もふもふ姿で逃亡中の戦姫様、ダンジョンでストレス発散しているところを配信されてバズってしまう

緋色の雨

第一章

エピソード 1ー1 戦姫@逃走中

「――瑛璃さんのばか、ばーかっ! 信じられない!」


 その日は、私にとって二度目の人生の転換期だった。

 一度目の転換期は、八年前のダンジョンブレイクで天涯孤独の身となったときだ。

 一人になったところを保護された私は児童養護施設に引き取られるはずだった。

 けれど、瑛璃さんとの出会いが私の運命を変えた。探索者としての才能を見いだされ、彼女がギルドマスターを務める星霜で保護されることになったから。


 星霜のギルドマスターにして、聖女と名高い、治癒魔術が得意なS級の探索者。彼女は私にとっての師匠であり、姉であり、唯一信頼できる存在だった。

 私はそんな彼女に恩を返そうと、必死に努力を続けて戦姫ユリアと呼ばれるまでに至った。

 なのに、私は瑛璃さんに裏切られた。


 私は自分の背がちっちゃいことを気にしている。

 身長という一点を除けばスタイルは悪くない、というかむしろいい、と思う。だけど、それが逆に身長の低さを際立たせている。

 だから、私は人前に出るのが好きじゃない。それを知っているはずなのに、瑛璃さんは私に内緒でファッション誌で私の特集を組もうしたのだ……っ!


 可愛い服を着た姿が雑誌に掲載される。世間の人はきっと『なに、この小学生みたいなちんちくりん(笑)』とか思うだろう。

 そんなの、考えただけでもあり得ない。

 酷い裏切りで、もう瑛璃さんのことを信じられないと大喧嘩した。そうして家を飛び出した結果、星霜のギルドメンバーに追われることになった。

 そして――


「戦姫はどこだ!?」

「ダンジョンに入ったという目撃情報があり、その後の行方は追えていません」

「よし、ダンジョンの入り口を封鎖し、草の根を分けても探し出せ! 無傷で捕縛しろという聖女様からの命令だ。見つけても決して攻撃を仕掛けるなよ」

「ははっ、俺程度じゃ戦姫に傷なんて付けられませんって。そもそも、戦姫は聖女様の右腕でしょ? 一体なにがあったって言うんですか?」

「トップシークレットだそうだ。とにかく、見つけ出したら報告しろ!」


 という感じで、ダンジョンの出入り口を封鎖されてしまった。

 ダンジョンに入るのを見咎められたのが敗因だ。


 ただ、いまの私は姿を変えている。瑛璃さんにも教えていない奥の手であるスキルを使い、フェンリルの姿になっているため、追っ手に見つかる心配はない。


 ただ、フェンリルの姿では入り口の検問をパスすることは出来ない。結果的に、私はダンジョン内で息を潜めることを強いられている。

 という訳で、私はストレスを溜め続けていた。


「いたか!?」

「いいえ、いまは上層の捜索を終え、これから中層を捜索する予定です。ただ、下層となると、我々では……」

「そこは心配するな、聖女様がこちらに向かっているらしい。おまえ達は彼女が到着するまでに中層の捜索を終えるようにしろ」


 追っ手の声が聞こえてくる――って言うか、瑛璃さんが向かってるの!?

 やばい、このままじゃ連れ戻されちゃう。そしたら、今度こそ――うぅ~~~。絶対、絶対のぜぇったいに、ファッション誌になんて出ないんだから!


 捕まってたまるかとダンジョンの奥へ逃げる。私にとって、上層の魔物は敵にすらならない。それは中層も同じだ。視界に映る端からスキルや爪でぶっ飛ばしていった。


「せめてもう少し強い敵なら、ストレスの発散くらい出来るのに……」


 敵が弱すぎて逆にストレスがたまる。

 深層……いや、せめて下層クラスの敵なら、ストレスの発散くらいは出来るのにと、そんなことを考えながら中層を進んでいると足音が響いてきた。


 とっさに曲がり角の奥に隠れる。そうして様子をうかがうと、おしゃれな服装の女の子が、スカートを翻しながら駆け抜けていくところだった。


 年の頃は十代の半ばか後半くらい。恐らく学生の探索者だろう。

 片手に長剣を携えているけれど、防具の類いは身に着けていない。これは伊達や酔狂ではなく、とある魔導具が普及したからだ。


 アルケイン・アミュレット。

 身体に薄い膜のようなシールドを張る魔導具で、時間とともに耐久値が回復する。

 これが次世代の防具として爆発的に普及したのだ。

 最初はこれと防具を併用する者が多かったのだけれど、最近は動きが阻害されない軽装でアルケイン・アミュレットを装備、耐久値が下がるまえに撤退する戦闘スタイルが主流だ。

