「短篇小説」は硝子細工のように(短編集)
泗水 眞刀
第1話 ゆらぎの芽 ~グリーン スプラウト~
1 令和七年 六月二十六日
世の中がこうなってから、幾日経っただろう。
静かに、ただ静かに時が止まって行く。
人類が文明を持って以来、こんなに静かな時間を地球が過ごしたことがあっただろうか。
緑が芽吹き、雨に濡れて輝いている。
雨と緑の季節と共に、それは突然訪れた。
人間の額に、木の芽のようなものが生えだした。
やがてそれを生やした人は、動きが緩慢になりよく睡るようになる。
そうして最後には、睡ったまま起きなくなる。
いったい世界は、どうなってしまったのだろうか。
朝起きて洗面台の鏡に写った額に、芽が吹き出ているのを発見した。
「えへ、とうとうあたしにも生えて来ちゃった」
倉田
世界でそれが初めて確認されてから、まだ二十四日目である。
第一報は、リオデジャネイロのTV放送局から配信された。
それはアマゾンの密林に囲まれた小さな村の人間すべてが、睡ったまま目を醒まさないというニュースだった。
その集落の中に日本人が一人混じっていたことから、そこそこの話題になった。
その日本人は江本和臣という、元国立T大学の准教授だとテロップが流れた。
十年ほど前までは、若手のホープと呼ばれる優秀な植物学者であったという。
それが十年前のある出来事以来、中南米各地を彷徨い続け、日本へも大学へも戻っていなかったらしい。
その一週間後には南米から中米までの各地で、同じような症状が瞬く間に広がっていた。
アメリカもすでに感染者が出ており、その勢いは留まることを知らない。
原因は一切不明であった。
共通しているのはたった一つ、額から木の芽のようなものが生えていることである。
アメリカの某大学の著名な教授がその芽を額から取り去ろうとメスを入れた所、その根は脳へまで達しており切り離し不可能なことが分かった。
無理に切除すれば、人命が損なわれる可能性が非常に高いというのだ。
そんな報告にお構いなく、アジアに君臨する独裁国家C国では、外科手術が繰り返し行われた。
国家のため、いや党のためであれば人権などタンポポの種より軽い国だ。
三十例以上を試した結果、すべての人の命が失われた。
この結果を持って、この木の芽のような突起物は除去不可能だと断定された。
南北アメリカ大陸から欧州、アフリカ、中東、西アジア、東アジアとその病らしきものが拡散するのに十日と掛からなかった。
それを誰言うとなく〝スプラウト・シンドローム〟(芽吹き症候群)と呼ぶようになった。
マダガスカルやオーストラリア、ニュージーランドのほか、絶海の孤島までも例外なくスプラウトにやられた。
世界で最後にスプラウトがやって来たのが、極東の島国日本だった。
けぶるような緑の中、優しい雨にうたれながらこの奇妙な病は蔓延して行った。
2 05th / June / 2012
江本和臣がスイスの中堅どころの科学雑誌Kにその論文を発表したのは、今から一か月前の事だ。
色々な所へ論文を送ったが、どこもかしこも門前払い状態であった。
大学の頃の伝手を頼りに、やっと掲載してもらったのが〝K誌〟だった。
アマゾンの密林の中で偶然発見した、新種の植物に関する研究結果である。
きわめて生存力の強い種で、石にさえ根を張ることが出来る。
その生命力は自然界の常識をはるかに凌駕していた。
多分真空状態の中でも、生命を維持できるのではないかと思われる。
おまけに異常な繁殖力を有しているのだが、自ら進んで繁殖しようとはしないらしく、棲息域はわずかに一キロ四方に限られていた。
いままで発見されなかったのも頷ける。
この発見が認められれば、世紀の大ニューになるのは間違いなかった。
ノーベル賞さえ受賞できるかもしれない。
有名どころの研究所から、サンプルを持って来て欲しいとの連絡が引きも切らなかった。
しかしこの植物は、棲息域を一歩でも出てしまうと瞬く間に枯れてしまうのだ。
棲息域内であっても、根から切り離せばたちまち死んでしまう。
