第13話 兼人の成長
新幹線は新大阪を過ぎ、新神戸に向かっている。そして、その次がいよいよ岡山駅になる。この電車で謎がある程度解決されて、スッキリとした気分で神社に行けるのかと思っていたが、吉野さんのこと以外は、むしろ、謎が増えてしまって全くスッキリしないという展開になっている。
桃太郎は誰でもない。そう言われて、驚きというか愕然とした気分に陥ったが、よくよく考えてみれば、御伽話の主人公はどれも誰でもない。浦島太郎もかぐや姫もこの人がモデルだろうという有力な人を思いつく事もない。そう考えると、むしろ「桃太郎」が特別な御伽話なのだろう。おそらく、桃太郎のモデルは誰?と質問されたら、ほとんどの人が吉備津彦命を思い浮かべるだろう。その理由は、先程の話しにも出てきた日本では超有名人な菅原道真が「桃太郎」のお話しの原形のような話しを書いたからだろうか?もしかしたら、きびだんごのイメージが吉備津彦命を連想させるからだろうか?そうだとすると、岡山県の宣伝が単に上手かったからという事なのだろうか?
「兼人、あんたミステリー作家にでもなるつもり?もしくは、民俗学者か歴史学者?」
顎にさすりながらブツブツ言っている僕を見兼ねて茜ちゃんが言った。
「カウンセラーになりたいんじゃないの?カウンセラーなら話しを聴くクライアントに集中するべきでしょ。答えが出ない謎解きに集中している場合じゃないよ」
茜ちゃんは、先程の勝手に人の気持ちを想像した気分になっている吉備津彦に腹を立てた怒りが残っているのだろうか?茜ちゃんが言うことはもっともなのだけど、今回の場合、話しを聴くクライアントと言っても、誰がクライアントなんだろう?とも思ってしまう。
「茜ちゃんは、兼人くんに迷って欲しく無いのですよ。そして、期待もしているのだと思います」
先生が朗らかに笑いながら言った。その言葉を聞いた茜ちゃんも照れ隠しなのか目を逸らした。たまに言葉がキツイ時はあるけど、よき先輩なのだと改めて思う。
期待・・・と言えば、これから会いに行く吉備津彦命と鬼に期待されている吉野さんは普通の人間だった。それに取り憑いていたのは鬼、つまり、妖怪。そして、吉備津彦命は神様・・・。はっとして、二人の顔を見た。二人はやっと気が付いたかと言わんばかりに僕の顔を見ていた。
「そうです。今回の案件は非常に珍しいケースです。人間と化物と神を同時にクライアントとしているのです。なので、まずは、それぞれの担当クライアントの心を構築している思考の背景を想像し、共感に集中して下さい。共感すべき対象は桃太郎の幻影ではありません。あと、今回は特に共感と同調の境界線を越えないように気を付けて下さいね」
「はい!私のクライアントは鬼ですからね。鬼は同情すべき所があるので、感情を乱されないように気を付けます」
「そうですね。今回は茜ちゃんのクライアントが一番難しいかもしれません。共感しなければいけないのに、同調を避けないといけない。しかし、同調を恐れると受容が形だけになり、信頼関係が築けない。よって、カウンセリングは進まない。でも、今回は安心して下さい。それぞれのクライアントという意識はしてもらいたいのですが、私が、吉野さん、鬼、吉備津彦さんの三者のメインカウンセラーではありますから」
一瞬、ほっとしてしまいそうな自分がいた。しかし、隣りに座る茜ちゃんが悔しげな顔をして溢れ出して来るような気合を発しているのを感じ、今一度、これではいけないと反省と共に自らを奮い立たせ、先生の目を真っ直ぐに見た。
「そうですね。兼人くんのクライアントは一見最も簡単そうに見えますが、今回の案件のキーマンであり、吉野さんの今後の行動次第全てが決まります。まさに、我ら水亀カウンセラールームの若きエースの兼人くんと同じ立場なのです」
あからさまに煽ててくれているが、お調子者の僕としては悪い気はしない。
