第一話 風

「……ねえ、シュン」


少し前を歩いていた幼馴染の綾華……天城綾香は、くるりと振り返る。

少し短めの黒髪と、強気な吊り目がトレードマークの少女を、夕焼けが照らす。


「……どうした?」

「入学してもう一週間経つけど……まだお友達できないの?」


お前は俺の母親か。

少し呆れる俺に構わず、綾香は続ける。


「クラス違うから、中学生の頃みたいに助けてあげられないよ?二人組ちゃんと作れてる?」

「…………」


俺は明後日の方向を向く。


おそらくこいつの耳に、俺がぼっちでいるということが入ってきたのだろう。

だから今日、こんな話題を持ち出してきたのだ。


女子特有の情報網によって、その詳細まで知られているはず。反論するのは、象に蟻が挑むようなものだ。


「……いいんだよ。先生と組んだ方が成績は上がるんだから」

「……はぁ」


綾香はため息をつく。


「全く、まだ“打算なしの友達”なんて求めてるの?」

「……昔からそういうのに敏感なんだよ」


友達になろうと近づいてきたやつがどっかの企業の部長の息子で、コネを使って親父に出資を求めようとしていたり、ハニートラップの一環だったり。

あるいはもっと酷いのだと、誘拐犯の手下だったこともあった。


「そういうのはもう体験したくないからな」


そう言うと、綾香は再びため息をついた。


「……ったく。ま、あんたが唯一信用できるのが私ってのも、悪く無いからいいけどね」


綾香はそう言って微笑む。

思わず見惚れてしまうほどに、魅力的だった。


「……お前に出会えたことは、俺の人生で最も幸運なことだよ」

「な、何よ急に」


綾香が夕陽に照らされてもわかるほどに顔を赤く染める。


「……いや。ただ言いたくなっただけだ」

「……そ」


綾香は照れたようにそっぽを向く。


「私にとっても、あなたと出会えたことは……わっ」


一際、強い風が吹く。綾香は持ち前の運動神経を活かしてステップを踏み、倒れるのを回避する。


「綾香!」


直後、俺は地面から異変を感じ、反射的に綾香を突き飛ばす。バランスを取り戻したばかりだった綾香は尻餅をつく。


綾香は抗議しようとして、見知らぬ魔法陣に囚われた俺に言葉を失った。


魔法陣はフラクタル図形や4次元の多面体、見たこともない文字が組み合わさった異常に複雑なものだった。


もうすでに効果が発揮されていて、魔法陣の内と外を遮るバリアのようなものが出現している。


「シュン!」


綾香の瞳が不安に揺れ動く。

俺はそれを晴らす言葉すら見つからないままに、魔法陣ごとその場から消滅した。


強い風が吹く。葉が一枚、木と別れを告げ、宙に舞い上がっていった。

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