その枯れたサンプルはいくら調べてみても、遺伝子にもDNAにもなんの特徴もなかった。
その辺りに生えている、ただの平凡な植物に過ぎないのである。
やがて江本和臣は誰からも相手にされなくなり、学界から消えて行った。
3 令和七年 六月十七日
その日も朝から雨が降っていた。
「とうとうこの町でも感染者が出たらしい。一体世の中はどうなってしまうんだろうな、この前の厄介なヤツの治療薬が開発されてやっと生活が落ち着いたと言うのに」
父親が朝刊に目を通しながら、食後のお茶をごくりと飲み込んだ。
「睡ったまま目が醒めなくなるのよね、いやだわ早く治療法が見つかるといいんだけど」
母親が洗い物をしながら相槌を打つ。
「行ってきます」
そんな両親の会話を聞きながら、倉田華菜は玄関に向かった。
「華菜、お弁当忘れてない。ちゃんと持ってってよ」
「ちゃんと入れたよぉ、じゃあ行ってくるね」
「はい、行ってらっしゃい」
いつもの何げない会話だった。
埼玉県
芽吹いた若葉のように、彼女は青い春の真っ只中にいた。
まだまだこれからいくらでも、明日が広がっているはずであった。
彼女の通う県立結芽浦北高校は、徒歩で十五分ほどの近さにある。
自転車を使うまでもなく、十分に徒歩圏内だ。
やっと目覚め始めた人影まばらなアーケード商店街の中を通り、住宅地域を過ぎるといきなり農村風景が広がる。
そこに結芽浦北高校は建っていた。
黄色い傘をさした華菜が校門のそばまで来た時に、一台のミニバンが通り過ぎた。
「きゃっ」
華菜は思わず声を上げた。
車が水溜まりの水を撥ね上げたのだ。
「大丈夫か倉田」
見上げるとそこには黒く大きな傘を手にした、露城(つゆき)真吾の顔があった。
「あっ、露城先輩──」
華菜の頬が一瞬で赤く染まる。
「まったく非道い車だな、濡れなかったか」
「は、はい大丈夫です」
華菜は胸の動悸を悟られまいと俯くと、ぴょこんと頭を下げ小走りに校門内へ駈けて行った。
まだ、華菜の周りには日常があった。
4 17th / Sep / 2015
江本和臣はグアテマラに居た。
三年前に発見した新種の植物に魅入られたかのように、中南米各地を歩き回ったが何一つ収穫はなかった。
このグアテマラのマヤ文明の遺跡周辺で、ほとんどの地域の踏破は終わったことになる。
もう今では学会への発表も、大学への復帰もどうでもよくなっていた。
彼は完全にあの小さな植物の虜になっている。
金のかかる海外での生活費からなにまで、資産家である実家の父親の世話になっていた。
父親は成績優秀な息子を溺愛しており、彼のためであれば金を出し惜しみすることはなかった。
「やはりあそこ以外に棲息の形跡はないようだ、還って腰を落ち着けるとするか」
一週間後、江本和臣の姿はアマゾンの密林の中にあった。
5 令和七年 六月二十日
華菜の父親に芽が生えたのは二日前だった。
今朝からは父親は会社へ行かなくなった。
昨日夕方に帰って来てから、ほとんどを睡って過ごしている。
学校も生徒の半数以上が欠席である。
みなスプラウトにやられてしまったのだろう。
授業もほとんどが自習で、今もなにをするでもなくぼーっと雨の校庭を眺めていた。
今日も朝から雨だ。
学校へなど来なくてもいいのだが、何かしらの日常に縋りたい思いで登校していた。
「倉田、お前はまだ芽が出てないみたいだな。安心したよ」
急に後ろから声をかけられた。
ふり向くと部活で陽に焼けた、爽やかな笑顔があった。
「先輩・・・」
露城真吾だった。
「昼飯一緒に喰おうぜ。学食やってないだろうとおもって、アーケードの沢田の爺さんの所で買って来てたんだよ」
そう言って薄い茶褐色の紙袋を机の上に置く。
沢田の爺さんの所とは、アーケード商店街の沢田ベーカリーのことである。
「自販機は動いてるから大丈夫だ、牛乳でよかったよな?」
紙パックの牛乳も二つ添えられている。
袋の中にはチョココロネとあんとホイップクリームがたっぷり詰まったパンが二個ずつ入っていた。
どちらも沢田の爺さんの手作りである。
「わあ、チョココロネ大好きなんです」
