マセガキたちの青春

鈴木ろく

第1話 濃厚な入学初日

蒼井隆一あおいりゅういちは、窓の外をぼんやりと眺めていた。

青空に舞う桜の景色は新生活の始まりを思わせる。

これからお世話になる担任の挨拶を聞き流し、今後の高校生活を想像してみた。


......全然、思い浮かばない。


髪を伸ばして少しおしゃれに気を使ってみたが、なにが変わったわけでもない。

折角、坊主頭から卒業したというのに気分はそれほど上がらなかった。

楽しい学校生活にしようと意気込んでいたのに、と苦笑する。


ふと、自己紹介をしている生徒たちを見渡してみる。

皆どこかそわそわしていた。

考えてみれば当たり前か。

大人数の前で自分のことを話すのは緊張する。

それも初の顔合わせなら尚更だ。

ある種の通過儀礼みたいなものだろう。

ここである程度の人間性が見えるはずだ。


「あたし、春名明里はるなあかり。 よろしくお願いします!!」


人一倍元気な声で自己紹介する女子生徒に注目が集まる。

明るく愛嬌のある彼女は間違いなくクラスの中心人物になるだろうと察した。


「皆と仲良くなりたい!! 名前覚えるの時間かかると思うけど、楽しい学校生活にしよ!!」


場の雰囲気が一気に変わった。

この挨拶がきっかけで教室の雰囲気はとても明るくなっている。

緊張していた生徒もどこか安心しているようだ。

自分自身も春名明里のお陰で気が楽になっていた。


実際は特に変化もなく淡々と挨拶を済ませただけなのだが......


俺はもしかしたらヘタレなのかもしれない。

そう思うには十分な成果だった。


高校生活初日はあっという間に終了する。


帰宅する生徒たちがいる中、すでに仲良さそうに会話するグループがちらほら見受けられた。

考えるまでもなく俺は新生活に出遅れたみたいだ。


明日は頑張ろう。


そう言い聞かせ教室を出ようとする。


「ねえ、蒼井君」


声を掛けられ振り返ると、そこには春名明里がいた。


「春名明里さん?」


「そう、春名明里!! よろしくね!!」


「それでどうしたのかな?」


俺は急なお呼び出しに困惑していた。

何故なら目の前の美人とは何の接点もないからだ。

会話をするほど仲良くなった記憶はない。

春名さんの他に2人のクラスメイトが俺の様子を窺っていた。


「実はクラスメイトと駅前のクレープ屋さんに行こうと思ってて......よかったら一緒にどうかな?」


クレープ!? 


「クレープ食べたい。俺も行く。」


「決まり!!」


笑顔で了承してくれた春名さんたちと早速下校することが決まった。


クレープ楽しみだな。

俺の高校生活初日が華々しいものになる予感がした。


「それでほかのクラスメイトは?」


「ん? あたしたちで全員だよ。」


「これで全員か......」


駅へ向かう面子は4人、俺、春名さん、そして女子生徒2人だ。

ふと、考えてみた

クレープを好んで食べに行く男子高校生は何人いるだろう?

しかも、今日は入学初日でまだそこまで仲のいい友人がいるわけでもない。

積極的に行こうとするのは甘いもの好きくらいなんだろう。

まさに俺だ。


「みんなに声かけたんだけど予定があったみたい。入学初日だから色々あるだろうし、仕方ないかなって。ごめんね。」


「俺は気にしてないよ。クレープ好きだし。」


「蒼井君、甘いもの好きなんだ。私も好き!!」


凄く眩しいなぁ。

これは大勢の男性を虜にしそうな笑顔だ。

上手く回避せねば。


「秋世さんと冬咲さんも甘いもの好きなんだな。」


「季節限定メニューが気になったからね。冬咲さんは結構な甘党みたいよ。」


「全メニュー制覇したいです。」


秋世真由あきせまゆ冬咲京子ふゆさききょうこはそう教えてくれる。

秋世さんはともかく冬咲さんは同志だったようだ。

ちょっと嬉しい。


「蒼井君って背高いよね。何かスポーツやってた?」


「......一応、やってた。」


「やっぱり!! 高身長で筋肉あるからそうだと思った。じゃあ、バスケ部入るんだね。カッコいいじゃん!!」


春名さんは人のプライベートに思いっきり入り込むタイプなんだな。

快活な性格は人間関係で貴重だと思う。

こういう人間が話題を広げてくれるからだ。


「高校はバイトするつもりだから帰宅部だよ。一人暮らし始めたから少しでも貯金したいし。」


「そっかー。実はあたしも一人暮らしなんだよね。 同じくバイト探し中。 秋世さんと冬咲さんは実家通いだよね?」


「私はちょっと遠いですけど、秋世さんは二駅で通学できるみたいですよ。羨ましいな。」


「この学校選んだのって家が近いからなんだ。朝弱くて通うなら絶対ココって決めてたのよ。」


一応、進学校のはずなんだけどな。

近いからで簡単に入れる学校じゃないはずなんだけど......

秋世さんは勉強ができる人間のようだ。


「俺も朝弱いからマンション近くて助かってる。」


「ほんとは一人暮らししたかったんだけど、パパが絶対駄目って言うから。」


「秋世さんのお父さんもなんですね。私のお父さんも泣いて反対してました。」


か......


