夜行紀行
iTachiの隠れ家
序章 出発
「死んでしまいたい」
そう思い始めたのはいつだっただろうか。最初から?急に?それとも....いや、もうこれ以上はやめておこう。ただただ苦しくなってしまうだけだ。この世界に。
逆に、
「生きていてよかった」
と思えるような場面は自分でも断言できるほどなかった。それは、最初から、自分が自分だったときからだ。
ただ、唯一「楽しめたの」は、夢だった。夢の中では、どんなことだってできた。
例えば....なんだろう。やっぱり楽しんでいなかったのかもしれない。
まぁ、そんなことより今は、この地に立っている。さて、黄泉の国まで、もう少しだ。もうちょっとだけ頑張ってみよう。
そう自分に言い聞かせて、長い長い道を一歩一歩、歩いていった。
先月、第一次世界大戦が終わった。
そこらでは、親の帰ってきた人もいれば、帰らぬ人となってしまった人もいた。戦争に行った人は、日清や日露の頃よりも少ないらしいと父は言っていた。その父も、戦争に駆り出された一人だった。そして、帰ってきたのは、胸元に穴の空いた軍服だけであった。父は、死んだのだ。
僕は、幼い頃から、あまり感情がない。感情というものが何なのかを知らないのである。教えようにも、教えられないことなので、放置したままになっている。
周りの人は、最初、演技だと思ったらしいが、だんだん寄ってたかって、
「お前は病気だから、頑張らなくてもいい」
「どうしようもない病気にかかってしまた、かわいそうな子」
という薄っぺらい言葉だけを連ねた。
僕は、それにも何も感じなかったし、父が死んだとき、周りの人からなにか言われたが、それにも何も感じなかった。葬式でも、僕以外は暗い顔をしていた。泣き崩れる人だっていた。
ただ、僕にはそれが何なのか、わからない。
父が死んでから、一年が経ち、僕は、大学三回生になった。
蝉の声が絶え間なく聞こえる一人暮らし用の薄暗いアパートで、最近買った犬とのコロ横たわり、こう呟いてみた。
「死にたい」
すると、後ろから、
「じゃあ、死んでみる?」
と、君の悪い人間のものではないが確かに声がした。侵入者かと思い、急いで立ち上がり、後ろを振り返ってみた。
そこには、真っ白なワンピースを着た、一人の女性がいた。
しかし、彼女は、人間と言うには程遠く、目は真っ黒でそこからは、目の色と同じ色の液体が流れ出していた。僕はそれに特段恐怖も感じなかったし、「死んでみる?」と言っていたのだから、きっと僕を楽にする方法を知っているのだろう。
この際、死神でも化け物でもいい。やってもらえるだけやってもらおう。
「あぁ、じゃあ、よろしく」
僕が無気力に答えると、そいつはニンマリと笑って、一枚の切符を差し出してきた。そこにはこう書いてあったのだ。
『キサラギ→黄泉』
「キサラギ駅は、浜松にある。言ってみればすぐに分かる。今週の、日曜日に来て」
そう言ってその女は消えてしまった。バカバカしい思っていたとき、それからすぐに僕は何故かウトウトしてしまい、布団も敷かずにゴロンと床に寝てしまった。
目が覚めた。先程のことを思い出した。僕は夢かと思って、急いで周りを見渡してみた。すると、右手の下に、例の切符の一部が見えたことではっとした。起き上がって切符の小さくて読ませる気のない文字を虫メガネなどでよく見てみた。その切符は、薄汚れていて、とても最近のものではないように見えた。どちらかというと、数十年前の切符と言ったほうが正しいような色をしている。
この瞬間僕の頭に浮かんだのはこの言葉だけだった。
「よし、行ってみよう」
自然と口をついてそう言っていた。カレンダーを見た。今日は、土曜日だ。ということは、今日で準備をしなくてはならない。思ったよりも時間がないことにに僕は気付かされた。浜松は、静岡だった気がする。