華菜は思わず声を上げていた。
「知ってるよ、子どもの頃からいつも喰ってたもんな」
近所に住む露城真吾とは幼馴染で、小さい頃はほとんど毎日一緒に遊んでいた。
小学校の低学年を過ぎた頃から、急に接することがなくなった。
そして、いつしか華菜は真吾に恋をしていた。
6 02nd / Feb / 2019
三日前に江本和臣は、ジェニファローゼという十九歳の娘と結婚した。
アマゾンの少数民族〝パキュ族〟の娘である。
父親はドイツの製薬会社関連の人間だったという。
こういった密林地帯には、まだ発見されていない薬の原料になる動植物がいくらでもある。
少数部族の昔からの習慣で服用しているそれらは、使い方によっては画期的な新薬として巨万の富を生み出すこともある。
だから製薬会社関係の人間たちが、こんなジャングルにまで来ることがよくあるのだ。
その父親だというドイツ人は、子どもが産まれてすぐに〝ジェニファローゼ〟と言う名をつけたっきり国へ帰り、再び親子の前に現れることはなかったらしい。
多分国には妻子が居て、彼にとってはここでの出来事は単なる遊びであったのだろう。
文明人の身勝手さを思うと、江本は腹が立った。
純粋で疑うことを知らない人たちへの憐憫の情、それを持つ事さえ不純に感じられた。
生まれた女の子は髪の色と肌の色は母親譲りなのに対し、その目鼻立ちや体型は父親の血を濃く受け継いでおり、白人風のノーブルで整った顔と美しいすらりとした身体つきをしていた。
とても少数民族の娘とは思えないほどの美少女だ。
その瞳の色は、ジャングルと同じ深い碧色をしている。
みんなからは〝ロゼ〟と呼ばれている
。
彼が初めてこの美少女を見たのは、彼女が十五歳のときであった。
その奇蹟のように綺麗な姿に驚いたことを、今でも記憶している。
それから四年、成長した十九歳の美しいロゼを彼は妻とした。
いま二人は、小さな滝つぼの裏側に居る。
密林の奥深くに隠された、部族の者以外に立ち入ることの許されていない神聖な場所だ。
この集落に腰を据えてから四年になるが、こんな場所があったことさえ江本は知らなかった。
結婚をしたその夜から三日間、神への誓いの儀式としてこの滝つぼ裏の洞窟に籠ることが代々の習わしなのだという。
その間には、一歩もここから出てはならない。
今夜がその三日目になる。
明日の朝ここから出れば、江本は正式にパキュ族の一員として認められることになる。
ロゼを妻に出来たことは無論だが、さらに彼を歓ばせるものがここにはあった。
狭い洞窟の壁一面に、むかし描かれたような壁画があったのだ。
その壁画というのが、どうやら江本が発見した植物に由来しているようなのである。
壁画の中に、そっくりな形状の絵が出て来るのだ。
〝これは一体なんなんだ、あの植物に関連があるのだろうか〟
その壁画を見た瞬間、江本は身体中に衝撃を受けたかのような感覚に捕らわれた。
7 令和七年 六月二十三日
父も母も、中学三年の弟の拓馬もぴくりとも動かず睡っている。
テレビはとうに、まともな放送を流さなくなっていた。
二十四時間ACジャパンのPR放送が、繰り返し映し出されたままだ。
「沢田のお爺さんのパン屋、開いてるかな」
華菜はアーケードまで行ってみた。
誰も歩いていない商店街の中、パンの焼けるいい匂いが漂っている。
「まだお爺ちゃん元気なんだ」
その焼きたてのパンの香りをかいだ途端、華菜は笑顔になっていた。
「よかった。お爺ちゃん、まだお店やってるんだね」
そう声をかけながら店内へと入る。
「おお華菜ちゃんじゃないか、無事でよかった。もう店になど誰も来ないと思ってたよ、でも窯を見るとどうしても作っちまうんだな。五十年以上そうやって来たんだから」
奥からコック帽を被った優しい顔の老人が出て来て、華菜へにっこりと微笑む。
「何でも好きなだけ持っておゆき、どうせ商売になんかなりゃしないんだ。パン達も食べてもらえりゃ嬉しいだろうからね」
「えっ、いいの? ありがとうお爺ちゃん」
