柳の北京

清瀬 六朗

第1話 灰色の街

 新宿駅西口はいつもどおりほこりっぽかった。

 もうすぐ日暮れだ。

 空にはまだ弱々しい夕日の光が射しているけれど、建物で空が遮られているところはもう暗い。

 日の光には夕焼けを演出する余力も残っていないらしい。薄雲も、処々にたなびく濃い雲も、義理で鈍い赤色を宿してはいるが、そのほとんどの部分は灰色だ。

 モノクロームの情景。

 私は、東へと向かってスロープを下り始める。

 道の横に建物が建つのではなくて、下の地面から建っている建物の三階や二階が横に見える。夕方になって開店したばかりの飲食店の窓が、そこに灯る明かりとともに流れて行く。

 ドイツ料理とビールの店、エスニック料理の店、それと、何かの事務所。そんな窓の横を通り過ぎて行く。

 横の車道を車が通り過ぎる。どの車線にもひっきりなしに車が走っている。

 スロープはゆるく曲がりながら続いている。

 空は遠くなる。もう濃い雲は見えない。上を向いたときの空の面積が小さい。

 街は暗い。

 すぐ横は車道だが、車はもう走っていない。

 スロープを下りきったところは、こぢんまりしたコンクリートの建物ばかりが互い違いに並ぶ街角だった。

 コンクリートといっても、砂というより小石の粒子が粗いざらざらしたコンクリートで、私たちのいう「三和土たたき」に近い。

 人の姿はない。

 狭い道路にも、同じコンクリートで歩道が作ってある。

 街灯はないが、建物の外壁には、ガラスのホヤをかぶった電球の照明がついていた。

 もっと暗くなると、この照明を灯すのだろう。

 こぢんまりした、せいぜい三階建てまでのコンクリートの建物の屋根には、黒い瓦が葺いてある。黒くて、一枚一枚が小さな、おもちゃのような瓦だ。それがぎっしりと詰めて葺いてあるので、屋根の役目は十分に果たせるのだろう。

 この灰色の街を見て、ああ、北京ペキンに着いたんだ、と私は思った。

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