もし死んでしまってもいいように、荷物は綺麗にまとめて、コロを近所の女性に預けようとした。
めったに吠えないコロが、急にワンワンと泣き出したので、仕方なく一緒に黄泉の国まで連れていくことにした。
それから、コロをカバンに隠して、電車に乗った。ガタンゴトンと揺れる電車の中、一人の女性が話しかけてきた。彼女は、僕を知っているのかと思いながら薄く反応してみた。
「どこまで行かれるんですか?」
「あなたこそ、どこまで?」
「浜松まで、ですね」
その言葉にハッとしてしまったが、全て浜松まで行くやつが死ににいくわけではない。
「僕も、ちょうど、そこへ行こうと思って」
「なら一緒に行きませんか?どこまであっているかは分かりませんけど」
「わかりました」
と、自分でも完璧だと思えるような『笑顔』というものを作ってみた。久しぶりで、顔の筋肉が少し痛かった。
しばらくそうやって中身のないような話をしているうちに、浜松についた。
電車から降りて、駅を探そうと思い、まず、彼女とともに大きな神社に言ってみた。
人間以外のものが渡してきたものだから、それに詳しい人に書くべきだろうと思ったのだが、
きさらぎ駅を知っていますか?と訪ねても何を言っている、バカにしたいのかこの若造め、ここは神社だぞ。と言われ、一蹴されてしまった。所詮は金ばかり集めている欲にまみれた人間ということだ。妖怪の類には詳しいと思ってきたのだが、大間違いだったようだ。
そうして何件か一緒に回っているうちに、一人の女の子が話しかけてきた。
「キサラギ、あっち」
そうして指さした方向には、山があった。もう一度女の子の方を向くと、
そこには誰もいなかった。
僕は当たりくじを引いた子供のように、興奮してしまった。
彼女にあそこに駅があってそこに用があると言って別れを告げ、立ち去ろうとすると
「じ、実は、私もおんなじところなんです。行くところ。キサラギ駅ですよね?」
開いた口が塞がらないというのは、まさにこういうことなのだろうと始めて実感した。
彼女は、上着のポケットから僕が持っている切符と同じものを取り出してきた。
その瞬間、鞄の中のコロが、急にわんわんと吠え、飛び出してきた。それからコロは、彼女に噛みつこうとしたが、慌てて僕がそれを阻止した。僕が抱きかかえると、さっきまでの犬とは別の犬のように大人しくなって、カバンの中に戻っていった。
何だったんだろうと思っていると、彼女が、
「私は、香宮かみや螢ほたると言います、一緒に行くなら、名前くらいは、知っておいたほうがいいんじゃないですか?それで、あなたは?それと、その犬の名前も」
と僕の名前を聞いてきた。今までずっと一緒に行動していて逆に名前を知らなかったことに、僕は少し自分の人見知りに衝撃を受けた。
「僕は、大八州おおやしま希栄きえいだ。よろしく、死ぬまで」
「はい、こちらこそ。死ぬまで」
そう言って、螢は、笑ってみせた。僕には、なぜ笑うのかも理解できなかった。
先程の女の子が示していた方向にずっと進んでいくと、町外れに小さな山があり、そこに鳥居もあった。
鳥居をくぐってしばらく歩いていると、まだまだ昼間だというのに、辺りは一気に薄暗くなり、木の葉から差し込む光は、紫がかってきた。そうなってくると、流石にさっきまでべらべらと喋っていた螢も静かになって、僕の近くに寄り添ってきた。まったくもって恐怖などわ感じない僕は、ズカズカ遠くに進んでいった。
十分ほど歩いただろうか、森の木々が、一箇所だけなくなっている場所があった。
中心には、駅があった。
そして、駅名もそこの近くに書かれていた。
キサラギ駅、と
僕と螢は、一緒にゆっくりと近づいていった。空は、完全にこの世のものとは思えない紫色をしていて、悪寒がするような空気が漂っていた。
