16――バイト中、のはず
「ありがとうございましたー!」
おつまみにレンジで温めて食べる惣菜と、缶ビールを数本買ったお客さんを送り出す。時間は午後9時過ぎ、10時にはバイト上がりだ。ここからの時間はちょうど帰宅客が店の前を通らない隙間時間なのか、このコンビニにもほぼお客さんは来ない。
「さっきの話だけどさ」
お客さんがレジに来る前まで話していた会話を、花音がそう前置きして再開した。今日学校で考えていた『花音と鈴、それぞれひとりひとりと向き合う』と決めたことを、早速花音に話していたのだ。バイトしながらだからお客さんの会計やら品出しやらでその度に会話がぶった切られるんだけど、花音とは長い付き合いだから作業が終わったらまたすぐに会話を続けられるから安心していた。
「鈴ちゃんとは家でゆっくり話すんでしょ? 私との会話はこうしてバイトの片手間で十分ってこと?」
だから不満そうにそう言われて、そんなことは一切考えていなかったからまるで頭を思いっきり殴られたような衝撃があった。思わず『そうじゃなくて!』と強く前置きして、言い訳に聞こえるかもしれないけど長い付き合いだから花音とならこういう会話の仕方でも意思疎通がちゃんとできると思っていたことを伝えた。
でも冷静になって考えてみると仕事のついでみたいに話す機会を持たれても、花音からしたら気分が悪いよな。特に鈴とは家でゆっくりと腰を据えて話すんだから、花音が言う通りだと思う。
「ごめん、俺の考えが足りなかった。花音の気持ちをないがしろにしたかった訳じゃないんだけど、そう思われても仕方がない」
「……そんな顔されたら、許すしかないじゃない」
反省を示すためにそう言って頭を下げると、花音はボソボソと謝罪を受け入れてくれた。多分今の俺の表情は、ひどく情けないものなんだろうな。失敗は仕方ないとしても、同じ失敗を二度としないようにしていこう。
そう決意を新たにしていると、花音が目の前に近づいてきて背伸びしながら俺の顔に手を伸ばしてくる。もしかしたら引っ叩かれるのかと一瞬ビビったが、花音はそのまま親指と人差し指で俺の鼻を痛くないぐらいの力加減できゅっとつまんだ。
「付き合いが長いから扱いが雑になるのはわかるけど、ここにいるのは幼なじみなだけじゃなくて奏汰の彼女に立候補してる女の子なんだから。もうちょっと配慮して欲しいわ」
「本当にごめん。ちゃんと花音のことはひとりの魅力的な女の子だって意識してる、それは本当だから」
花音が言うように俺の配慮が足りなかったのは確かなのだから、とにかく平身低頭謝った。最初は多分本気で機嫌を損ねていた花音も、最後の方はクスクスと笑いながら俺をからかっていたのでどうやら謝罪は受け入れられたようだ。
「でもやっぱり一緒に住んでる鈴ちゃんと比べると、私へのハンデ大きくない? 私が一緒に住んでたら別に
さっきの俺の言動は、花音の中で一度決着がついたはずの同居問題に再び火を着けてしまったようだ。俺としてはやっぱり同い年の女子と暮らすのはめちゃくちゃ気を遣うし、それがふたりになるというのはできれば遠慮したい。でもさっき俺が花音をないがしろにするような言動をしたことで、あっけらかんとした態度をしているけど多分花音は結構傷ついてると思う。
そんな俺に花音の願望を否定できるかと言えば、できるはずがない。しばらくの間は普段なら却下できる話も、モゴモゴと言葉を濁しつつ先送りするぐらいしかできないだろう。
「決めた! 私、もう一回パパに直談判してくるよ。だってママは一緒に住んでもいいって言ってくれてるのに、パパだけが反対してるんだよ。もしも奏汰が鈴ちゃんを選んだ時に『パパが同棲を許してくれなかったせいだ』って責めたくないし、今度はちゃんと落ち着いてお願いしてくるよ」
「……この間は、落ち着いてなかったんだな」
「だってパパが頭ごなしにダメだって言うから!」
花音は意気揚々とバックヤードで仕事をしているおじさんのところに行こうとしたが、その前にいつの間にかレジのすぐそばに立っていたおじさんが腕をバツの形にした。