華菜はチョココロネと数種類のパンを二個ずつ選んだ。
「明日もまたおいで、元気な限り作り続けるから」
そう沢田のお爺ちゃんは声をかけてくれた。
〝先輩の所へ持って行こう、一緒に食べよう〟
華菜はうきうきしながら、露城真吾の家へと向かう。
〝ピンポーン、ピンポーン〟
チャイムを鳴らしたが、なんの反応もない。
ドアノブに手をかけると、鍵は掛かっていなかった。
「おじゃまします」
人の気配のない家の中へ、華菜は入った。
子どもの頃に何度も来たことがあるので、真吾の二階の部屋は分かっている。
恐るおそる部屋のドアを開けてみる。
「あっ、先輩」
ベッドに上半身をあずけた姿勢の、真吾がゆっくりと顔をもたげる。
「よお、倉田・・・。どうやら俺もダメみたいだ、眠いんだ」
微かに口元が笑っている。
額には木の芽のような、小さな突起が生えていた。
8 25th / May / 2024
熱帯雨林の中の緑の集落は、深い睡りに落ちていた。
傍らには、妻のロゼが息子を抱いてゆったりと微睡んでいる。
〝睡っていてもキミは綺麗だね〟
江本は自らも不思議な眠気に身を委ねながら、美しいロゼの顔を撫でた。
最後の意識を振り絞り、朦朧とした頭で新婚の儀式で見た滝つぼ裏の壁画を思い出していた。
植物が大地から芽生える所から始まり、やがて成長した芽の両側に男女らしい二人の人間が描かれている。
二人の間に小さな人間が増える。
子どもが産まれたのだろう。
その子にやがて新種の植物と同じ形の芽が額から生える。
次の場面は多数の人間(おそらく村落の者たちだと思われる)の額にも、芽が生えている。
すべての人が、睡っているかのように横たわっている。
その芽はやがて、まるでタンポポの種のように額から離れ空へと浮かび上がる。
無数の種らしきものの下に、丸い物体が描かれている。
次の場面は、大きな爆発の瞬間のような放射線状の絵だった。
その後に描かれた種らしきものの下には、丸い物体はなかった。
それ以降、壁画を目にすることはなかった。
部族の掟で、新婚の最初の三日間以外にあそこへ入ってはならないのだという。
知識欲に負けそうになりながらも、江本はパキュ族の言い伝えを頑なに守った。
もし破れば彼は一族から追放され、二度と戻って来ることは出来ないと言われたからだ。
ロゼを失うことなど出来ない、それほど彼は妻を愛していた。
学者としての欲も、今ではほとんど残っていない。
壁画と同じように、息子のレオの額に芽が生えたのは五日前だった。
すぐにその芽は母親のロゼにも生えた。
睡ってばかりいるようになり、とうとう話しかけても揺すっても目を醒まさなくなった。
部族の者にもこの現象は瞬く間に広がり、集落は大きな睡りに落ちた。
「ロゼ、レオ、父さんももう眠くなってしまったよ。あの壁画の通りだ、あの植物はやはり特別な存在だったんだな・・・」
それ以上なにも考えることは出来なかった。
緑の集落には、もう動く人間は誰もいない。
江本は額から芽を生やし、静かに睡りについた。
9 令和七年 六月二十七日
もう沢田ベーカリーからは、パンの焼ける匂いはしていなかった。
昨日から華菜は薄っすらとした眠気が、精神を包み込むのを感じていた。
動くことが億劫になり、連続して睡魔が襲って来る。
嫌な感覚ではなかった。
どちらかと言えば、そのまま眠気に身を任せてしまいたい心地よさがある。
〝みんなこんな気持ちだったんだ〟
朦朧としながら華菜はアーケード商店街へと行ってみたが、一昨日の朝まで笑顔を見せてくれていた沢田老人の姿は店にはなかった。
「先輩・・・」
華菜の頭に浮かぶのは、露城真吾の陽に焼けた顔だった。
毎日華菜は真吾の部屋を訪れていた。
もちろん彼は睡ったままで、会話もなにもない事は分かっている。
〝先輩に逢いたい〟
ふらふらとした足取りで、どうにかその家まで辿り着く。
「・・・、シンゴくん」
久しぶりに幼い頃の呼び方をしてみた。
ベッドの上で、安らかな寝息を立てている顔を覗き込む。
急に大人びて来た表情には、まだほんの少し幼さが残っていた。
