第21話 確かめる
「お水出しますね。隆一君は座ってください。」
「お邪魔します。」
ソファーへ座り部屋を見渡す。
整理された綺麗な部屋だ。
アロマが焚かれているのだろう。
ほのかに甘い香りがする。
「それで話って何だ?」
単刀直入に本題に入る。
呼び出された理由が気になった。
京子はどうして俺を呼んだのか。
明里がいると話せないことなのだと思う。
もし、何か悩みがあるなら力になりたい。
「隆一君の秘密を教えてください。」
「秘密?」
「過去と言ったら分かるでしょうか? 怪我のことから嫌な思い出まで全部教えて欲しいんです。」
「......いきなりだな。」
京子は俺のことが知りたかったらしい。
二人きりなのも俺を配慮してのことだった。
明里にはもう全てを打ち明けているとは知らないらしい。
俺の周りには本当に良い奴しかいないんだと分かった。
「本当は私を頼ってくれるまで待っているつもりでした。でも、隆一君と一緒にいて分かったことがあります。あなたは自分から話すことはない。全部背負って生きていく人なんだと思いました。」
「そんなつもりはないんだ。京子のことは信頼してるよ。今まで何度も力になってくれた。それを分かってるから迷惑を掛けたくない。別に人に聞かせるような話じゃないから...」
過去と決別するつもりでここへ来た。
明里にも教えるつもりはなかったのだ。
真っ直ぐ気持ちをぶつけられなければ秘密にしていたと思う。
そもそも、これは俺の問題だ。
自分自身で解決するべきことだと分かっている。
「私は一人暮らしをするときに決心しました。相手が何かしてくれるのを待つんじゃなくて、自分から行動しようと思ったんです。本当に大切なモノは自分から動かないと手に入らない。踏み込まないと何も進展しないと分かったんです。」
こんな京子は初めて見た。
温厚で優しい女の子だと思っていた。
どこか芯のある性格なのも分かっている。
でも、それを表に出してくるのは意外だった。
何か思うところがあるのかもしれない。
「隆一君が暗い顔をするときは安心して欲しいと思い寄り添ってきたつもりです。でも、それだけじゃ足りない。私も向き合わなきゃいけない。お願いします。力になりたいんです。」
俺が知らないところでずっと見守っていてくれたんだろう。
寄り添う側は頼って欲しいと思っている。
無理をさせたくないから待っていてくれるのだ。
いつまでも一人で我慢することは相手を苦しめることになる。
京子はそれを教えてくれた。
「聞いてくれるのか?」
「私が聞きたいんです。」
「わかった。」
これ以上、自分の都合で彼女に心配をかけるわけにはいかない。
きっと、明里も京子と同じ気持ちだったんだろう。
そう考えると随分待たせてしまった。
俺は怪我のこと、家族のことを話していく。
静かな時間だった。
思っていたほど辛い感情はない。
アロマの香りを楽しむ余裕すらあった。
京子への信頼があったからかもしれない。
時間を掛けて過去にあったこと全てを打ち明けた。
「......そうだったんですね。」
「情けない話だろ? 俺は家族に迷惑かけてる親不孝者なんだよ。」
「そういう考えは良くないです。うん...隆一君は優しい人なんだなと再認識しました。」
心配してくれていることが伝わる。
いつもの優しくて安心感のある京子だ。
これで彼女の不安も少しは解消できたと思う。
ひとまず安心だろう。
そう思っていた。
でも、違う。
俺は油断していたみたいだ。
京子の次の言葉でそう思い知らされる。
「今日は一緒に寝ましょう。」
「え?」
「寝る準備したんですよね? こっちに来てください。」
「お、おい!?」
返事を待つこともなく、寝室へと連れていかれる。
突然のことに動揺していた俺は考えを巡らせていた。
正常な判断が出来ない。
京子の大胆な行動もそうなのだが、好きな相手にどう接すればいいのかという今更なことを考えてしまっていた。
俺は意識せざるを得ない状況にあたふたしてしまっている。
そんなことはつゆ知らず、彼女は正面で向き合う形で真っ直ぐこちらを見つめていた。
「これは確認でもあるんです。私の気持ちと隆一君の気持ちを確認するために必要なこと......嫌なら断ってくれて構いません。でも、もし少しでも私を受け入れてくれるなら一緒にいて欲しいんです。」
「......俺には京子を拒むことなんてできないよ。」
そうだ。
俺には拒むことなんて出来ない。
明里に対してそうであったように、京子に対しても同じ気持ちを持っている。
何より好きな子を傷つけたくないという想いがあった。
「......失礼します。」
そっと身体を抱きしめられる。
あの時は躊躇うような様子が見られたが、今度はそうじゃないらしい。
京子が上目遣いで俺を見つめてくる。
恥ずかしいのだろう。
頬が赤い。
でも、どこか嬉しそうにしているのが分かった。
「温かい。これが隆一君の本当の匂いなんですね。」
何かを呟いたように見えたが、聞き取ることが出来ない。
それからしばらく沈黙した後に京子は動き出した。
少し離れて俺の前に立つ。
「うん、これではっきりしました。私は隆一君のことが好きです。」
愛の告白と言うにはあっさりしたものだった。
どこか腑に落ちたような顔をしている。
「きっと、これは恋なんだと思います。ピンチになって気づくなんてダメですね。」
どう声を掛ければいいのか思い浮かばない。
両想いだったと分かったのに俺は心から喜ぶことが出来なかった。
明里のことが頭から離れないからだ。
自分のことが嫌になる。
京子の告白に対して失礼だ。
いや、二人に対してかもしれない。
「今すぐ答えを求めるつもりはありません。まだ、出会って4か月しか経ってないんです。でも......これからはゆっくりでもいいので考えてくれれば嬉しいです。」
京子は最後まで俺を気遣ってくれていた。
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