訳が分からない

 俺を閉じ込めていた二重構造の壁から出た先に待っていたのは何もない『平地』だった。

 しかし周りを見ると、どの方向を見ても遠くにひたすら大きな木が沢山あるのが見える。この平地は緑一色の『森』の中をくり抜いたように存在しているようだった。

 

 何を言っているか分からないだろうが、俺も訳が分からない。


「もしかして俺、人攫いにあったのか?そもそもここは何県だ?関東か?関西か?くそっ、なんも分かんねぇよ」


 誰かの恨みでも買ったのだろうか?それとも身代金目的だろうか?はたまた超常現象的なものに巻き込まれてしまったのだろうか?何一つ心当たりがない。

 一旦状況を整理してみるが、今はいつなのか、此処はどこなのか、誰がここに連れてきたのか、どうして連れてきたのか、どうやって連れてきたのか、その全てが不明である。見事な程の5W1Hの欠落具合だ。


「俺は城崎玖郎シロサキクロウ、高校2年生の17歳。流石に自分のことは覚えてるよな、そりゃ。ここにくるまでの最後の記憶は・・・テストの勉強して寝るとこまでだな。はぁ、これだとなんも手がかりにならないなぁ。身体は見た感じ何もされてない・・・か。服が部屋着のままなのがちょっと嫌だけどな」


 そんな贅沢なことを言っている場合ではないと理解しつつも悪態をつく。ふと、地面を見ると自分が寝ていた敷き布団だと思っていたものが幾つものフワフワとした羽根を重ねたものだと気づく。こんな原始的なベッドで寝ていたのか、俺は。

 その羽根を一つ、摘んで観察する。それは燃えるような赤色をしており、見る角度を変えると黄、緑、そしてまた赤と見せる色を変えた。


「なんの羽根だろ?ハト?じゃないだろうな、この色は。それにしてもすっごい綺麗な羽根だなぁ。まぁ、3つくらい持っていこうか」

 

 あまりに綺麗なそれに魅了された俺は、観察していたそれを無造作にポケットへと入れる。

 そのまま地面を観察すると、渇いた砂と小石に混じって炭化した木の燃えカスが幾つか落ちていた。

 この『平地』は山火事によって出来たとでも言うのだろうか。

 

 パキッ


 何か小さな音が聞こえた気がして、音の鳴った方を向く。

 ・・・先程は気づかなかったが、ギリギリ見えるくらいの距離に狼のような生き物がこちらを見ている。ぱっと見だが軽く20匹は超えているはずだ。

 まずい!!そう考えるや否や逃げようとする。

 しかし、野生の勘だろうか。それに気づいた狼たちが一斉にこちらへ走り出した。


「なっっ!?」


 やばい!こっち来てる!!

 狼が走り出すと同時に俺も動き出す。

 逃げろ!逃げろ!!逃げろ!!!

 しかし、足がすくんで上手く走れない。

 

 百メートルもいかない内に、始めは豆粒のように見えた狼は鳴き声が聞こえる距離にまで迫っていた。


「ハァッ、ハァッ。なんっ、で、おれがこんな目に・・・痛ッ!?」


 ついに足を噛みつかれ、地面に倒れる。


「やめっ、くるなっ!う、うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 パニックになり叫び声をあげる。しかし、そんなの関係ないとばかりに狼が群がる。

 がぶり、ぐちゃ・・・一匹が顔に噛みつこうと飛びかかってくる。防ごうと前に突き出した腕が噛まれる。

 まだ動く方の足で動こうとするが、手足に群がる狼の重さでそれも叶わない。


 こんな最期なのか・・・最初から最後まで訳が分からなかったが、今から俺が死ぬことだけは分かる。

 全てを諦め意識を手放そうとした瞬間━━━━━━







 ヒュンッ!!







━━━━突然、俺の足に群がる狼達が消し飛んだ。狼だった破片が辺りに飛び散る。


「ガルルゥゥ!!ギャンッッ!?」


 仲間が突然やられた狼達が俺から離れ、一斉に警戒体制になる。自分達を攻撃したのは誰だ。周りを見渡す1匹が今度は消し飛ぶ。そして立て続けに2匹、3匹と消し飛ぶ。訳もわからず、音もなく、姿が消える。

 あんなにいた狼達はいつの間にか残り3匹まで減っていた。残ったのは歴戦の猛者の風格を漂わせている他の個体と比べて体が大きな、そして傷跡もいくつか見える3匹だ。この3匹が群れのボスだろうか。


 しかし彼らも他の個体と同じ運命を辿ることとなった。


 一体どうやって視線を潜り抜けたのか、いつの間にやら大きな人影が彼らの目と鼻の先にいる。

 3匹が急いで動き出すより先に、ブォンと何かを振る重い音が響いた。

 これが彼らの聞いた最後の音となった。

 






 助かった・・・のか?アドレナリンがとめどなく出続けている気がする。もうほとんど痛みを感じない。血液が足りなくなったのだろうか。視界が霞む。

 本当に、訳が、分からない・・・・・・


 今度こそ俺は意識を失った。

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