エピソード 1ー3 白いもふもふ、JKのペットになる
「今日からここがキミの住むお家だよ~」
女の子の従魔となり、お家にお持ち帰りされた。
それ自体は私の思惑のうちだった。
入り口は封鎖されていたから、追っ手を掛けられた私が通ることは出来ないし、魔獣の姿で通ることも出来なかったから、女の子の従魔として脱出しようと思ったのだ。
結果は大成功。
救援に駆けつけた追っ手のギルメン達も、私の正体には気付かずにスルーしてくれた。おかげで、私は無事に追っ手を振り切ることに成功した。
だけど、まさか――まさか、彼女が配信してるとは思わなかった。
実際のところ、虚空に浮かぶカメラは戦闘の邪魔にならないよう、最新の技術を駆使した迷彩が施されている。だから、カメラに気付かなかったのは仕方ない。
だけど、女の子をちゃんと観察していたら、気付ける要素はいくつかあった。配信を意識した彼女が、カメラやコメント欄に視線を向けていたはずだから。
くわえて、彼女の服装だ。
ノースリーブのブラウスに、膝上丈のスカート。落ち着いた容姿に反しての大人びた服装は、ダンジョン配信者と考えれば珍しくない。
もう少し冷静なら、彼女がダンジョン配信者である可能性には気付けたはずだ。
そしたら……あんな派手に暴れたりしなかったのに。
まぁでも、やらかしたことをとやかく言っても仕方ない。
それに配信者と言ってもピンキリだ。というか、多くの探索者が配信をしている時代なので、登録者数が千人を超えるだけでも数%しかいない。
それを考えれば、話題になる可能性は低いだろう。
そんなことを考えていると、女の子は私の足を拭いてくれた。それから私抱き上げて部屋へと向かう。どうやら彼女の自室のようだ。彼女はそこでパソコンを起動して――
「わぁ、見て見て! 今日のキミの活躍が切り抜きされてるよ!」
そんな恐ろしいことを言った。
ちなみに切り抜きというのは、ライブで垂れ流した配信の見所を編集して纏めたものだ。よほどの見所、あるいは人気がなければ切り抜かれることはない。
「わ、わふ?(まさか、数千回くらい再生されてたり……しないわよね?)」
せめて百再生くらいで許してと心の中で祈っていると、女の子が私を抱き上げてモニターを見せてくれる。
「ほら、もう再生数がはちじゅう――」
ほっ、それくらいならまぁ、なんとか。
「――万再生を超えてるよ!」
「わふっ!?(はちじゅうまん!?)」
う、嘘でしょ? いくら切り抜きでバズったとしても、そんな短時間で八十万を超えるなんて、そんなことあり得る? 一体、この子、どれだけチャンネル登録者数が……
と、私の疑問に答えるように、女の子が自分のページを開いた。
「す、すごい! 今日だけで登録者数が八万も増えてるよ!?」
思わず二度見した。
八万人増えてるのは、まぁ……この短時間で八十万回も再生されるほどバズったのなら不思議じゃない。問題なのは、チャンネル登録数が十八万と表示されていたことだ。
こ、この子、もとから十万もファンがいたの……?
お、恐ろしい子の配信に映り込んでしまった。
――って、どんな確率なのよ!
チャンネル登録数が十万ってたしか、配信者数千人に一人の確率でしょ? それって、探索者でたとえたらAランクの人とダンジョンで出くわすくらいの確率じゃない!
いや、まぁ、私自身が数十万人に一人くらいしかいないSランクの探索者なんだけど。でも、だからって、このタイミングでそんな偶然ある……?
「すごいよね! このペースならきっとミリオン再生達成だよ! それに、キミが戦ってる姿、とっても可愛いね。コメントでも、可愛いって一杯書いてあるよ!」
「くぅううううん!(いやぁぁぁあぁぁあっ!?)」
「ふふっ、喜んでるのかな?」
喜んでるんじゃなくて悲しんでるの!
