時喰らい 前

  ガシャンと音を立てて壁にかけていた時計が落ちた。

「まじかよ」

ついそう呟いた。お気に入りだったのでとても残念である。別にスマホがあるので時計はなくても時間はわかるのだが何もないと部屋が殺風景になってしまうので時計をかけていたのだ。

 後で買いに行こうかなとぼんやりと考えていた。そのせいだろう、今日は仕事が休みなのでゆっくりしようと思っていたのだが、特に意識もせず、外出の準備をしていた。準備が終わってから外出の準備をしていたことに気が付いた。準備して待ったものは仕方ない、確か水切りネットが終わっていたはずなので百均にでも行こうかなと思い家を出る。

 百均までは歩いて20分ほどである。デスクワークだと運動不足になりがちなので車ではなく運動も兼ねて歩いて行こうと思ったのだが、5分ほど歩いたところで後悔した。まだ6月だというのにかなり暑かった。

 そんなこんなで百均の近くまでやってくると百均の隣に見慣れない建物を見つけた。こんなところにあったっけとも思ったが、百均は駅の反対なのであまりここら辺には来ないので自分が知らなかっただけだろうと思った。そのお店は見るからに古そうな外観でやっているかどうかすら怪しいのだが、自然と足が向いた。扉を開け中に入ってみると、すぐに80歳くらいのお婆さんが

「いらっしゃい」

と声をかけてきた。こんにちはと挨拶を返し、中を物色し始めた。時代を感じさせる色々な置物や茶碗などが置いてある。個人的に歴史的な建物やものや古い物が好きなので、年季の入ったいい時計があるかもしれない。そんな期待に胸を膨らませた。一通り店内を見回ったのだが懐中時計を見つけることはできたが掛け時計は見当たらなかった。残念に思い、店をあとにしようとするとお婆さんが

「なにか探しものでもあったのかい?」

と声をかけてきた。わざわざ隠すことでもないので

「インテリアとして良さそうな壁にかけられる時計がないかなと思って探してたんですよ」

と素直に目的を話すと

「あれに惹かれたのかい」

とよくわからないことを呟いたあと、少し待ってておくれと言い残し店の奥に入って行った。

 体感にして10分くらいたったあとお婆さんが少し大きめな箱を持って戻ってきた。そして、

「これはどうだい?」

と言い箱の中身を見せてきた。そこには古臭い掛け時計が入っていた。古臭いのだがそれがいい味を出しているなと思い気に入ったのだが、違和感がある。少ししてその違和感に気が付いた。この時計は文字盤が変なのである。どう変かといえば、0から24まで文字が書いてあるのだ。普通の時計は1から12までであるはずだ。自分が知らないだけで24時間のものもあるのかとも考えたがそれでも1から24までのはずではないかと思う。なので、そのことについて尋ねてみると、なんでもこれを作った職人の人が間違えてしまったのだと教えてくれた。そして、不良品を売るわけにはいかないから店には置かず裏にしまっていたのだそうだ。で、俺がインテリアとしていい時計を探していたと言ったから奥から引っ張り出してくれたのだそうだ。

 確かに見た目や雰囲気はとてもいいと思うし、実用性を求めていないのでこれでいいかもなと思った。そうして、これを買うことに決め値段をお婆さんに聞くとさっきも言った通り売り物ではないから気に入ったのなら持って行って構わないと言ってくれたので、ありがたく頂戴することにした。店を出るときにお婆さんにお礼を言うと、とても笑顔で気をつけるんだよと言われたのですごく親切なお婆さんだったなと思った。家に帰る途中ふとあのお婆さんどこかで見たことがある気がしたが思い出せなかったので気のせいだろうとあまり気にしなかった。

 その後家に帰り、時計と一緒に入っていた説明書を見ながら時刻を合わせてみる。そしてネジを回すとちゃんと動き始めた。カチカチと一定のリズムで音がなり、いいものを貰ったなと思った。掛けてあれば偶に時間を見るのに使うので、何分か読み辛いのは明確な欠点だなと一人で評価していた。その日はそれ以上特に何もせずのんびりと過し、明日の仕事のために英気を養った。

