今帰仁じんじん
御願崎冷夏
第1話 かーくん
メッセージの着信音が、三回立て続けに鳴った。
どなたですか、こんな夜中に。
スマートホンの通知画面を見る。
うわっ、次男からだ。
あいつからくる夜中のラインは
たいていが
「すまんけど駅まで迎えに来て」
JRのもより駅から海辺の我が家までは
歩くと小一時間かかるものだから
車を持たずバスと電車で通勤する次男は、
最終バスを逃した場合タクシーを拾うしかない。
だけどタクシーはこの頃値上げして
深夜だと割増しで4000円くらいかかってしまう。
であるもので次男は帰宅が深夜になりそうなときは
たいてい街で一人暮らしをしている
友人宅に泊めてもらうことが多い。
わたしにラインしてくるということは
最近フレッシュな彼女ができたらしいその友人に
どうやらお泊りを断られたと思われる。
そりゃそうやんか。
誰にだって自分の都合がある。
しかし。今から車出すのって面倒くさいんですけど。
あー気付かないふりしてれば良かったって
着信切ってもう寝たことにしといたら良かったって
二本の足がついているのだし歩けぬ距離でもないはずって
実際本当に気づかなくて歩いて帰ってきたことも複数回あるやんって
必死で次男のお迎えコールを無視する理由を考えるわたしって
やっぱり鬼母だよなと思うけど
でも。お気楽なバイト生活で常に金欠の次男に
4000円のタクシー代は痛すぎるよなぁとか
てかやつはそもそも、4000円持ってないのかもとか
鬼を忘れてやっぱり甘々母に戻る自分に溜息つきつつ
観念してメッセージ画面を開く。
あれ。お迎えコールと違うみたい。
「やばい」
「(びっくり顔のパンダのスタンプ)」
「すごいひとにあったばい」
以上三件を開いている数秒の間に
たたみかけるように四件目のメッセージ。
今度は写真を送りつけてきた。
開いてみると、なにやらクラブらしき店の一角。
三人組の茶髪の若者たちが普通に飲んでピースしてる風の
なんのへんてつもない写真。
しかもその誰にも見覚えはないし
ましてやタレントとか有名人でもありはしないような。
誰やねん、と打とうとしてる最中に
「真ん中の子よくみて。
誰かわかる?」
んーーー。
次男の幼馴染の誰かってことかいな。
はっきり言ってちょっと柄悪げだしなぁ・・・
こんな子知り合いにいたかしらん。
つらつら考えていると答えを待ちきれない次男から
遂に待ちきれない直電コールが鳴る。
はいはい。
「かあさんさ、
かーくん、覚えとる?」
「かーくんねぇ・・・
か、のつく子やろ。かずきくんとか、
かいとくんとか、
あっ、かんちゃんとかなら記憶ある」
「ふっふっふ。ちゃうちゃう。
今帰仁村の、かーくん!!!」
「・・・・・(んがっ、ぐぐ)」
はからずも突然わたしの記憶の扉をこじ開けた
「今帰仁村」「かーくん」のふたつのキーワードに
もうびっくりしすぎて
来週もまた、みてくださいねぇ!!のあとの
サザエさんと同じリアクションが
思わず昭和の母的に出てしまった。
「えええ!!!
今帰仁って・・・今帰仁村って・・・
てかこれがあれだけかわゆかった、、、
あの美少年の、かーくん!?」
「うん。クラブで今なんと、隣のテーブルにおる」
「は? 嘘ー。。なんでまたそんなことに」
「偶然よまじで。
なんかね、友達と博多に遊びに来とるって」
「へぇぇ、そうなんや。。。
しかしさ、うちらが今帰仁の家に激しく通ってた頃から
軽く10年、いやいや下手したら13年くらいは
経ってるよねえ。
そもそもかーくんはあの頃まだ幼稚園児で
5歳とか6歳とかだったはず。。
しかもこれだけ見た目違ってるのに
おまえなんで、かーくんってわかったの。
まさか、向こうが覚えてて声かけてきたとか?」
「いんやおれのほうが気づいたと。
言葉づかいね。イントネーション。
うちなー口ってよりさ、
今帰仁の独特の言い回しがあるじゃん。
それがいきなり隣から聴こえてきてさー、
懐かしいねぇと思ってじーっとそいつ見てたら、
目がさ、あのときのかーくんとかぶってさ。
まさか絶対違うよねとは思ったけど、
思い切って声かけてみたら、なんと本人ガチやった」
お互いに興奮しすぎて
わぁわぁ言葉をまくしたてていると
いきなり電話が切れた。
あーねー。
電池切れしたようだ。次男と直電してるとよくあること。
あいつの携帯はつねに電池残量がギリギリなのが通常。
別に珍しくないからなと思いながら
次男からスマートホンに送られてきた、
「今帰仁村のかーくんの今現在」の写真を
あたらめてしみじみと眺めてみる。
くりっとした大きな瞳には、確かに見覚えがある。
だけど伸びきった茶髪は何だかモサモサで
アゴには無精髭も見えていて
いでたちは一昔前のヤンキー風で、悪いけどダサいかも。
なにより、瞳はそのままでもどよんとしていて
そもそも若者のはずなのに、全体的に覇気がない。
旅やら遊びやらで疲れているのかな。
たまたまそんなふうに写ってしまったのかな。
いったいあれから、どんな月日が流れたのだろう。
というかよく考えたら我が家も相当色々あって
思えば残酷な時の流れの中で
わたしは夫と離婚し、あのときの仲良し家族は終了したわけで。
かーくんにも色々あって全然不思議はないわけで。
それにしても、
独特の今帰仁ことばが可愛くて
小学生だったお兄ちゃん達についてまわる、
活発な幼稚園児、しかも超美少年だったあの
今帰仁村のかーくんのいきなりの登場で
当時暇さえあれば病気にかかったように
福岡から飛行機に乗り家族で足しげく通っていた
今帰仁村の情景が今、映画でも観てるように
あたまのどこかに映し出されて
あの時代のこどもらがあのときのまま息を吹き返し
目の前にいるように思えてくる。
突然目の前に登場したタイムカプセルを開けてしまい
時空間がバグを起こしてゆがんでいるような
へんちくりんな気持ちではあるけれど
お腹のどこかがくすぐったくて生温かくて
そんな自分がちょっと面白くもなってきたので
わたしにとって、家族にとって
あの宝物のような時代の話を
湧き出てくるままに
書き留めてみようと思います。
つづく。
今帰仁じんじん 御願崎冷夏 @uganzaki
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