事なのに、もう二百万再生を突破してるよ」
「わん……」
さすがに増えすぎでしょと突っ込みたい。
……でも、配信者としてだけじゃなくて、事件としてもバズってると考えれば、わりとあり得る回数なのかな? 事件の関連動画って再生数がすごいもんね。
――というか、黒嶺を気絶させたシーンは問題ない。ちゃんと手加減して殴り、シールドの破壊を確認した上で、死なないように叩きのめしているから。
問題はシオンを倒したシーンだ。
コメントには「一方的に蹂躙しててワロタw」とか「容赦ねぇw」とか「親の敵かな?」とか、好き勝手に書かれている。
私の親があの程度の相手にやられる訳ないでしょ。
でも、シオンが特別弱い訳じゃ……なかったのよね。
そこで思い出すのは、お風呂上がりに瑛璃さんが口にした一言。
『深層のボスをソロで倒せるのは日本でユリアだけ』
……初耳だった。
瑛璃さんは回復職なので、ソロでボスを倒せないのは分かる。けど、攻撃職なら話は別だと思ってた。一回ボスを倒せば強化素材が手に入るし、それでアルケイン・アミュレットを強化すれば、次はもっと簡単にボスを倒せるでしょ……?
大体、深層の下にはまだダンジョンが続いているのよ?
なのに、深層が厳しいって……そんなことある?
もっと早く教えてくれればよかったのに。
……知ってたら、シオンをあんなにボコボコにしなかった。
私の行動が逆に創世ギルドの看板に傷を付けたかも知れない。こんなことなら、もう少し苦戦をする振りをするべきだった。……いや、さすがに難しいか。
というか、よくよく動画を見返すと、最初の一撃でシールドが壊れている。それ以降も彼が耐えていたのは、魔術による結界を張っていたからのようだ。
つまり、シオンは本気で命の危機にさらされていたことになる。なのに私は、魔術を受けて瀕死になったシオンにグレイプニルの鎖でビンタまで加えている。
……動画で見せられると恥ずかしい。この十年でがんばって常識を身に付けたつもりだったけど、もっともっと人としての常識を身に付けないと。
「ユリア、私を護ってくれてありがとうね」
「わん」
いいわよと答える。
次の瞬間、紗雪はシオンをボコボコにするシーンを指さした。
「でも、やり過ぎはダメ」
「……わん」
「真っ白な世界に彩りを! ダンジョン配信系実況者の紗雪だよ!」
翌日の朝。
朝食を終えた紗雪が部屋で配信を始めた。
『おはよう、待ってた!』
『怪我とか大丈夫?』
『あれ、いまどこにいるの?』
「おはよう~。ユリアが護ってくれたから怪我とかは大丈夫だよ。それとこの場所は――創世ギルドのVIPルームだよ! 瑛璃さんが使わせてくれたんだ~」
その後に、事情を問うコメントや、それを話して大丈夫? なんてコメントが流れる。
「えっと順番に答えるね。まず、配信は瑛璃さん――聖女様の許可を得ているよ。それと、事件の詳細は創世ギルドが発表すると思うからそれを待ってね。それと――」
紗雪はおもむろに満面の笑みを浮かべた。
「戦姫のユリアさん、やっぱり無実だって! なんか意見の行き違いでユリアさんが怒って飛び出して、瑛璃さんがそれを連れ戻そうとしただけ見たい」
『へぇ~そうだったんだ!』
『それはそれで大事な気がするがw』
『まあ、疑いが晴れてよかったな』
『紗雪、よかったね!』
「うん、ありがとう! これで、みんなも晴れて、この子のことをユリアって呼べるね!」
どうやら、紗雪はそれを言いたかったらしい。
だけど――
『いや、白いもふもふは白いもふもふだと思う』
『実際白いもふもふだしな』
リスナーは白いもふもふという名前が気に入っているらしい。
まあ、私としても、ユリアって正体がばれそうで気が気じゃないので、白いもふもふって呼ばれる方が気が楽なんだけどね。
でも、紗雪は目に見えて拗ねた。
「もぅ、みんな! どうしてそういう意地悪をするのかな?」
『いやだって、白いもふもふは白いもふもふだろ?』
『まあ、ユリアと同じくらい強いのは認めるけどな』
『って言うか、S級を一方的にボコるってヤバいよな』
『実はその白いもふもふがユリアさんだったりしてw』
そのコメントを目にした瞬間、私は変な声が出そうになった。ヤバい、正体がばれそうだと、そこまで考えた私は、あれ? 別にバレてもいいんじゃない? と考える。
いや、だってさ?