 防具を併用するのはタンク役の人間くらいだろう。


 もっとも、防具がいらないからと言って、あんな薄着でダンジョンに潜る必要はないと思うのだけど……まあ、人は人だ。私と違う考えだからと否定するつもりはない。

 なんてことを考えていると、女の子の後をブラウンガルムの集団が追いかけていった。


「……もしかしてピンチ?」


 女の子がブラウンガルムの群れに追われている。それを理解した瞬間、私は女の子を助けるために、ブラウンガルムを間引きながら女の子を追い掛けた。


 たしかこっちの方へ――と、いた。女の子は袋小路に追い込まれ、私が倒しきれなかった三体の魔物に囲まれている。


 ……あれ? 一体だけ、普通のブラウンガルムじゃないのが混じってるね。


 種族はガルム種だけど、この階層に出るガルムよりも見た目が厳つい。どうやら深層クラスの魔物がイレギュラーとして中層に発生しているようだ。


「どうして、中層にこんな敵がいるのよっ!」


 コーラルピンクの髪の長い髪を振り乱しながら悪態を吐く。

 女の子はイレギュラーを相手に健闘しているけれど、既にいくつか傷を負っている。それは、アルケイン・アミュレットのシールドが全損していることを示していた。

 そして、ブラウンガルムが女の子にトドメを刺そうと飛びかかる。


 危ない! そう考えるのと同時に物陰から飛び出して、いままさに女の子に飛びかかろうとしているブラウンガルムに噛み付いた。


「……え? 真っ白なもふもふの……ワンコ?」


 誰がワンコよ! なんて喋れるはずもなく、私は噛み付いたまま首を捻ってブラウンガルムを投げ飛ばす。そうして地面に叩きつけたところで、右前足を振り下ろした。

 前足の一撃をもってブラウンガルムを叩き潰す。


「……ワンちゃん……すごい!」

「わん? わん!(大丈夫? あと、私はワンちゃんじゃないから!)」

「助けてくれたんだよね、ありがとう――って、後ろ!」


 女の子の声に振り返れば、残り二体が私に向かってうなり声を上げていた。どうやら仲間の一体をやられ、ヘイトが私へと向いたようだ。


「え? あ、うそ……こいつ、下層のボスなの?」


 女の子が呟くがハズレだ。

 正解は深層のベーシック――通常の魔物だ。

 まあ深層の敵を見かける機会なんてほぼないだろうし、間違えるのは仕方ないわよね。それに、強さ的には変わらないので下層のボスと思っても問題はない。


 どのみち、彼女には荷が重いだろう。だから、いまのうちに逃げてくれてかまわないと思っていた。なのに、彼女は震えながらも私のまえに立つ。


「ワンちゃん、助けてくれてありがとう。でも……私は大丈夫だから、いまのうちに逃げて」


 ……ばかね。私をワンちゃんだと思ってるなら、おとりにでもして逃げればいいのに。

 っていうか――


「わん!(どいて、そいつ殴れない)」


 私は再び女の子のまえへ。


「わんわん!(私の憂さ晴らしの相手になってもらうわっ!)』


 信じていた瑛璃さんに裏切られた。師匠のように、姉のように慕っていたのに、酷い裏切りを受けた。私を連れ戻そうと追っ手まで掛けた。

 おかげで、私は人助けをするのにも苦労している。

 だから――ようやく巡り会ったサンドバッグは誰にも譲らない。


「わぉぉぉぉん!(瑛璃さんのばぁかあああああぁぁああっ!)」


 全力で放った八つ当たりの第一弾。

 魔術『闇夜の災炎』が先頭にいたブラウンガルムを骨も残さず焼き尽くした。

 

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