その時、後ろから、ガサガサッという音が聞こえた。螢は熊かと思ったのか、僕の後ろに慌てて回り込んだが出てきたのは、熊などではなく小さの二人組の女の子だった。
「ちょっと、レイ、押さないでよ!転んじゃうでしょう!」
「ご、ごめん、でもほら、あの人たち、見たところ悪い人じゃなさそうだよ。多分、あの人が言っていた『オトモダチ』じゃない?ほら、切符持ってるし」
レイと呼ばれた少女は、もう一人にそういった。
その女の子は、僕と螢の顔を交互に見てから、大きなため息をついて、一息にこう言った。
「あなたたちの切符、それ、本物なの?みせなさい」
上から偉そうに言ってきたので、螢の顔がちょっとむっとした顔になった。
僕はさっと切符を渡して、何も言わずに後ろへ下がった。女の子が切符を勢いよく取って、じっと見てから大きなため息を付いた。
「何だ。本物か、じゃあ、あなた達はアイツラじゃないのね」
アイツラってなんなんだと思いつつも、切符を取り返し、ポケットにねじ込んだ。ここになって、久しぶりに螢が怒った様子で口を開いた。
「あなた達、一体誰なんですか?急に出てきて、意味のわからないことばかり言って、それに、それにここはあなた達のような子供が来てはいい場所ではないんですよ。さぁ、早くお家へ帰りなさい!」
二人の女の子は、螢の剣幕にしばし驚いた様子であったが、落ち着いてから、レイと呼ばれた女の子が、
「実は、私達も一緒に行くんです。それに、『しにたい』って思うのになんか、年齢なんか関係ないじゃないですか?周りの大人や友達は、みんな薄っぺらい慰めにもならない、ただ、『かわいそうな子を助ける自分』を見せて周囲の評価を得るために言葉を投げかけているに過ぎないんです!それに...それに...」
「そこまでで大丈夫だ」
知らぬ間に、僕の口が勝手に動いていた。話の途中からなんとなく思ったことで、これにはまだ確信が持てないが、僕は、こう思った。
あぁ、この子、僕と一緒だ。
と、確かに思えたのであった。そういえば、大切なことを聞くのを忘れていた。
「君たち、名前は?」
僕の言葉に、一番に反応したのは、以外にも、最初に『レイ』と呼ばれていた少女であった。
「わ、私の名前は、レイ...です」
それに続いて、ムスッとした態度を取っている女の子は、
「私は、メイよ。しっかり覚えておきなさい!」
メイとレイ、おそらく双子なのだろう。身なりも同じような高級なものを身に着け、いかにもお嬢様であることを象徴している。どこの子かは知らないが、相当大きな家の子だ。
わざわざ家出してここまで来たのだから、相当な理由があるはずなのだが、なぜか、二人から、いや、特にレイだけからはその絶望や喪失感というものが一切感じられなかった。わざと明るく振る舞っているのだろう。
そして、またガサガサッという音とともに、今度も熊ではなく人間が出てきた。
今回出てきた人は、いかにも学校で優等生という座を今まで一回も落としたことがないであろう、秀才の代名詞のような顔をした男性が出てきた。
彼が僕らを見た途端、唖然としていた。思っていたよりも人数が多かったのか、驚いた顔をした。
無論、手には、例の切符が握られている。
「どうしてあなたがここにいるんですか!?」
男性よりも先に、螢が彼に叫んだ。見た感じでは、どうやらお互い知り合いらしく、お互いが死にたいと思っていたことが意外でたまらなかったのだろう。
螢の言葉に、その男性もすぐさま反応して、
「どうして君がここにいるんだ!昨日まであんなに明るくなにもなかったかのように振る舞っていたじゃないか!?どうして...君が『死にたい』なんて思ってしまったんだ!どうして...どうして...」
言葉に詰まる彼を見かねたレイが、その場を一旦落ち着かせるために、その男性に名前を聞いた。
「僕は、狼騎ろうき 高峰たかみねという。君たちは?」
