あしたのために(その25)勧誘するなら気軽にノリ良く!
連日、川地と沢本はクラスの連中をことあるごとに勧誘した。周りもそんな風景に見慣れて始めてきていた。
「アカくん、ヲタ芸やろうぜ!」
帰りに川地に声をかけられた赤木は、川地を押しのけた。
「サザエさんの中島のテンションだな」
「このくらい軽いノリだったら、勢いでやってくれるかなーって」
そんなわけないだろう。赤木からすればただウザったいだけだ。そもそも、部活として成立しているだけ、いいじゃないか、と恨めしかった。
赤木の所属していたセパタクロー部は、去年で廃部となってしまっていた。
「セパタクローなんてさ。誰もやんないじゃん」
川地の軽口に、赤木はかちんときた。
「ヲタ芸くらいにな!」
振り返って怒鳴ると、その声を聞きつけ、あちこちの教室から生徒たちが顔を覗かせた。
まったくむしゃくしゃする。
そのとき、意地の悪い思いつきが浮かんだ。それはちょっとした無理難題だった。
「じゃあ。俺の願いを叶えてくれたら考えてもいい」
「えっ、いいの? なんでもするよ!」
川地は望みを聞く前に、前のめりになって承諾した。
「まだ言ってんのかよ」
岡田はトイレに行こうとしているところだった。
「神さま! オカどんさま!」
川地は小便器の隣にまでついていき拝んだ。
「絶対やだ」
「もう一声!」
なにをどう一声なのか。岡田は洗面台の鏡を見ながら髪をセットした。
「もちっとお前らさあ、大学デビューに向けて色々やることあるんだろ」
「大学って、まだまだ先じゃん」
「甘いな。寸前になって慌てるぞ。なにを着るか、どんな髪型にするか、そもそも女子との話題だって調べておかなくちゃならんだろ」
きょとんとした顔で眺めている二人を、岡田は憐れんだ。まじでこいつら餓鬼すぎ。一生右手が恋人決定。
「来年になったら流行りだって変わるし、卒業してから考えればいいじゃん」
岡田は、沢本の言葉に不意を突かれて黙った。たしかに、今日びの流行のサイクルは早い。
「大会は夏休みだし、思い出作りってことで」
川地が続けた。
こんな学校の思い出、いくら作ったところで無駄だ、と口にしようとしたとき、いいことを思いついた。
「うちの演劇部の文化祭公演なんだけどさあ」
岡田はにやにやしながら話しだした。その思いつきに笑えて、うまくしゃべれない。
「エキストラとか大道具とか全然手伝うから!」
川地が挙手した。
「文化祭でお前ら女装してくんないか」
演劇部一年は発表会では女役。それが暗黙のルールとなっていた。今年は入部希望者がいない。部員全員が頭を悩ませていた。自分は三年生なので、二年がじゃんけんで決めればいい、くらいに思っていた。こいつらをもの笑いの種にして「思い出作り」させてやろう。
「しないなら別に」
「それやったら一緒に?」
川地は大真面目な顔で訊ねた。隣の沢本は、川地の腕を掴んで首を振っていた。
「考えなくもー、ない」
岡田は川地がどんな返事をするかゆっくり待ってやるつもりだった。悩み抜く顔を楽しんで……。
「やります」
川地は即答した。
岡田は、その真剣な顔に、逆にたじろぐ羽目になった。
「カワちん」
沢本が掴んでいる腕をゆすった。
「なんならサワもんもつけるから。俺たち昔、『ぐりとぐら』で主役やったことあるし」
「小学校の放課後クラブじゃん! 勝手に決めないでよ……」
沢本がうなだれている様子を見ても、岡田は笑うこともできなかった。文化祭でヲタ芸を披露して以来、こいつら、度胸がついたのか居直ったのか。
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