フラムシカの紫傘

わさび大佐。

発泡美人。


「ねぇ。莉麻先輩。聞いてます?」


「うんうん。聞いてるよ。」


目の前で後輩が私のグラスに8杯目のビールをシュワシュワと音を立てて注いでいく。


私は、八方美人だ。

あまり認めたくはないけど、25年も生きてると、自分の性格や癖くらいは十分に理解してしまう。

私を求めてくれる人さえ良ければ、多分私は何だってできてしまうだろう。

それは自己犠牲精神とでも言うのだろうか?


「んでね。マックでモバイルオーダーってのやったんですよ!昼飯時で人が多そうだと思ったから!その時は12時だったんで、12時20分に受け取れるように設定したんです。んで食べたいものカートに入れるでしょ?んでカートに入れた後にログインしてくださいって出るんですよ!んでマックなんてあんま頼まないからログインせずに購入ってとこを押したんですよ。あんま頼まないのに新規登録しても仕方がないでしょ?そんでログインせずに購入って押したら名前とメアドと電話番号入れろって欄が出てくるんです。それを全部打ったら、今度はお支払い方法を言われるんすよ。んでクレジットで頼もうと思ったら当然クレジットの番号を教えてくれって出てきて、カバンからわざわざクレジットカード出してですよ?番号打ちます。購入押します。そしたら番号違うって言われるんです。ここまでは私が悪いですよ?でもクレジットの番号間違えただけでなんで名前もメアドも電話番号の欄も全部消えるんだよ!!それは合ってるんだよ!!なんでまた1から全部打たなくちゃならないの!?時間の無駄でしょ!?そんでまた全部間違えずに打てたんすよ!!ほんなら今度はこの時間だと12時20分には受け取れないから注文は失敗しました。って出るんすよ!!これを打ってる時間にもう過ぎてんすよ!!んでまた最初からですよ!!だから最初からじゃなくて!名前とかメアドとか電話番号とかクレジットの番号全部合ってんだから!時間だけ変更できるようにしろよって!!そうじゃないですか!!?」


後輩の美優は、ほろ酔いで羅列の回らない舌を必死に回しながら熱弁を振るった。

いや、熱弁ではない。もはやただの愚痴零しだった。


「それはイライラするなあ。」


「でしょ!?」


最適解だったらしい。

食い気味で美優はテーブルに残っていたエイヒレの炙りを私の目の前まで突き出してきて、そのまま口に放り込んだ。


私は、聞き上手とよく言われる。

でも、私にはわかる。

聞き上手ではなく、おだて上手なのだと。

実は半分も聞いていない。

これを読んでいるあなたも、きっと美優の愚痴を全部聞いたか?と聞くと、半分はあーあーなるほど。あるあるね。と思って途中からすっ飛ばしたりしてませんか?


人間、過程を聞かなくても、結果だけ聞けばある程度想像できるものだ。

私はそれを少し極めただけであって、聞いている最中はその人に何があったのかを粗方予想しながら、多分相手はこう返して欲しいんだな。という方向を考え始める。

私の悪いクセだと思うし、いいところでもあると思う。

人が私と呑みに行って、楽しいと思ってくれるなら、私はその場の空気を究極に読む。

いや、読んでしまう。

無意識的に、反射的に。


私は、八方美人なのだろうか?


「はー、結構呑みましたねえ。そろそろ出ます?」


「んー。二軒目、いっとく??」


「その言葉待ってました!明日休みだし、是非行きましょう!」


また乗せられた…。

そろそろ出ます?と言われると、楽しかった気持ちが急に寂しく人恋しくなってしまうのは何故か…。

そして二軒目も多分、奢ってしまうんだろうな…。

これって、良い人になっているのかな…。

それとも、都合の良い人になっているのかな…。

でも、これが私が見つけた一番の人生の楽しみ方。


私って、これでいいんだろうか、


私って…、みんなにとって何者なんだろうか、


私の根底にあるのは、それだった。

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