と順番に僕らの名前を聞いていっては、どこからともなくだした手帳に一人ひとりの名前をメモしていった。
それから、名刺も渡してくれた。
そこには、高峰の所属している大学の名前が書かれていた。
名前は一度は聞いたことがある、有名で東京にある大学であった。
「じ、実は」
と、螢が口を開いた。
「私、高峰さんと同じ大学で、同期なんです。それで、さっきは取り乱してしまって、ごめんなさい」
「気にしなくていいのよ。私だって、そんな事があればびっくりしてしまうもの。多分だけど、それは当然のことだと思うわ。それに、むこうだって一緒だったじゃない」
メイが、慰めるように優しく螢に言った。
その時、全身に悪寒が走った。『アイツ』が来たのだ。しかし、正確には『来た』のではなく、急に僕らの目の前に最初からいたかのように現れたのである。
そいつは、前あったときと同じような服装で、目がなく、黒い穴から液体を垂れ流していた。
そして前回同様、人間ではない、生気がなく板がきしむような声で、
「きたんだね。でも、あと一人足りない」
そう言って、また姿を忽然と消してしまった。
「何なの、あれ」
そう呟いたのは、メイだった。僕が不審に思い、
「さっきのやつが、お前たちに切符を渡したやつじゃないのか」
と聞くと、今度はレイが怯えた子鹿のような震え声で答えた。
「違います、あんなのは家に来てません。切符を渡してくれたのは、私達と同い年くらいの子でした。皆さんはどうなんですか?」
レイの問いに、僕以外のみんながうなずいて、一様にその小さの子からもらったと言った。
僕には全く心当たりがなく、不思議に思っていると螢が当たり前のことを聞いてきた。
「...じゃあ、あなたは、あの奇妙な物体からそれをもらったっていうんですか」
「あぁ、そうだが。別に僕を死なせてくれるなら、化け物でも死神でも何でも良かっただけだ」
「そんな、そんなにあなたは死にたいと思っていたんですか?そんなんになる前に親に相談してきたら良かったじゃないですか!」
「...それなら螢は死ぬために親に許可でも取って来たのか?自分が死にたいと思って?ガキの真似事じゃあるまいし、自分で抱え込む勇気がないならさっさと帰ったらどうだ」
知らぬ間に、僕は少し腹が立っていたらしく、螢にきつくあたってしまった。
謝ろうと思っても、もう遅く、螢は泣き出してしまった。
「お前、一体螢さんになんてことをしてくれてるんだ!」
高峰が、人が変わったように僕の胸ぐらをつかんで聞いてきた。こいつも中途半端な人間なのか、アイツと同じだな。
そう思って高峰の手を振りほどき、一人で駅の方向へ進んでいった。
「待ちなさい!」
メイの鋭い声が僕の足の動きを止めた。小さく舌打ちをしてから、向き直ると、高峰のこぶしが目の前にあった。僕はとっさの判断でそれをしゃがんでかわして、土をつかんで、投げた。
高峰は目が見えなくなった。そのすきにあごの下から、ジャンプして蹴り上げた。
高峰は、蹴られたときはまだ立っていたが、すぐにどさっと倒れてしまった。
唖然とするみんなを横目に、僕は再び駅に向かって歩き出した。
すると今度は、『アイツ』が僕の前に立ちふさがった。
「どけ」
「全員そろってからじゃないと通すことはできないよ」
僕は大きくため息をついて、近くの、みんなから離れた岩に腰かけた。
すると、『アイツ』が近寄ってきて、僕に聞いた。
「楽しかったかい?」
「なにが?」
「人をいたぶったことさ。初めてあんなことをやったのはどうだった?やっぱり楽しかっただろう?気持ちよかっただろう?ほら何とかいってみろよ、少年」
僕はまたため息をついて、楽しくなんかないと言おうとしたが、先ほどのことを思い出してみると、
「ちょっと、気持ちよかったのかも知れない」
僕の返事にそいつはけらけらと笑い、ふぅ、と落ち着いてから、
