「中延四丁目 キャトルセゾン三〇四号室」には魔女がいる

しーらかんす/空棘魚

第一章 悪魔にとり憑かれた子供

占い師アメリア


「あなたついてますわね」


 金髪をひっさげニコニコとした占い師はこう告げた。その向かいで強張った表情を浮かべた青年の手元には自分の名前と生年月日を書きかけた中途半端に取り残された紙がある。当たり前だが姓名判断と生年月日占いはまだ始まっていないようだ。彼女の手元に置かれている真っ黒なタロットカードの山にも手を付けてはいなかった。


 横浜中華街の大通りの外れ、呼び込む異国の人もいないこの店には客は疎らだった。どうして占いの店なんかに入ったのか青年はあまり覚えてはいなかったが、憂鬱な家族との食事会の前に何か気晴らしがしたかったのだと思う。ただしそのきっかけはいくら記憶を遡っても蘇ってはこなかった。中に入ると大人しげなとりとめのない女店員に案内され、一人の占い師の前に腰を下ろした。長い金色の髪を左にゆるく結って、黒いマントとワンピースを着用している。手にはこれまた真っ黒のグローブを着用していた。唯一黒色ではないのは豊かな胸元に着く白いリボンとその中央に嵌められた青い宝石のブローチだけだ。たいそうな美人で真っ黒な惹き込まれる大きな瞳をしていた。

 テーブルに置かれた名刺には「アメリア」と書かれていた。顔を上げて占い師を見る。確かに髪の色素は薄いがどう考えても日本人だ。これがペンネームというやつなのだろうか。

 そしてメモ帳と平凡なボールペンを渡され記入中に冒頭に戻る。


「何がですか」

「あなたには特にお名前も生年月日もお伺いする必要はなさそうですわね。でもそれでお金を頂くのもあれですから、せっかくならカードくらいは使いましょうか。シンプルに二枚くらいで」


 アメリアは、青年の手元から紙を奪い取ると自分の鞄の中にしまい込んだ。


「朝比奈郁君、君の抱えている問題の未来とその対策をお伝えいたしましょう」

「いや僕まだなにも」


 そういうと彼女はカードの山を両手で崩した。カードをシャッフルする手つきは、部屋が薄暗く手元のみ光が当たっていることもあってか、とてもスピリチュアルなものを感じる。崩れたカードが元の山札の姿に戻るとアメリアは左手でその山を三つの山に分け一つに戻す。再度もとに戻ったカードの山の上から二枚を横に並べた。


「結果は決まりました」


 まだ開いていないのに、アメリアの顔は元通りニコニコしたものに戻っていた。開くまで結果はわからないシュレディンガー的命題ではなく、そこにあるカードは選んだ時点で決定しているリアリストの考えらしい。


「さあ、まずはこのままの未来、結果のカード」


 アメリアの向かって左側のカードをゆっくりと開く。そこには大きな角に真っ黒の羽を持つ醜悪な生き物が描かれていた。カード上部にはローマ数字でⅩⅤと記されている。


「貴方の未来が〝悪魔〟のカードだなんて、笑わせてくれるじゃない。このままのあなたなら自身と他者への恐れに押し潰されることになるでしょう。自分の中に持つ課題から目を逸らしてしまい、悲観的な未来が待っています」

「随分な言いようですね」

「あくまであなたが何も行動を起こさなかったらの話ですわ」


 机の上に伏せられていたもう一枚のカード。アメリアはそのカードを開くとこれまでの笑顔は嘘であったとすぐに分かるように、口元に弧を描いた。


「Ⅱ番、女教皇のカード。やはりこれは運命ということね」


 アメリアはそう言うと、テーブルに置かれていたメモ帳を引き寄せ何かを書き始めた。


「このカードはエジプトの女神イシスをモデルとしているとされていますわ。死せるオシリスを復活させた秘儀を持つ女神。あなたにとってのイシスとなり得る女性を紹介しましょう」


 カードには修道服を着た女がこちらを真っすぐに見据えていた。その目から僕は目を逸らすと、アメリアへ言った。


「紹介していただくのはありがたいですが、僕の悩みはそんな簡単に解決するものではないのですが」

「確かに人に分かってもらえない力というものは大きな歪みを引き起こしますわ。時に自分の周りの環境、そして自分でさえも」


 郁はハッとアメリアに向き直りたじろいだ。


「どうして」

「占い師ですもの」


 アメリアはペンを置くと、郁に書き終えた紙を差し出した。『キャトルセゾン三〇四』と書かれていることから、どこかのアパートでも指示しているのだろうか。


「けれども私は占い師ですので道筋をお伝えすることしかできませんの。だから私が知る限り日本で一番解決の期待が持てる女性を紹介しましょう」

「その人は何者なんですか?」


 占い師も怪しいが、さらに上をいく回答が飛んでくるなど郁は想像だにしていなかった。


「魔女ですわ、本物の」

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