……まぁね? 私が嫌なのは、自分がちびっ子であることを晒されることだ。だから、フェンリルの姿を晒されるのはまぁいいのよ。
だけど、それでも、私の戦闘シーンが八十万回も再生されるのは恥ずかしい。
一体どんな羞恥プレイなのよと、思わず天を仰いだ。そうして私が死んだ目になっていると、女の子はニュースサイトのチェックを始めた。
そして不意に表示されたのは、私――戦姫のユリアに追っ手が掛けられたという記事。でも、私がそれに目を通すより早く、女の子はページを閉じてしまった。
そのままパソコンをスリープモードに移行して私へと視線を向ける。
「ところで、キミに名前はあるのかな? ちなみに私は紗雪って言うの」
「わん(私はユリアよ。なんて伝わるはずないけど)」
いくらフェンリルの姿を知られていないとはいえ、逃亡中の身で本名を名乗るのは愚かすぎる。好きに呼んでよねと思っていると、女の子――紗雪がぱぁっと顔を輝かせた。
「そうだ、私が付けてあげる。貴女の名前はユリアにしましょう!」
「……わふ?(……え?)」
「ね、いい名前だと思うわよね」
「わんわん!(いや、ユリアはいい名前だとは思うけど、その名前をいまの私に付けるのはヤバすぎるから! って言うか、どうしてその名前を選んだのよ!?)」
「ふふ、嬉しそう。それじゃ、貴女はユリアに決定!」
「わ、わん!(待って、喜んでない! マジでその名前はヤバいから!)」
抗議するが伝わる訳もなく、フェンリル姿の私の名前もユリアになった。
ヤバい、これはマジでヤバい。
私の名前が広まるまえに逃げないと瑛璃さんに捕まっちゃう!
いますぐこの家を出ようと、紗雪の腕を抜け出して玄関に駈ける。すると扉が開き、制服を着た中学生くらいの女の子が現れた。
柔らかいピンクの髪にワインレッドの瞳。
ちょっと小悪魔系の女の子だ。
「ただいま~って、ワンちゃん?」
「わん(ええ。通りすがりのワンちゃんよ)」
女の子は瞬いて、それからぱぁっと笑顔になった。それから横をすり抜けようとした私をすごい速さで抱き上げた。そのままスリスリと頬ずりしてくる。
……え、私の速度に反応した?
「きゃ~、白くてもふもふしてて可愛い! お姉ちゃん、この子どうしたの!」
「お帰り、結愛(ゆあ)。その子はダンジョンであたしを助けてくれたの。っていうか、ユリアが急に走り出すからどうしたのかと思ったら、妹を出迎えてくれたのね」
いや、違うよ、逃げだそうとしただけよ。
とは言えなくて、私は「わふぅ」と誤魔化した。そのまま部屋に連れ戻される。
そこで、紗雪が結愛に今日あった出来事の説明をする。
「イレギュラー……って、大丈夫だったの!?」
「その子が助けてくれたおかげでね」
「お姉ちゃん、無茶しないで。必要なら、私もダンジョンで稼ぐから!」
「言ったでしょ、私だけで大丈夫だって」
「でも……っ」
結愛は心配そうな目を紗雪に向ける。
「気持ちは嬉しいけど、結愛には危ないことをして欲しくないの。それに、ユリアのおかげでチャンネル登録数が一気に増えたから、明日からはもう少し安全に気を遣うよ」
「……ユリア?」
結愛が首を傾げる。
「うん、私が名付けたの」
「あぁ、なるほどね。それじゃあ、チャンネル登録数が増えたって言うのは?」
「それはね、ユリアの活躍するシーンが切り抜かれて、ものすごくバズったんだ」
「ふぅん?」
結愛がちょっとよく分からないといった顔をする。その直後、部屋に置いてあるスマート家電からアラームが鳴った。
「っと、そろそろ夕飯の準備をしなくちゃ」
そう言って結愛が立ち上がる。
「今日は早く帰れたから私が作ろうか?」
「お姉ちゃんはダンジョンでがんばってくれるでしょ? というか、ご飯の準備をしてるあいだに、お姉ちゃんはお風呂に入ってきなよ」
「あ……そうだね。じゃあ、お言葉に甘えようかな」
傷自体は治癒魔術で治したけれど、その服には未だに痛々しい跡が残っている。たしかに、お風呂に入って着替えてきた方がいいわね――と思っていると紗雪に抱き上げられた。
「じゃあ、ユリアも一緒に入ろうね」
「……わふ?(……え?)」
