「私」の場合 ①
けたたましいベルの音とともに、新幹線がゆったりと動き出した。窓の外の景色が動き出す。
席に着いた私は、ペットボトルのお茶を口に含んで、一息ついた。久しぶりの新幹線だ。駅の近くに売っていたおいしそうなお弁当に嬉しくなって、丁寧に選んでいたら出発時刻ぎりぎりになってしまった。
窓の外をいきおいよく通り過ぎていく景色に、ぼーっと目をやる。ここから目的地まで二時間ほど乗りっぱなしだ。目的地の確認のために、一枚の葉書を取り出す。
それは、一か月ほど前に届いた一枚の訃報葉書だった。
「まさか、死んじゃうなんて。」
数年前に、思い描く将来の違いから、別れた元カレ。親の家業を継ごうと決意した彼に、私は付いていくという決断ができなかった。
付いてきて欲しいと言われた時、とっさに「できない」と私は答えてしまった。それから何度も話し合ったけれど、私の気持ちも彼の気持ちも結局変わらなかった。
私の二歳上だったから、まだ三十代前半だったはずだ。どうして亡くなったのかは書いていないから分からないが、きっと何かの病気にかかったのだろう。もう何の未練もなく、思い出すと懐かしいと感じる程度になっていたけれど、葉書を見た時は心臓が止まりかけた。きっと実家で頑張っているのだろうと、ぼんやり思っていた。まさか、死んでしまうなんて。
正直なところ、挨拶に行くかどうかは迷った。相手は奥さんもいるし、元カノの私が行ってもいいのだろうか……。結局、お線香を一本だけあげに行くことに決めた。付き合った期間は三年間といえ、一番仕事でつらかった時、たくさん支えてもらった。このままこの人と結婚するのだろう、とすら思ったこともある人だった。行ってくるといいよ、と背中を押してもらい、新幹線のチケットを取った。サークルのメンバーを数名誘い、現地で合流してから挨拶に行く予定だ。
彼との出会いは、サークルだった。私が大学三年生の時、秋の学園祭の手伝いにOBとして来ていたのが彼だった。彼の会社が私の狙っていた職種と似ていたので、就職の相談に乗ってもらっているうちに、自然と付き合った。他のサークルメンバーも彼の訃報は寝耳に水だったそうだ。
彼と出会った頃のことが何とはなしに思い出すと、今でも元気に過ごしている気がしてしまう。湿っぽい気持ちを振り切るように、駅で買ったお昼ご飯を取り出す。久しぶりの駅弁に嬉しくなって、ちょっとした贅沢をした。
木箱のお弁当箱の中は、色とりどりの食材でにぎわっていた。紅葉型に切られた赤い人参と、黄色い卵焼きの色合いがかわいい。これから線香をあげに行くのに、不謹慎だろうか。けれど、お腹がすくのは仕方がない。きっと、彼も相変わらず食いしん坊だなあ、と笑ってくれるだろう。
彼の地元に行くのは、初めてだった。彼は地元の田舎を恥じていた。何度か、案内してよとせがんだが、何もないからとはぐらかされた。でも、結局地元に帰ることを選んだ当たり、彼は地元が好きだったのではないだろうか。思えば、あまり都会の喧騒が好きな人ではなかった。私が池袋や新宿のショッピング巡りをしたがっても、彼は頑として嫌がったし、よく人ごみに酔っていた。ネズミの国はそれなりに楽しそうだったけど、ファストパスを取るために小走りをする私に必死に付いてきている感じだった。彼のそういった所に、私はたびたびイライラしたけど、常にのんびりしている彼の雰囲気に落ち着きを感じてもいた。心の底から好きだった人の一人だった。
スマホがメッセージの通知音を鳴らす。マナーモードになっていなかったことに焦りながら確認すると、今日会う予定の同輩の女の子から新幹線に乗ったという報告だった。「私もさっき乗ったよ」と返し、手持ち無沙汰にインスタを開く。思い出は美化されるものなのだろう。楽しかった彼との思いでが、浮かんでは消えていく。楽しかったことも多かったが、腹が立ったり、喧嘩したりしたこともあったはずだ。それなのに、浮かぶのは楽しいことばかりだ。
別れたことに未練があったわけではない。ただ、嫌いになって別れたのではなかったから、時折思い出してはいた。仕方のないことだったのだと思う。私はやっとの思いで就職した会社を離れたくなかったし、彼は親を助けたかった。応援したい気持ちはもちろんあって、だからこそ「一緒についていく」選択をできなかった自分が後ろめたくもあった。だから、彼が結婚したことは嬉しかった。私が居なくても大丈夫なのだと。
一方で、そのことにムッとした自分もいたりして。
終わりどころのない感傷に浸りながら、私はどこの誰かも知らない人のリール動画をスワイプしながらぼーっと眺め続けた。
二輪の花 麗 @rei_urara
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