「なんか想像できた。俺、冬咲さんのお父さんの気持ち分かるかも。」


「そうですか?」


美人が首を傾げるだけで何故こうも絵になるんだ。


「冬咲さん綺麗だろ? 大人しいし、お父さんが心配するのも無理ないなって。」


「えっ」


「冬咲さん顔真っ赤だよ。蒼井君もなかなかやるね。」


林檎みたいに真っ赤だ。


「本当のこと言っただけだけど。」


「淡々と言うこの感じ......これは大勢の女性を泣かせてきましたな。春名さんどう思われます?」


「あたしも同感です!!」


そんなこと無い......はず?


そうこうしてるうちに、あっという間に駅前のクレープ屋さんに着く。

会話が弾んだこともあり、俺たちはかなり打ち解けていた。

今の話題はどのクレープを食べるかだ。


「何食べよっか?」


「真由は春限定スペシャルに決めた。」


「私は宇治抹茶クレープにします。」


「じゃあ、あたしはイチゴ。」


女性陣のチョイスに妙に納得する。

何というか全員イメージ通りのチョイスなのでしっくりくるのだ。

そして、そのメンツで異物のような俺が選ぶのは......


「キャラメルクリームのキャラメルとクリーム追加で。」


「聞いただけで胃もたれする。」


「あたしも。」


「蒼井さんはこだわりがある方なんですね。」


俺の理解者は、冬咲さんだけだよ。


「これから高校生かぁ。しっかり楽しまなきゃね。」


クレープを頬張る春名さんは随分張り切っているみたいだ。


「三年生は受験勉強で一杯一杯だから、これから二年間が真由たちの青春になるってわけね。長いようで短いなぁ。」


「実りあるものにしたいですね。」


「だな。」


確かに長いようであっという間の三年間になるんだろう。

中学ですらそう感じたのだから。


「気が早いけどさ、またこのメンバーで遊ぼうよ。学校生活一日目でこうして集まったのも何かの縁だと思うんだ。この繋がりを大事にしたいな。」


春名さんは笑顔で告げる。


「みんなはどう?」


「私はすごく嬉しいです。クレープ全種類食べる目標もありますし、それ以外でもこうしてお話する時間はとても楽しいと思います。是非、ご一緒させてください。」


「真由も賛成。 私たちの青春はあっという間だからね。思い出たくさん作りたい。」


確かに一度しかない高校生活を思えば、こうして遊ぶのも悪くない。


そうすれば忘れられるのだろうか。


過去との決別。

この三年間で俺は前に進めるよう成長したい。


楽しいこと苦しいことを積み重ねて過去に蓋をするように


願わくばこの青春が俺の心の靄を消してくれることを願おう。


「俺もみんなと遊ぶの楽しいからな。是非、お願いします。」


「決まり!! じゃあ、みんな下の名前で呼び合うこと!!」


「明里はぐいぐい行くね。真由は嫌いじゃないよ、そういうとこ。」


「お、真由ちゃん良いね!!」


「私だけ置いて行かれそう。隆一君、大丈夫かな?」


「さらっと順応できてるから京子は安心していいぞ。因みに俺も不安だ。」


「よーし、青春真っ盛りの高校生活楽しんでいこー!!」


「おー!!」


「お、おー。」


「おう。」


決意表明も済んだ俺たちはクレープを食べ終え、これで解散ということになった。


「また明日!!」


「今日は楽しかったです。」


真由と京子を駅で見送り、俺と明里だけになった。


「明里はどっち方面? 俺は南口の方だけど。」


「あたしも同じ。途中まで一緒だね。」


「濃い一日だったな。」


「そうだね。こんなに仲良くなれるなんて思わなかった。嬉しいな。」


俺もそう思う。

初めて話したとは思えない。

凄く居心地がよかった。


「男の俺が混ざってよかったのか、とは思うけどな。」


「関係ないよ。あたしの誘いに乗ってくれた同級生の一人ってだけじゃない?」


「...そうだな。明里がクレープ食べようって言ってくれて助かったよ。その一言がなかったら俺はぼっちだったかもしれない。」


「そんなことないと思うけど。」


「もし、明里がクレープの誘いじゃなくてカラオケとかの誘いだったら、俺は絶対行かなかったから分からないぞ。」


人前で歌うことは俺が苦手なことだから間違いなく断っていた。

何を歌えばいいかまったくわからない。

マラカス振って盛り上げるのが精一杯だ。


「そっか。じゃあ、クレープはあたしたちを繋いでくれたキューピットってことね。」


「そうなるな。」


「いいね。なんか運命って感じがして。」


運命か。


「明里は運命って信じるんだな。」


「変かな?」


「いや、今日考えが変わった。運命はあるかもしれない。」


それだけ今日の出来事は俺に大きな影響を与えた。


「明里が俺を誘わなかったら今日がなかったことになる。それって明日会っても『春名さん』と会うってことだろ? 今の俺は明里に会えるんだと思えば、それって運命なんだろうなって思ったんだ。」


「......」


「どうした?」


明里の反応が無い。

珍しい反応だ。


「明里?」


「ご、ごめん。なんか照れるなって。そんな風に言ってもらえるとは思わなかったからさ。今日は楽しかったし濃い一日だったけど、ここまで濃いのは初めてかもしれないなーなんてね。」


「確かに。これが青春してるってことなのかもしれないな。」


「そうかもね。毎日がこんな感じなら充実してるって実感できそう。」


「毎日は胃が持たれる。」


「隆一君がそれ言う?」


こうして俺はマンションに着くまで明里と他愛もない話をした。


これから本格的に一人暮らしが始まる。

学業と家事を両立しなければならない。

バイトも探さないとな。


「じゃあ、俺ここだから。」


「えっ!?」


「ん?」


「えっと、あたしもこのマンションなんだけど......」


マジですか?












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