「ダメ。高校1年生で男の子と一緒に暮らすなんて、パパは許しません」
「まだ何も言ってないでしょ!」
どうしてずっとバックヤードにいたはずのおじさんが、話の内容を知っているのか。俺の顔にもそんな疑問が浮かんでいたのか、おじさんはそれを読み取ったようにレジの隅っこの方の天井を指差した。そこには今まで意識していなかったけど、監視カメラがこちらを無機質に撮影し続けていた。
「仕事しながらカメラの映像見てたからね。これね、音声もちゃんと拾うんだよ」
いたずらっぽく笑っておじさんが言うと、花音はまさか自分の父親にさっきの会話を聞かれているとは思っていなかったようで、頬を真っ赤に染めていた。
「き、聞いていたならわかるでしょ! 私には恋のライバルがいて、その子は」
「奏汰くんと一緒に暮らしてるんだよね、それはこの間も聞いたよ。年頃の男の子と女の子が一緒の家に暮らすっていうのは、君たちが考えているよりも大きな問題だとパパは思う。奏汰くんのことは信用しているけど、まだまだ子供だ。君たちだけで暮らすということは、奏汰くんが性欲に負けて花音やその子とそういうことをしたくなった時に止める人間がいないんだよ」
大人の口からそんな風に言われると、なんだか頭をガツンと叩かれたような衝撃を受けた。自分の行動で鈴や花音を肉体的にも精神的にも傷つけてしまう可能性があるのだから、もしそうなったらと想像すると背筋がゾッとする。これまでも頭では理解していたけれど、そうならないようにこれからはしっかりと自分を律した行動を取ろうと改めて決意する。
「わ、私はそうなってもいいよ! だって好きな人とそうなりたいって、誰しもがそう思うことじゃん!!」
「軽々しく言うな!!」
自分の胸に手を置いて言う花音に、普段は優しくて声なんて荒らげないおじさんが大きな声で一喝した。その声に花音だけではなく俺もビクッと身を固くする。
「花音がそんな風に簡単に考えているから、パパはとてもじゃないけど同棲の許可なんて出せないんだよ」
普段の声量に戻ったおじさんが大きくため息をついた後、そんな風に言った。怒鳴りつけられた花音は、突然自分の意見を否定されて悔しそうに俯きながら両手をぎゅっと握っている。
俺としては気持ちはおじさんの意見に賛成だったけど、花音がこんな悲しい雰囲気のままでいるのは嫌だった。だからそっと背中に手を当てて、落ち着かせるように優しく擦った。
「そういう行為をすれば子供ができるかもしれない、避妊だって100%成功するわけじゃないんだ。そうしたら学校だって辞めなきゃいけなくなる、子育てで数年は手一杯だ。なによりお前だけじゃなく、奏汰くんも高校を辞めて働かなければいけない。一時の情欲に身を委ねなければ普通に学校を卒業して、それからお付き合いを始めて同棲もできる。それでも遅くはないだろう?」
「遅いよ! だって、その間に奏汰が鈴ちゃんを選んじゃったら手遅れになるじゃん!!」
花音がヒートアップして叫ぶように言ったのと同じく、来客を告げるチャイムがなった。そうだった、ここは店の中だった。とりあえずおじさんに花音を連れてバックヤードに行って、落ち着かせてもらえるようにアイコンタクトした。するとおじさんもすぐにわかってくれたのか、花音の手首を掴んで早足で彼女を連れてバックヤードに入っていった。
おじさんの懸念も理解できるし、花音の焦燥感もわかる。これが他人事なら『まぁまぁ』と間に入って折衷案を手探りで模索することもできるのだろうが、俺自身が当事者だから何も言えない。俺だって高校生だ、清く正しい交際を高校卒業まで貫き通すなんてとてもじゃないけど確約はできない。そういう欲が俺の中にある以上、そういう関係により近いのは一緒に暮らしている鈴なのだろう。
どうすればいいのか。答えはまったく出ないまま、俺は残りのバイト時間を悶々としながら過ごすことになった。本当に優柔不断だな、俺。
従兄妹と幼なじみと同棲と 武藤かんぬき @kannuki_mutou2019
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