そこに毎日遊んでいた頃の面影を見て、華菜はふっと微笑んだ。
そっと唇を押し当てた。
「ずっと好きだったんだよ、シンゴくん。 あたしのファーストキス──」
華菜はそのまま真吾に寄り添うように横たわった。
新緑の若葉を、優しい雨が濡らしている。
今日も外は雨だ。
10 令和七年 六月三十日
長崎県の高台にある古い洋館の窓から港を眺めていた老人が、安楽椅子に揺られながら目を瞑り、心地よい睡りの世界へと誘われて行った。
これで地球上のすべての人間が睡ってしまった。
奇跡のように生命が誕生したこの星に、さらにそれ以上の奇蹟として人類が誕生した。
火を使い噂を操り、自然界の限界を超えどれだけの数だろうが、巨大な集団をつくれるようにもなった。
ホモサピエンスは文明を持ったのだ。
しかし今、この星にはその頭脳を使い騒がしく動き回る人間は一人もいなくなっていた。
11 芽生え
遥か彼方のどこかで、島宇宙どうしの衝突が起こった。
二千億個以上の星同士が、無軌道に衝突し合う途轍もない現象だ。
しかし地球のある天の川銀河には、何の影響もないはずだった。
そこはあまりに遠く離れていたからだ。
最後の一人が睡りについた瞬間、額に生えていた木の芽状の突起物に変化が表われた。
その芽は瞬く間に形状を変える。
芽は子房となり、先端は冠毛のような形状となって行く。
まるでタンポポの種のようだ。
そうして世界中のそれは、一斉に額から離れ抜け空中へと飛散する。
みるみる上空へと昇り、成層圏を抜け宇宙空間へまで達した。
七十五億五千万以上の種子が、地球を遥かに見降ろす宇宙空間でひと塊となった。
その種子の塊は、まるで一つの意思でも持っているかのように地球から離れて行く。
いま月の横を通過しようとした刹那、青く美しい奇跡の母星〝地球〟に最悪の事態が起こった。
地球の三分の二程の大きさの惑星が突然現れ、瞬時に衝突してしまったのだ。
眩いばかりの光にあたりが包まれた。
その閃光が消えた後、地球があったはずの空間にはなにも存在していなかった。
島宇宙どうしの衝突の中で、起こりえないことが発生していた。
あまりのエネルギーのぶつかり合いのためなのか、それとも不可能に近い確率の偶然の賜なのか〝ワームホール〟が一瞬だけ出来てしまったのだ。
それがそこに存在したのは、時間で言うと一秒の数億分の一という単位だった。
そこへ周りの星々の衝撃で刎ね飛ばされた惑星が、どういう具合にか入り込んだのだ。
そしてワームホールの出口にあったのが地球だった。
無限ともいえる空間を持つ宇宙の中で、起こるはずのない偶然がいくつも重なり合い、地球は消滅してしまったのである。
12 ∞ 永き旅立ち
天高く舞い上がりながら、華菜は真吾を感じていた。
母を父を、弟の拓馬を沢田ベーカリーのお爺ちゃんを感じていた。
いやそんな数ではない、七十五億の心を感じていた。
種子となって宇宙へと飛んで行きながら、すべての人間の心はひとつに繋がっていた。
〝ありがとう倉田、お前の初めてのキスもらっちゃって。俺でよかったの?〟
〝ずっと、ずっと好きだったんだもの。あたしシンゴくんの事が好きだったんだもん〟
〝俺も好きだったよ、華菜のこと。子どもの頃からずーっと〟
〝キミたちの先祖はこの事を知っていたんだね、やがてすべての人類が遠く旅立つ日がやって来る事を〟
〝そう、その初めの一人目がわたしたちの息子だった。あたしとあなたの息子、レオでなければならなかったの。こうなることは決まっていたのよ〟
〝いまとなってはそんなことどうでもいい、ボクはキミをただ愛しただけさ。──愛しいロゼ〟
〝一体わたしたちは、どれだけ彷徨うのかしら〟
〝さあね、なん億年、なん百億年。僕らが再び根を下ろす星が見つかるまで〟
種子となって宇宙を彷徨う地球人は、いつの日か安住の地を見つけるのだろうか。
緑の大地に根を下ろし、優しい雨に打たれる日は・・・。
おわり
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