第15話 桃太郎と鬼の方角

「では、吉備津彦さんに会う前に知っておいてもらいたい桃太郎と鬼についてのお話しをしますね。因みに、吉備津彦さんの性格はかなり真面目です。なので、鬼や桃太郎について全く勉強していないと思われたら、心を開いてくれません。また、逆に真面目に勉強して来たと思われたら好感を持たれます」


 だから、ここ数ヶ月読書ばかりさせられていたのか・・・。そう考えると、今回、吉備津彦命と会うことは大事なことなのだろう。茜ちゃんも、先生が吉備津彦命と僕たち三人が会うことを楽しみにしていたと言っていたけど、この「桃太郎」と「鬼」というテーマはそれだけ、水亀カウンセリングルームにとって重要事項なのだろう。


「では、まずは質問です!風水って知っていますか?」


「はい。西の方向に黄色い物を置くと金運が良くなるとか、財布は茶色の長財布がいいとか、今年のラッキーカラーとかですよね?」


 茜ちゃんが驚いたように目を丸くして僕を見ている。そんな変なことを言っただろうか?Dr.コパさんとかの風水ではないのか・・・?


「間違ってはいません。長い時が流れて形が変わるものや伝承が変わることはたくさんあります。でも、もっとシンプルに言いますと、都市計画とか住居、建物、そして、お墓などの位置の吉凶禍福を決定するために気の流れを物の位置で制御する考え方と思って下さい。なので、西の方向に黄色い物を置いて金運を良くするというのも間違ってはいないです。因みに、これは、道教という思想の一部です。茜ちゃん、道教については知っていることはありますか?」


 ちょっと呆れられてしまったか、茜ちゃんに質問を振られてしまった。間違っていないと懸命にフォローをしてもらったのが恥ずかしい・・・。


「道教は・・・老子の思想で、発祥の時期は儒教と同時期の二千五百年くらい前・・・」


 記憶を辿るように茜ちゃんは道教について話し始めた。


「儒教が聖人君主になることを目指した教えに対して、道教は仙人になることを目指した教えで、その道教の経典に『仙道伍術』があって、その中に風水について書かれていて、本名は「風水地理」と記されています」


 教科書丸暗記みたいな説明だが、儒教と道教の違いと風水と道教が関係あるということが分かった。


「茜ちゃん有難うございます。では、風水で言う不吉な方向を何と言いますか?」


「これは分かります!鬼門です」

 茜ちゃんに対抗すべく急いで答えた。


「そうです。日本の風水の最大の特徴は鬼門です。しかし、元々の道教の教えには鬼門という言葉はあっても不吉な方向という意味はありません。また、鬼の出入りする方角である東北を鬼門と呼び、同様に、西北を天門、西南を人門、東南を風門と呼びますが、日本では鬼門以外は全く知られていません。因みに、道教が生まれた漢土では鬼は死者の霊という意味で使われていて、日本の鬼のイメージはありません」


「鬼の文字は一緒でも、お伽話の『桃太郎』に出てくるような鬼は日本オリジナルなんですね」


「そうです。この流れで次の質問です。鬼の姿はどんな姿ですか?」


「これは分かります。牛の角に虎のパンツですよね?東北、つまり、丑寅の方向からイメージを作り出したのは有名です」


 優等生の茜ちゃんが元気に答えた。確かにそうなんだろうなとは思いつつも他にも色々な姿の鬼もいるし・・・とも思った。でも、風水、方角というテーマであれば、この答えは満点解答だろう。


「あ!」

 方角と言えば・・・。


「兼人くん何かに気が付きましたか?」


「はい。丑寅が東北の鬼の方角ということなら、その反対側の南西の位置には申酉と隣りに戌ですね。つまり、猿と雉と犬」


「兼人、冴えてるね!」


 初めて茜ちゃんより早く気が付けて嬉しい。


「そうです。兼人くんが気が付いた事こそが「桃太郎」のお話しにとって最も大事な部分です。「桃太郎」は岡山が発祥のように思われがちですが、実は同じようなお話しは日本中にいくつもあります。しかし、主人公が鬼退治に連れて行くお供は必ず猿と雉と犬なのです。つまり、お伽話の「桃太郎」は鬼門封じのお話しなのです。因みに、昔は鳥と言えば、雉だったのですね。現在でも、雉は日本の国鳥ですからね。」


「鬼門封じ・・・」


 なぜ、日本では死者が出入りする鬼門をそんなに恐れる習慣ができたのだろうか?それも全国共通しているというのも不思議な感じがする。


「先生・・・僕の勘所が悪いのかもしれませんが、「桃太郎」のお話しが、実は鬼門封じがテーマになっていたということは驚きはしましたが、理解できました。でも、なぜ、元々の風水では不吉ではない鬼門を日本では禁忌のように扱って恐れるようになったのかが全く分かりません」


「その疑問はとてもいい疑問です。それは、日本の御霊信仰、いえ、怨霊信仰と関係があります。そして、この怨霊こそが鬼であり「おに」であり「かみ」だったりするのです。ここに日本の国の宗教観の本質を理解する鍵があるようにさえ思えます」


 そう話す先生のワクワクした気持ちが伝わって来て、僕も何だかワクワクして来た。日本の本質という言葉に興奮している自分がいた。


「駅に着くよ〜」

 茜ちゃんの声に我に返った。


「では、この続きは吉備津彦さんの所でお話ししましょう。「桃太郎」は鬼門封じのお話しで、お話しに出てくる鬼は日本独特の存在で、これからお会いする吉備津彦さんは、その鬼と対峙して退治した桃太郎のモデルの方だということを覚えておいて下さい」


 僕たちは鬼退治の舞台となった地に降り立った。

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