「そういえばまだ自己紹介がまだだったね。私は、伊邪那美いざなみちょっとした神様をやってたんだ。でも死んじゃって夫にも逃げられて早数千年。私の本当の名前を言ったのは君が人間で初めてかな。君は私と同じ目をしている。だから私がほかの子供たちと違って直々に使者を出さずに赴いたんだ。よろしくね。大八州希栄クン」
「誰がお前みたいな人間離れした目をしてるっていうんだ」
それからしばらく間をおいて、伊邪那美が何かを思い出したように言った。
「そういえば、このままじゃ怖いよね。ちょっと待ってて。今戻すから」
伊邪那美は踊り子のようにくるりと回ると、人間らしい顔になって、目も戻っていた。
人間のようになったのだが、唯一、違うところといえば、肩に大きな杭が刺さっているというところだろう。
その杭の先には鎖がついており、その鎖は、鉄か何かの金属でできた首輪に繋がっているという、とても不思議なもので、痛々しいものだった。杭が刺さっているところからは、黒い液体が流れ出ていた。
先程の目から流れ出ていたものと同じ、少しとろっとしたものだ。
僕と伊邪那美以外のみんなは少し離れたところで、高峰の介護をしていたので、伊邪那美の変身には気づいていない様子であった。
「馬鹿な奴らだねぇ」
伊邪那美がポツリと言った。僕以外には聞こえていないようだ。そして、続けて
「あ、最後の一人が来たっぽいね」
と言って、霧のようにすぅっと消えてしまった。
そして、伊邪那美の予言通りに、もう一人が草陰から出てきた。
見た目は、ガラの悪い中年のおっさんといったところで、身寄りがなく、金もないからここへ来たというような顔をしていた。
男は、出てくるなり、ぎろっとした目つきで、あたりを見渡し、僕に近づいてきた。
「兄ちゃん、ここが、キサラギ駅で間違いないか?なんかあったみたいやけど、はよ行かんなあかんねん。あっちには大切な用事があるからな。ほんで、兄ちゃん。なんちゅう名前や。ワイは、大阪生まれで東京から来た、宮嶋みやしま 正幸まさゆきっちゅうもんや」
「僕は大八州 希栄だ。ちょっとの間、よろしく」
何気に思ったことなのだが、僕は、あいつみたいにきちっとした奴じゃなくて、こんな風に、ちょっとガラの悪い人のほうが合うのかもしれない。やはり、お互い社会に適合できない人間だからだろうか。
僕が、そのほかの人の紹介を済めせると、宮嶋は、少しヤニのついた黄ばんだ歯を出してニヤッと笑った。
「ワイは、あんたとは気が合いそうや。なんか知らんけどな。まぁ、よろしくやで」
ポンポンと僕の肩をたたいて、一人で駅に向かってしまった。
僕もそのあとに続いて駅に向かった。ほかのみんなも高峰が起きてから割とすぐにあとをつけてきた。
駅には改札がなく、そのまま駅のホームまで歩いて行った。全員がホームに到着するなり。大きく立派な機関車が到着した。僕らはたがいに目も合わせずに、足早に乗り込んだ。
汽車に乗り込むと扉がゆっくりと閉まり、外の景色がゆっくりと黒に近づいて最終的には何も見えなくなった。車内は僕ら『死にたい組』のほかにはだれもおらず、横長の向かい合わせになている椅子にみんなが思い思いに座った。
僕の人一人分空いた隣に宮嶋が座り、その向かい側に螢とレイがうつむいて座り、その隣、少し間を開けて高峰とメイが座っていた。
そして、五秒の沈黙の後に、僕と宮嶋の間に、ぱっと伊邪那美が現れてちょこんと座っていることに気が付いた。あの黒い液体が両目から出ている方の顔で。
宮嶋は驚いて、伊邪那美と距離を開けたが、僕は座席の一番端に座っていたのでどうしても動けずにいた。
それからすぐに伊邪那美が立ち上がり、無機質な生気のない声で呼びかけて全員を立たせた。
「いまから、交流会をしよじゃないか。黄泉の国までは長いからね。全員起立」
