読者であるキミだけの物語

猫又ノ猫助

第1話 キミとの邂逅

 ふと閉じていた視界を開くと、眼前には見たことも無いほど多くの本棚が見渡す限り広がっていた。


 視線を見上げてみれば、アール・ヌーヴォー様式を取り入れたドーム状の天井が広がっており、陽の光がさしている訳でもないのに不思議と室内は暖かい光に包まれていた。

 

 そっと近くにあった本棚へと近づいてみると、そこには革表紙の見るからに高価そうな本が一杯に収められているが、いずれの背表紙に書かれている文字も読むことは出来無かった。


 特に理由も無く、たまたま近くにあった一冊の本へと手を伸ばそうとした所で、背後から声をかけられた。


「あぁ、来ていたんだね?」


 低く、それでいて透き通る様な色気のある声。

 私はその声を始めて聞いたにもかかわらず、懐かしいと感じていた。


「おっと、突然声をかけて驚かせてしまったかな? 何せこの図書館にキミがくるのは暫くぶりだからね。思わず背後から声をかけてしまったよ」


 くつくつと笑いながらそう告げた人の方に振り返り、思わず息を飲んだ。


 男性としてはやや長めの黒髪のセンターパートに、驚くほどきめ細やかな白く透き通る様な肌、くっきりとしていながらどこか穏やかさを感じさせる瞳に、まっすぐ通った鼻筋。女性である自分が見ても息を飲むほど色気のあるピンクの唇はバラの様でありながら、一方で身長は180cmをゆうに超えており、タキシードに包まれたほっそりとした体ながら自分とは異なる性を強く感じさせた。


「僕の事をそんなにジックリと観察して、どうかしたかい? もしかして、僕の名前を忘れたとかじゃないよね?」


 そう尋ねられて思わずドキッとすると同時、不思議と胸の内からある確信と共に"ユーリ"と言う名前が浮かんできた。


「あぁ良かった、キミが僕の事を忘れてしまったんじゃないかと不安になってしまったよ」


 そう言いながらゆっくり近づいてくるユーリを見て、思わず一歩二歩と後ろずさるが、背中に何か――本棚が当たってすぐに追い込まれてしまった。


 吐息が当たるほどに近くまで寄ってきたユーリがその体を屈ませてニッコリとほほ笑んだのを見て、思わず頬が熱くなるのを感じながら目を背ける。


「全く、キミはいつまで経っても恥ずかしがりやだ」


 背けた耳元へまるでキスでもする様にその唇を近づけ、そっと囁いてきたのを聞いて一層顔が熱くなるのを感じて、思わずギュッと瞳を閉じる。


 すると、これまでのどこかからかう様なモノではなく、穏やかな声色でユーリがそっと囁いてきた。


「僕は何時だってキミの事を待っているよ、辛くなった時、悲しい時、苦しい時、どんな時でも目を閉じれば僕はキミの傍にいる。だから、また寂しくなったらいつでも来なよ」


 そう告げられて急いで目を開いて見ると、目の前には図書館もユーリも居なくなっており、普段通りの景色が広がっていた。

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