あしたのために(その31)全男子高校生の敵、宝田ハヤト登場!

 川地たちが現場に駆けつけたとき、三茶の狂犬、暴走モードによる死屍累々たる山……なんてことにはなっていなかった。

「間に合ったってことでいい?」

 川地が息を切らしながら訊ねても、誰も返事をしなかった。

 区民会館の一室で、小林と、そして宝田が睨み合って対峙していた。緊迫した空気に呑まれそうになる。

「謝れ」

「だからなにもしてないって」

 川地は初めて宝田を間近で見た。

 ブランドロゴがわざとらしいくらいに目立つTシャツ、欲しかったナイキのスニーカー。履いているジャージ、ニードルズだ。そもそもゴールドのネックレスなんてつけている。おしゃれで、自分のおこづかいじゃ買えないものばかり身につけている。

 足長いな、遠くからでもいい匂いがする。なんだろ。シーブリーズとかじゃない、たぶんなんかの香水が鼻につく。

 なんか……。なんか。

 自分はお母さんが買ってきた服を特に考えなしに着ている。恥ずかしい。

 川地は宝田を前にして、どんどん自分が小さくなっていく気がした。

 あー、肌が綺麗だな。洗顔料とか化粧水、なに使っているんだろ。

 ていうか、俺、なんでここにいるんだろ。なんか……逃げたい。

「どう思う!?」

 小林が突然川地のほうを向いた。

「へ?」

「ヤリ捨てして連絡なしなんて、最低だろ!」

「はい?」

「だからこのコが盛ってるんだって」

 宝田が鼻で笑った。。

 小林の背後にいるメイは、顔を伏せて震えている。

「ほっぺただろうと、チューはチューだろうが!」

 ……ん?


 問い ヤリ捨てとは?

 ☟

 考えた結果 一部合体!?(想像不可能)

 ☟

 答え 右のほっぺ(一部接触)


 川地は思考停止となった。

「意味わからんし、あとミッたん」

 後ろにいた津川が、そういえば、と三橋に声をかけた。

「なに?」

 三橋は剣道の構えのポーズをして凄んでいる。エア竹刀の先は宝田に向けられているらしい。

「なんでここにいる?」

「写真見たとき、メイちゃんがタイプすぎて尾行してた!」

 三橋は厳しい目つきのまま言った。一大事なときに、また違う問題がぶっこまれた。

 小林は完全にキレ通そうとしていたし、宝田は「はい論破」と余裕の表情をかましていた。その様子を部屋の奥にいるハナ高の生徒らしき二人が、ニヤニヤ見物している。

 仲裁なんて川地には荷が重すぎる。

 この極限状態で、宝田を前にして川地は、

「……もし、ぼくの好きな女の子が、そんなふうに泣いていたら、悲しいと思います」

 途切れ途切れに、震えながら、言った。

「カワちん……」

 沢本は虚をつかれた。

「宝田さんはそんなふうに、芦川アカリさんを泣かせませんよね?」

「は?」

 全員が耳を疑った。川地、なに言ってるの?

 ……カワちん、バグりすぎて、自分の失恋話にすり替えてるよ。沢本は川地のシャツの裾を掴んで振った。帰ってこい、我に!

「お前、アカリのなんだ?」

 宝田が急に険しい目つきになった。

 下を向いたまま川地は歯を食いしばりながら言った。

「芦川さんを大切にしてあげてください。土下座します、足舐めます。床だって舐めますからお願いします」

 川地は頭を下げた。

「お前……」

 その様子を見た小林は涙ぐんでいた。変なところで感情移入する男だった。

「なんで俺があいつを泣かせるんだよ。今日だってこれから会うし」

 宝田の言葉に、川地は地の底まで突き落とされた。

「……そうですか」

「あと、きみ、またラインするね」

 宝田がメイに微笑んだ。

「えっ」

 メイが嬉しそうな声をあげ、それを聞いた男たち全員がイラっとした。

「夏にフェスティバルに出るからさ、もしよかったらおいでよ」

「行く! 応援する!」

 メイがはしゃぎだしたとき、

「だからっ、芦川さんを悲しませるなよ!」

 川地が怒鳴った。

「え、カワちんが切れた!」

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