私が正体を隠していたのは、瑛璃さんから逃げるためだ。でも、もう既に瑛璃さんには正体がばれている。その上で自由にさせてくれてるんだから、正体を隠す理由がない。
もちろん、こっちの姿が本当の姿という秘密は明かさないけれど、戦姫ユリアといまの私が同一人物であることは、いますぐ明かしても問題は――
『いやいや、ないだろw 大体、その白いもふもふが戦姫なら、子犬の振りをして、女子高生の家に上がり込んでることになるじゃねぇかw』
『たしかに、それはヤバいw』
『それなんてエロゲ?』
『リアルなら事案だなw』
――問題しかなかった。
私は改めて、自分の正体を隠し通すと決意する。
『まあ冗談はともかく、その白いもふもふはホントに大丈夫?』
『そういや、危険じゃないかって声が上がってたな』
少し心配の声が上がる。
シオン相手にやり過ぎたことで、私を危険視する人がいるみたいだ。まあ……あれを見たら、心配になるのは無理もないよね。
「大丈夫だよ。やり過ぎはダメだよって言い聞かせたから」
『言い聞かせてなんとかなるのか?w』
コメントを受けて、紗雪が私に視線を向ける。
「ユリア、反省したよね?」
「くぅん」
「次は大丈夫だよね?」
「わん!」
「大丈夫だって」
紗雪が笑顔で宣言する。
『ワロタw』
『やっぱり言葉が通じてるじゃねぇかw』
『実際、ベーシック狩りとかでも、紗雪の言うことをちゃんと聞いてたもんな』
『過保護なのが玉に瑕だけどなw』
好き勝手言われているけれど、紗雪のリスナーはあまり心配していないみたいだ。もちろん、不安の声は残っているけれど、多くのリスナーが大丈夫と言うことで、不安だというコメントを打っていた人も、みんながこう言うなら大丈夫なのかな? という空気になっている。
少なくとも、いまのところ、強固に心配する人はいないようだ。
『それで、どうして創世ギルドのビルにいるの?』
「あっと、なんかお詫びについて決めたりするからだって」
『え、創世ギルドのお詫び……?』
『なんか凄そう!』
『なにもらうの?』
「まだ決まってないけど、どういうのがあるんだろう? ……菓子折?」
『か し お りw』
『あれだけのことをしでかして、その程度で済むはずないだろw』
『創世ギルドの伝手で武器を作ってもらったら?』
「あーっ、それいいね! このあいだ手に入れたインゴットで武器を作ってくれないか、お願いしてみようかな?」
そう答える紗雪に向かって、リスナー達がおすすめの武器なんかを紹介する。そうしてあれこれ話し合っていると、部屋の扉がノックされた。
「あ、ちょっと待ってね」
配信の機能を使ってミュート&映像を待ち受けに変える。
そうして返事をすると、瑛璃さんが部屋に入ってきた。
「昨日のことで報告があるのだけど、いま大丈夫かしら?」
「あ、配信を終わらせるので少し待ってください」
配信を元に戻し、「昨日のことで瑛璃さんと話すから、今回の配信はここまで! 続きはまた次の機会に!」と言って配信を切った。
「お待たせしました」
「いいえ、こちらこそ急にごめんなさい。というか、普通に部屋で配信をするのね」
「もしかして、ダメでした?」
「まさか、問題ないわよ。ただ、部屋で配信というのが意外だっただけ」
「あぁ、普段はあんまりしないですよ」
「そっか、みんなに心配を掛けてしまったものね」
瑛璃さんはそう言って、ぺこりと頭を下げた。
「改めて、創世ギルドの関係者が迷惑をおかけしました。関係者はすべて確保したので、もう貴女に被害が及ぶことはありません」
「……え? あ、もしかして、私をここに泊めてくれたのは」
紗雪を二次被害から守るため。
それに気付いた紗雪に対し、瑛璃さんは悪戯っぽい笑みを返した。
「それで、お詫びの件だけど、なにがいいかしら?」
「実はリスナーと少し相談して、武器を作ってもらうのはどうかなって」
「そういえば、煌焔結晶のインゴットを大量に入手してたわね」
瑛璃さんがなにか言いたげな視線を向けてくるけれど、私はさっと視線を逸らした。
「インゴットはあっても伝手はなくて。それに、加工費も現物払いとかになる予定で」
「もちろんかまわないわよ。というか、お詫びなのだから加工費なんて必要ないわ。本来なら、インゴットもこちらで用意するところだけど……」
瑛璃さんは再び私をチラリ。
「せっかくだから、インゴットは貴女が入手したのを使いましょう。その代わり、武器の強化に関して、こちらで手を入れておくわ」
「……強化、ですか?」
「完成してからのお楽しみよ。それで、どんな武器がいいのかしら?」
それからしばらく、紗雪と瑛璃さんの話し合いは続いた。
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