表面上じゃない君のこと

夢叶綴希

1話 返却の条件

 誰にでも秘密はあるものだと思う。小さいことでも大きいことでも。それを決めるのは個人の価値観で、他人が小さいと思うことでも自身は大きいことに思うことは珍しい話ではない。


 私、纐纈詩織には誰にも知られたくない秘密がある。

1日の決まった時間。夜21時から22時は纐纈詩織の時間。

それ以外は【文守(みのり)】が纐纈詩織として生活している。

解離性同一性障害。簡単に言えば二重人格。詩織はおとなしく内向的な性格で趣味は小説を書くことと絵にかいたような大人しい女の子。対する詩織を守るために生まれた人格は、主人格よりも明朗快活。明るくて気さくで、クラスの人気者。学校という狭い世界の中で上手に生きていくためには十分な条件だと思う。


文守として生活した記憶は詩織には共有されない。今までそんなことはないが万が一にでも決まった時間以外で詩織に人格が変わってしまった場合に困らないようノートに出来事を記して詩織に情報を共有している。


私はそのノートを【共有日誌】と名付けている。


誰にも知られたくない秘密の一つだ。

それが今、目の前にいるクラスメイトの手の中にあるという最悪な状況にある。


「えっと、愛染さん。…そのノート~、返していただけると、助かるのですが」


これほど顔が引きつったことがここ最近、いや、文守としての人生であっただろうか。記憶をたどる限り、ない。

目の前にいるクラスメイトは愛染文萠。

肩までのびている綺麗な黒髪に透き通るような水色の目。お淑やかで真面目、成績優秀でおまけに顔も整っているという絵にかいたような人物。高嶺の花という言葉が似合うと思う。

そんな彼女の手には私の共有日誌が握られている。


「なんで敬語なの?纐纈さん同じクラスだし、同い年だよね?」

「はい、その通りです」


確かに同級生に敬語はおかしいと思うが、それどころじゃない。

そのノートは絶対に返してもらわないと困る。

敬語がどうのとか気にする暇がないくらいには動揺している。


「一応聞くけど、中身は、見た?」


聞かなければいけないことその1。ノートの中身を見たのか。

もし、少しでも希望があるのならばそれは中身を見ていないということ。

見られていなければ最悪オッケーだ。内容を知らなければ秘密がばれていないと同義だと思う。ただよくわからないノートを拾った。それで終わる話。


でも世の中そんなに甘くないなと思うことになったのは言うまでもない。


「見た」


短く簡潔に伝えられたその言葉に淡い期待は簡単に打ち砕かれ、私はそのまま頭を抱えてその場にしゃがみ込むことになった。それはそうだ、ノートの内容を見てはいけないという決まりや法律があるわけじゃない。誰のものかを確かめるためにもページを開くことはあるだろう。私でもそうする。


放課後で生徒が少ない時間帯だからと言って油断した。机の上にノートを置いて席を外すべきではなかった。せめてノートをしまってから席を外すべきだった。

後悔しても遅い。今は目の前の現状をどうにかしよう。


「ちなみに、どこまで…」

「ほとんど全部」


気になったから聞いたが、全部か。そうか。


「纐纈さん、解離性同一性障害なの?」


愛染さんは気になったから聞いた。他意なんてないというような声色で質問してきた。さて、この人は信じるのだろうか。


「そうだって言ったら信じるの?」


解離性同一性障害は名前自体は知っている人は多いと思う。でも実際に周りにいるということは少ないと思う。そんな珍しい人物が目の前にいて信じる人のほうが少ない。今までだってそうだ。打ち明けて、たとえ信じてもらえたとしても頭がおかしいだの普通じゃないだの、同じ人間とは思えないほどの言葉だってかけられたこともある。信頼している人物であっても真実を打ち明けることはそれなりにリスクがある。

これからはそうならないために周囲の人間には隠していたのだ。


自分自身が、詩織が傷つかないために。


「信じるよ。纐纈さん、嘘つかないし」

「それは、どうも」


正直驚いた。その場しのぎの言葉かもしれないけど、真面目な顔で信じると言ってくれているのだから少しは信用してもいいのかもしれない。普段の愛染さんを見ている限り悪口を言うような性格ではないだろうことはわかる。信じる信じないはどちらでもいい。重要なのは周囲へ口外されないかどうかというところだ。


「信じたところでどうするの?皆にバラして話のネタにでもする?」


つい棘のある言葉になってしまうのは今までの経験が起因しているのだろう。

愛染さんがどんなにいい人だろうと完全に信用することは私には無理だ。誰も信用できない私には他人を信用することが難しい。


「なんで?しないよそんなこと」

「だったら、そのノート返してもらえる?」


愛染さんの手に握られているノートに手を伸ばすと、愛染さんはその手をひいた。

どうやら素直に返すつもりがないらしい。困る。非常に。


「愛染さん。返して」

「…条件をのんでくれたら返してあげる」

「条件?」


突拍子もないことを言い出す愛染さん。いったいどんな条件を言うというのか。表情を見るにからかっている様子はない。愛染さんのいう条件とやらを素直に聞いたら返してくれることは間違いないだろうけど、条件ってなんだ。

まさかここで交換条件を出されるとは思わなかった。

黙り込んでいると「どうする?」と催促される声が聞こえた。

返してもらえないのは非常に困るが、条件がとんでもないものだったらどうしようか。どのみち話を進めるためには、条件を1回聞くしかないのだろう。


「条件って何?」


返ってきた言葉は、耳を疑うものだった。


「卒業まで私の恋人のふりをして」





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