全員が渋々と立つと、伊邪那美が指をはじいた。
すると、電車内の電灯が一瞬消え、もう一度ついたときにはまるで手品のような驚きの光景が広がっていた。
僕自身の体に触れられた感触は全くなかったのだが、なんと服が変わっていたのだ。それも、僕だけでなくみんなの服が、だ。
僕らの服には統一性がなく、みんながいろいろな服を着ていた。
たとえば、僕。僕の服は、クリーム色の、少し大きいコートを着て、黒いズボンをはいていた。首からは謎のペンダントがぶら下がっていた。さっきまで頃が入っていたバッグはなくなり代わりに肩からさげるものに変わっていた。
久しぶりにコロのことを思い出して、中を覗いてみると、小さなコロが大きな目をしてそこにぎゅっと詰められていた。
僕はそっと新しくなったカバンを締めて、みんなの方を見た。
みんな、とても動揺していた。ここで急にだが、一人ひとりの服装を紹介しようと思う。
まず、メイとレイだ。ふたりとも同じようにフランス人形のような、華やかな服を着ていた。ところどころ色や模様が違っていたが、一番大きな違いは、お互いの性格を象徴しているような色をしたカチューシャであろう。
メイのものは、彼女の傲慢な性格を表している、照りつける夏の太陽に似た赤い色をしていた。
レイのものは、彼女の控えめな性格を表している、薄く空に浮かび上がる月に似た青い色をしていた。
「なに、これ。こんなの、ただの人形の服じゃない!もっとましなのは無かったの!?」
「うぅ、恥ずかしいよぉ」
と、当の二人は自分の服が不服のようだ。
それに加えて、二人の髪形も変わっていた。
最初は二人ともおさげだったのだが、メイは後頭部で団子を作っていた。そして例のものは、髪が短く、あごと同じくらいの高さで切りそろえられており、右目が、髪で隠されていた。
そして次に高峰だ。彼の服装は、シャツまで真っ黒のスーツだった。彼はそのほかには何も特徴などはなく、カバンなどもなかった。手ぶらであった。
何も書くべきことがないと思っていると、高峰は、急に胸元になにか違和感を覚えたようで一枚の仮面を取り出した。仮面には、真っ黒の少々不気味なキツネの顔が書かれていた。
そして螢の服装は、日本軍の緑色をした、西洋の軍服だった。大きめのボタンが四つ二組に分かれてついていて、それぞれの組が金色の縄でつながれていた。スカートはひざ下くらいで、こちらも日本軍の緑色をしていた。靴は革製のブーツであり、真っ黒な生地が膝あたりで止まっていた。この靴も上に着ている服と同様にひもが金色であった。帽子もかぶっていたが、それも西洋のもので、たしかベレー帽というものだったはずだ。
それから、宮嶋だ。彼の服装は、まるでどこかの厳粛に執り行われなければならない式典にでも出席するとでもいうような勇壮な着物と袴だった。
靴は下駄になっており、腰には一本の刀を差していた。
全体で見れば彼の服装は大昔を生きた武士そのものだった。
それから自分の服装に対しての自信に満ち溢れた顔をしている伊邪那美もいた。顔は変わっており先ほど二人で話した時の顔になっていた。服装もさっきと同様で、大きな杭は刺さったままであった。
みんなが慌てふためいている中に、急に車掌と思しき人物がぬぅっと表れて、無言で僕たちの切符に穴をあけていった。急な車掌の登場で全員が少し黙ったところに、伊邪那美が手を二回大きくたたいて、今度は生気のある人間らしい、しかしどこか不自然な女性の声で呼びかけた。
「はい、じゃあ今から交流会スタートということで、順番に自己紹介をしていってもらおう。それと、死にたいと思った理由もつけてね。じゃあまずは、君からだ」
そういって指をさされたのは、僕だった。仕方なく大きなため息をついて立ち上がった。
「大八州 希栄だ。死にたいと思ったのは、、、」