 次の日の朝出社前に昨日買った時計を確認すると7時30分に針があっていてスマホの時計と同じ時間なのでしっかり動いているのを確認したあと家を出た。 

 その時計を家に飾るようになってから丁度24日が経ち、異変が起きた。寝て起きるとなぜかすごくお腹が減っていた。とりあえず時間を見るためにスマホを開くと会社の上司や同僚から大量の不在着信とメールが届いている。何事かと思うのと同時に夜中にこんな多くの人から電話とメールが来るのか?と疑問に思いつつ、メールに目を通してみる。すると全て無断欠勤だが体調でも悪いのかと心配しているメールであった。無断欠勤とはどういうことだろうと思い日付を確認してみる。すると信じられないことが起きていた。昨日は7月12日だったはずだ。なのに今日は7月14日になっている。何が起きているのかわからず、パニックを起こしていたが、仕事があるのでとりあえず出社の準備をし会社に向かう。出勤途中ニュースなどに目を通すも7月14日の新着情報などをやっていたので自分の勘違いや会社の人の悪戯ではないのだと確信した。会社に出社してすぐ上司や部長などに謝りに行った。職場では仕事のできるいいヤツというと評価だったので、ほとんど怒られることはなかったが、一緒に仕事をしたことのある他の部署の人達まで心配して様子を見に来ていたので本当に申し訳ないことをしてしまったなと思った。だが、起きたらなぜか1日経ってましたなど言えるはずもなく体調が絶不調で起き上がることも会社に連絡をすることもできなかったと嘘をついた。

 その日の昼休憩時に大学からの友人で一番長のいい同僚の鈎康介に本当のことを話してみた。すると、真面目な顔で何かを考えたあと

「それって『時喰らい』かもしれない」

と言われた。

「『時喰らい』ってなんだよ」

と聞いてみると時計の形をした怪異だそうだ。

 特徴として文字盤の文字がおかしく1番小さい文字が0なのであると言った。そして、その怪異は1日をオーバーした時間を蓄積していき24時間以上貯まると異常を起こすのだと説明した。今回の場合は時計の文字が0から24で毎日1時間オーバーしているので24日経ち、昨日が丸々なくなったのではないかと予想している。俺はあまりオカルト的なことを信じていないので

「作り話にしてはうまいね」

とからかってみると

「実際に起きてることなんだから少しは危機感を持て」

と怒られた。そして、今回は運が良かったのだと話を続ける。『時喰らい』は24時間間隔で対象の時間を無くすので、もしかすると96時間以上1度になくされていたかもしれないと言った。96時間。日数にして4日。何も飲まずに生きていられるのが4、5日らしいし今は夏で暑いので汗をかくのでもれなく死ぬだろう。そう考えると急に恐ろしく感じるのと同時に怪異が初見殺ししてくるとは理不尽ではないかと思ってしまった。

 康介は対処法として神社でその時計を供養してもらうことを勧めてきた。店に返すのではだめなのかと聞いてみると、

「多分そのお店自体存在してないんじゃないかな」

「どういうこと?」

「そのお店も怪異で『怪異渡し』なんだと思う」

と言う。怪異渡しはその名の通り怪異に惹かれた人に怪異を渡してくる怪異なのだそうだ。

 康介は俺のことを心配して真剣に話してくれているのだが、自分のみに起こっていることだとしても怪異のせいだと言われるとなんとなく胡散臭く感じてしまう。顔に出ていたのだろう。康介が、

「まだ信じてないでしょ」

と言ってくるので素直に謝ると

「まぁ、しょうがないけどさ」

と言って笑っている。

「信じられないなら色々やってみてみたらいいんじゃない?」

と提案してきた。怪異は自分のルールを破ることは基本的にないからまだ時間はあると康介は言う。何でそんなことを知っているのか聞くと好きで色々調べたのだと教えてくれた。そして、2人で出来ることを考えてみた。

 まず、俺が時計をもらった店に行ってみることにした。百均の隣に確かにあったはずなのだが今は空き地になっている。近隣のお店に最近まで何かお店が無かったかと聞いてみたが、10年以上前から空き地のままだと教えてもらった。

 次に時計をゴミに出してみた。康介は意味がないと言っていた。なぜならそもそも怪異に惹かれているし、家に飾った時点で縁が繋がっているのだそうだ。でも手軽にできるしこれで解決したらラッキーだなくらいの気持ちでやってみた。案の定結果は失敗。ゴミに出したその日は返ってくることはなかったが、次の日の朝には何事もなかったかのようにリビングの壁に掛かっているのである。ネジを外したり壊したりしても結果は変わらなかった。手軽にかつ自分でできることはやったのでいよいよ神社に行くことを決意した。康介にいいところはないかと聞くと少し遠いが有名な所を教えてもらった。神社に連絡をし行く予定をたてた。 

 それから数日が経ち神社に行く日になった。準備を終え車で神社に向かう。神社までは2時間ほどの距離であるのだが、その途中、渋滞や工事、さらには事故などの影響によって4時間近くかかってしまった。お祓いを受けに行くときに邪魔が入って全然神社に行けないという話を耳にしたことがあったのでだいぶ早く家を出ていた。なので、約束の時間には間に合った。神主さんに一通り事情を説明し時計を供養してもらうことになった。神主さんは霊現象や呪いに関してはそれなりに知識があるが怪異にはあまり詳しくないらしい。それでもいいなら供養してくれるというのでお願いした。そして、念のためにとお祓いもしてもらった。これで一件落着だと思い家に帰った。

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