あしたのために(その22)不登校児・石原

「みんな、帰り際にすまない。一生のお願いを聞いてほしい」

 終礼が終わり、西河が去ってすぐ、川地は教壇に立った。

 帰ろうとするクラスメートたちが、かったるそうに見上げた。

「俺たちとヲタ芸してくれないか!」

 川地が頭を下げると、教室が静まり返った。

 顔をあげたとき、全員がこれまで見たこともない形相で川地を見ていた。


「全員拒否かよ」

 川地たちは不貞腐れながら廊下を歩いていた。

「そりゃみんな、あと一年我慢すりゃ卒業できるんだし、無駄な頑張りとかしたくないよ」

 沢本のほうは、予想通りだったらしく、まったく気にしていない。

「文化祭のときはけっこう盛り上がったのになあ」

「するのと見るのは違うでしょ」

「とりあえず、イシハラはどうかな」

 その名前を聞いて、沢本は呆れた。

「末期だね。ずっと学校にもこないのに、一緒にやってくれるわけないじゃん。顔も覚えてないくせに」

「だめもとで行ってみようかな、あいつんち」

 川地は部活の緊急用の連絡先をメモしていた。両親の携帯だろう。公衆電話のボタンをプッシュした。

 呼び出し音がしたと同時に、遠くでアイフォンの着信音が聞こえた。

「誰かスマホ持ってきてる。いいなあ。見つかって没収されちゃえばいいのに」

 沢本が音の鳴っているほうを向いた。

『はい』

 苛立ち気味な女性の声が受話器から聞こえてきた。

「あ、ぼく、私立一高校の三年D組の川地といいます。イシハラくんいますか?」

 しばらくなにも返事がなかった。まずったかもしれない。

『……この時間だったら、渋谷の楽器屋にいつもいるわ』

 店の名前を告げられた。

 引きこもりなんじゃないのか? でも今日びの引きこもりって意外とアクティブっぽいし。中平みたいに、ってあれはただのニートか。

「ありがとうございます。じゃあ、行ってみます」

『ヤスユキになんの御用?』

「ええと、部活にきてくれないかなあ、って思いまして」

『これまで連絡してこなかったのに、今更?』

 電話が切れた。

「なんか、怒られちゃったかも」

 川地が受話器を下ろすと、理事長が歩いてきて、川地の前で立ち止まり、一瞥した。

「え、なんですか?」

 怯えながら訊ねても、答えずに去っていった。

「もしかして、挨拶されるの待ってんじゃん。ぼくら、顔バレしてるし」

 沢本が理事長の背中を見送りながら言った。


インスタ・TikTok百万人超え! インフルエンサー高校生「生まれたときから男前♡」宝田ハヤトインタビュー

「好きなことやってるだけなんで、全然ノーストレスです。忙しいとか全然気になんないですね、若いんで(笑)」

「俺、高校ギリ補欠で受かったんすよ。誰か受かるはずのやつがヘマでもしたんじゃないっすかねえ、蹴落としちゃったんじゃね? とか(笑)」

「ハマってるものはーー。最近ネットで楽曲あげてるSFさんやばくないすか? 小学生のときからダンスやってんで、コラボとかできたら最高じゃないかな、とか。SNS相互してもらってるんで、ありかも(笑)」


 沢本はバスに乗っているとき、コンビニでもらったフリーペーパーを読んでいた。宝田ハヤトのインタビューが見開きで載っていた。

 同い年だっていうのに、自分たちとはえらい違いだ。オリジナルグッズを発売し、コンビニのコピー機でブロマイドをプリントできるらしい。今後の予定も目白押しだ。CM出演にファッションショーと、大活躍。ネットに自分のイキった毎日をあげているだけで、こんなになるものなのか。自分だってそうなりたいなんて、大それたことは思わないけれど、心のどこかで妬ましかった。

 沢本も最近ハマっている、ネットに曲をアップしていて注目されているクリエイターのSFと、相互フォローしているなんて羨ましい。


『全国高校生パフォーマンスフェスティバル』出場決定! 自ら応募して高校最高の思い出を作るハヤトくんから目が離せなくてやばい♡♡♡』


 沢本は目を疑った。

 自分たちは、宝田と優勝を争うってことか?

「カワちん」

 ぼうっと窓の外を眺めている川地に、沢本は声をかけた。

「なんだよ」

 川地が振り向いた。

「いや、なんでもない、です。呼んでみたかっただけ」

「しょーもな」

 告げるのはいまじゃない、と川地の顔を見て思った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る