なんでだろう。なんで僕は死にたいと思ったのだろう。感情がないから?みんなから隔絶されて生きてきたからか?いや、そうではないな。死にたいから死のうと思ったんだ。向こうから呼びかけてくる、そんなものに誘われたのだ。
「死にたいと感じたからだ」
きっぱりとそういって、僕はもう一度自分の席へ戻った。
「なんやねん。それ」
そうつぶやいたのは宮嶋だった。ものすごい形相で僕をにらみつけている。
「なんだよって、どうしたんだ」
「お前、そんな理由で、ここに来たんか。そんな直感で、こんなところに、地獄へ行こうとしとんのか!お前、親の気持ち考えたこと、」
「親はもうとっくの昔に死んだ。言いたくはなかったが会いに行くのが本来の目的だ」
「なんや、そうやねんやったらはよゆえや。びっくりしてまうがな」
嘘だ。大嘘だ。そんなことみじんも思ったことなんかない。ただ、僕はその場しのぎの虚言を並べただけなのに、この男ときたら、こうも簡単な言葉で信じ切ってしまう。馬鹿なやつだ。
「ほんじゃあ、次はワイが言ったる。ワイは、宮嶋 正幸や。大阪生まれの大阪育ちや。ここに来たんは、妻と子供とそれから身内のもん全部殺られたからや。以上!」
そういって元の席に宮嶋はどっかりと座った。
そのあとに誰もたとうとしなかったが、伊邪那美の急な指名で、レイがやることになった。
レイは、おずおずと立って語何回か大きく深呼吸をして、震える声で話し始めた。
「わ、私は、レイ、です。苗字は、ありません。死にたい、と思った、理由は、メ、メイと一緒です。よろしくお願いします」
そうしてすっと席に着くと同時に今度はメイが立った。
「メイよ!ここに来たのは、パパが私のプリンを食べちゃったから!」
そう公言して、レイの隣に行って何かをレイに言ってから、宮嶋の隣に座った。例は小さくうなずいて、うつむいた。しかしみんなそれどころではなかった。なぜなら、死にたい理由が理由なので、宮嶋が怒鳴るかと思っていた。が、予想に反して、宮嶋ははにかみながら
「そうかそうか、きっと複雑な理由があるんやな、希栄みたいにな、今度はちゃんとわかったで」
と、自信満々に言った。こいつ、正真正銘の馬鹿だ。誰もがそう思っただろう。
そんな無駄話はさておき、次は螢の番になった。
彼女はすっと立ち上がり早口にこういった。
「香宮 螢です。人間に失望したためここに来ました」
ありきたりな、すぐに死のうとするやつの言葉を言って座った。
この言葉に特別誰かが反応しなかったが、僕は変だと思った。
生きている人間に失望して、自分が死んだことで、何かが変わるのだろうか?いや、決してそんなことはないだろう。ただただ逃げるために死を望んだのか、もしかしたら、螢も僕と同じように、ただ死にたいがためにここに来たのか。それを隠すためにわざわざ普通のことを言ったのではないか。そんな考えを巡らしているうちに、いつの間にか高峰が話し始めていた。
「狼騎 高峰だ。螢さんと同じ理由でここに来た」
そういって螢の隣に座った。
なんだ。結局、みんなそうだ。全員、仲間を作るために死にに来ている。向こうで作れないから、死ぬ前にこっちで作って死のう。そんな思いがみんなの根底にあることに気が付いた。唯一違って聞こえたのはレイのものだった。レイはどこか大きな嘘をついているような雰囲気があった。それに、彼女の眼には、光が一切感じられなかった。死んだ目をしていた。伊邪那美が自己紹介が終わったのを見届けると、大きな声で、こういった。
「ただいまより、列車『夜行』は黄泉の国に向かいます。では、出発進行」
そうして、僕たちは現世を離れて黄泉の国に行くことになった。
これがこれから始まる長い長い紀行の始まりとなるのであった。
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