お風呂に入れるのなら入りたい。特に今日は走り回ったのでなおさらだ。
だけど――だ。
「わんわん!(待って、さすがに初対面の女子高生と一緒にお風呂は恥ずかしい!)」
「こらこら、暴れないの。お風呂嫌いなのかな? ちゃんと綺麗にしないとダメだよ?」
「くぅん……」
人前に出るのが苦手な私だけど、お風呂嫌いと思われるのはさすがに乙女としてダメージがでかい。そうしてショックを受けているうちに脱衣所に連れて行かれた。
「ちょっと待ってね~」
着替えを用意して、紗雪はブラウスを脱いだ。次いでスカートのホックを外してストンと落とす。それを見上げていた私は慌てて背中を向けた。
「……どうかしたの?」
「わ、わん(どうもしないわよ)」
背中を向けてじっとしていると、背後から衣擦れの音が聞こえてくる。それからほどなくして「お待たせ」と服を脱ぎ終えた紗雪に抱き上げられた。
そのまま浴場に連れて行かれて、シャワーのお湯を浴びせられる。
「わふぅ~」
汗を掻いた後のお風呂は気持ちいい。
「……お風呂に入るまえは嫌がったのに、シャワーは平気なんだね?」
「わふ……」
「まあ、ちょうどいいから身体を洗っちゃうね」
紗雪はシャンプーを使って私の身体を洗い始めた。
これは、ちょっと、なんというか……
身体を洗ってもらうのは気持ちいいんだけど、初対面の女子高生に全身を洗ってもらうというのは、なんというか……色々アウトな気がする。
……後で逮捕されたりしないわよね?
不安はあるけれど、身体を洗ってもらう気持ちよさには勝てない。そうして身を任せていると、彼女は私の身体を洗い終え、続いて自分の身体を洗い始めた。
……最初に見たときも思ったけど、スタイルいいわよね。
特に平均くらいある身長が羨ましい。
私もこれくらいあれば、瑛璃さんと喧嘩することもなかったのかな……
そんなことを考えているあいだに紗雪は身体を洗い終え、風呂桶にお湯を張った。
「……わふ?」
「ユリアはここで我慢してね」
「わん」
私は十分よと、風呂桶のお湯に身を沈める。紗雪はそれを見て、「可愛いなぁ」とか呟きながら湯船に浸かった。
「ユリア、今日は私を助けてくれてありがとうね」
しばらくして、紗雪がぽつりと呟いた。
私は答えず、顔だけを紗雪へと向ける。
「三年前から、私と結愛は二人で暮らしているの。お父さんとお母さんが三年前のダンジョンブレイクで死んじゃったから」
よく見たら、紗雪の身体がわずかに震えている。
ダンジョンブレイクというのは、魔物がダンジョンからあふれる現象のことだ。滅多に起きることがなく、日本で発生したのは八年前と三年前に一度ずつ。
一度目は数え切れないほどの被害が出て、身寄りを失うどころか、戸籍が分からなくなった子供も珍しくない。
二度目は少しマシだったけど、それでも決して少なくない被害者が出た。
紗雪の両親もそのときの被害者なのだろう。
そうして紗雪と結愛は二人ぼっちになった。
高校生の女の子がちょっと大胆な服装でダンジョン配信をするなんて、ずいぶんと危ないことをするなって思ったけど、妹を護るためにがんばっていたんだね。
私は桶の湯船から飛び出して、紗雪が入る湯船の縁に立った。それから湯船の縁に身を預けていた紗雪の頬に頬ずりをする。
「……わん(大丈夫、もう大丈夫だから)」
「……ユリア? 私を慰めてくれてるの?」
「わん(これもなにかの縁だからね)」
「~~~っ。ありがとう、ユリア」
思いっきり抱きしめられた。
「わ、わんっ!(ちょっと、貴女、自分がいま裸だってことを忘れてない!?)」
するりと腕の中から抜け出した。そうして脱衣所へと逃げようとする。
「ユリア……行っちゃうの?」
寂しげな声が私を引き留める。
ここで置いていくと、紗雪はまた恐怖に身を震わせるのかな? そんな風に考えると放っておけなくて、私は溜め息交じりに踵を返し、桶の湯船へと身を沈めた。
「ユリア……ありがとね」
私は答えず、桶の縁に頭を預けた。
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