「じゃあ、エースの兼人さん、これまでに分かった事とまだ謎の部分をまとめて、ご解説下さいな」
茜ちゃんが小馬鹿にしたように言うが、これが今の僕のポジションなのは仕方がない。何せ、僕はこれからを期待されている若きエースなのだから。
「まず、吉野さんは普通の人間で、鬼(怨霊?)に取り憑かれていた。この取り憑いていた鬼は関東から北の東北地方の鬼だと思われる。そして、この東北地方の鬼に取り憑かれてしまったのは、どうやら岡山県の吉備津彦命のせいだと思われる。しかし、おそらく鬼にも吉備津彦命にも悪意は無く、吉野さんに何かを期待しているようである。分かったのはここまで」
「なるほど。更なる謎は?」
「吉備津彦命や鬼が吉野さんに期待しているのは何か?吉備津彦命は、なぜ鬼を最も理解していると自負しているのか?なぜ桃太郎の真実が現代の日本に必要だと考えているのか?という吉備津彦命に聞かないと分からないことですね」
「兼人くん、有難うございます。自らの役割、今分かっている事、まだ分かっていない事、そして、その分かっていない事を確かめるために今旅をしているという事が改めて分かったのではないでしょうか」
「はい」
今一度、気合を入れ直したが、今回の案件で何度自身に落胆し、反省し、気合を入れ直しただろうか・・・。本当に今一度、自分はカウンセラーなのだという自覚を強く持とうと思った。
「兼人くん、本当は歴史家でも民俗学者でも、ミステリー作家でも何でもいいのです」
え?先生は僕の考えている事を明確に読み、且つ、混乱することを言った。
「大事なのはしっかりと自らの芯を持つことです。岡山駅に着いて、もう一本電車に乗りますが、その電車に乗れば、間も無く、目的地の吉備津彦神社に着きます。そこで対峙するのは伝説上の英雄であり本物の神様です。芯のない人間であったら簡単に見透かされてしまいます。そう思われたら、真意を語ってくれることはないでしょう。今、私が分かっている事を一つ付け加えます。吉備津彦さんは、現代を生きる人間に期待しているのです。悩みを持っている訳ではありません。だから、吉備津彦さんから真意を聴くことができるのは吉野さんと兼人くんだけなのです」
真っ直ぐに僕を見ては話してくれている先生は間違いなく、僕に期待してくれている。熱く重い気持ちが伝わってくる。応えられなかったどうしようという怖さもあり、全身が震えているが、期待に応えたいという身体の真ん中が熱くなるような感覚を覚えた。涙が溢れそうになる。カウンセラーとしてとか、他の何かとかではなく、僕が僕として目の前のものに対峙しなくてはいけないのだ。一歩引いて、先生や先輩の茜ちゃんの後ろにいてはいけないのだ。自らの魂をもって、相対する魂と正面から向かい合わないといけないのだと、先生の言葉と先生から溢れだすオーラなのか、よく分からない何かから悟った。
「兼人くん、一瞬で顔付きが変わりましたね。そうです。魂は相手が何者でも対等です。それは人間はもちろん、化物も神様もです。自らの魂の意味を感じて下さい。そして、相対する魂を感じて下さい。それが、我がカウンセリングルームの共感の極意です」
「兼人、急成長だね。電車で成長するなんて、『銀河鉄道999』の鉄郎みたいだね」茜ちゃんに茶化されたけど、気分は哲郎というより超サイヤ人になったような気分だ。気のせいかもしれないけど・・・。
間も無く新幹線は岡山駅に到着した。僕にとっては、とんでもなく濃厚な三時間だった。ここから、桃太郎線に乗って、十分ほどで目的地の吉備津彦神社がある備前一宮駅だ。
「そう言えば、魂という文字は鬼が入っているけど、鬼と何か関係があるのですかね・・・?」
先生が僕の言葉に振り返り、口元をほころばせて言った。
「では、鬼についてもう少しお話ししましょうか」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます