ずっとあなたが好きだった。

下東 良雄

ずっとあなたが好きだった。

 私はずっと恋をしている。

 私にとって、あなたがすべて。

 だから同じミッションスクールに進学した。でも、告白する勇気なんてない。身の程は知っている。サッカー部で頑張る姿を見ている時が一番幸せ


 そう、のだ


「サッカー部の燈真とうまくんと付き合うことになったの」


 幼馴染み・理緒りおからの言葉。理緒は何も知らないから仕方ないけれど、本当にショックだった。でも、ここで悪態はつけない。


「わぁ、すごいね! おめでとう!」


 頬を赤らめる理緒。本当に嬉しいのだろう。

 その一方で、私の心はぐちゃぐちゃだった。

 燈真くんと一緒に帰るからと去っていく理緒に、笑顔で手を振る私。惨めな気持ちが心から溢れた。


 (私は負け犬だ)


 昇降口でローファーに履き替え、ひとり夕方の校庭を歩く。校門前、花無き花壇の中心にあるマリア像。複雑に入り混じった気持ちを胸に、心の中でお祈りを捧げた。



 ◇ ◇ ◇



 その後も私はサッカー部の練習を見学し続けた。未練たらしいのは分かっている。でも、そう簡単に気持ちの切り替えなどできない。

 誰もいない教室から練習を眺める私。燈真くんがシュートを決めた。嬉しそうに飛び跳ねている理緒の姿が目に入る。燈真くんは理緒に微笑みながら手を上げた。

 私は窓を保護する金網に目の焦点を合わせる。何でこんなことになったのか。そんなことは分かってる。何の行動も起こせなかった自分のせいなのだ。いくら後悔したってもう遅い。次なんて無いのだから。


 帰宅しようと、夕方の校庭を歩く私。思わず足を止めた。道路と学校を隔てる金網の向こうで、自転車を押しながら歩く燈真くんと、その隣を歩く理緒の姿が目に入ったからだ。楽しそうにおしゃべりをしながら歩いていくふたり。

 わかってる。私がこの金網を乗り越えることは絶対にできないのだ。あまりに高くそびえるその金網から逃げるように速歩きで校門へ向かう。涙が止まらず、小さな嗚咽を漏らした。

 そんな私にも優しい慈悲の目を向けてくれるマリア像。周りの花壇には、緑色の葉がたくさん茂っていた。ついこの間までは芽吹いたばかりの若葉が出ていただけだったが、もうこんなに育っていたのだ。

 植物の逞しさに心打たれた私の顔には、いつの間にか微笑みが浮かんでいた。私はいつものように心の中でお祈りを捧げ、帰宅の途についた。


 その後、同じ塾に通っている別の学校の友だちと遊ぶことが増えていき、私がサッカー部の練習を眺めることも徐々に減っていった。



 ◇ ◇ ◇



 一ヶ月後――


 私は今日もひとり、夕方の校庭を歩いている。

 道路と学校を隔てる金網の向こうに、自転車を押しながら歩く燈真くんがいた。

 キッとブレーキが鳴く音がする。


絵麻えまちゃん、こんにちは」


 突然燈真くんから声をかけられて驚く私。私の名前を知っていたんだ……


「理緒は一緒じゃないんですか?」


 私の問いに苦笑いを浮かべる燈真くん。


「えーと……別れちゃったんだ」

「あんなに仲良かったのに?」

「うん……まぁ、色々とあってね」


 金網越しの会話が続く。


「絵麻ちゃん、いつも応援してくれてありがとう」

「えっ……」

「最近あまり見ないんで心配してたんだ」


 私のことに気付いていたんだ……


「あのさぁ……一緒に帰らない? 俺、実は絵麻ちゃんって結構好みなんだよね」


 燈真くんの言葉に色々な感情が心から湧き上がってくる。

 私は満面の笑みを浮かべて答えた。





 燈真くんの顔に驚きの色が浮かぶ。


「理緒を無理やり乱暴しようとしたそうですね。それに、他の学校の女子にも手を出してるでしょ。ものすごく評判悪いですよ。近々学校から呼び出されると思います。ウチの学校が厳しいの、知ってますよね?」


 顔色が真っ青になる燈真くん。

 彼を置いて去ろうとした私は振り返った。


「そうそう、私が見ていたのはあなたじゃないので。勘違いも甚だしいわ」


 私は鼻で笑い、その場を去った。


 校門前のマリア像前。が私を待っていた。

 マリア像の周りを囲む花壇は、純白のマドンナリリーが咲き乱れ、その甘く濃厚な芳香が私たちを包み込む。


「理緒、帰ろ」

「うん!」

「サッカー部のマネージャー、どうするの?」

「うん……もう辞めようかと……」


 うなだれる理緒。もう後悔はしたくない。


「ねぇ、理緒。今週末、ウチへ泊まりに来ない? 親がいないんだ」

「わぁ、行く行く! 楽しみ!」


 私は心の中に渦巻く劣情を悟られないように、優しい笑顔を浮かべた。



 その時、花壇でマドンナリリーが一輪、前触れもなくぽとりと落ちた。




 = = =


【あとがき】


 最後に登場した『マドンナリリー』とは、聖母マリアを象徴し「純潔」「無垢」などの花言葉をもつ純白の花です。和名を『ニワシロユリ』といいます。

 お読みいただきまして、ありがとうございました。


 恋の在り方、性の在り方に悩む女の子の短編もございます。

 ぜひご覧くださいませ。


ふたり乗り

https://kakuyomu.jp/works/16818093076166951894



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