第3話 テスト?試練?神社参拝

 茜ちゃんを追いかけて、鳥居をくぐろうとした際に、一人の男とすれ違った。その男は鳥居から出るとクルッと振り返り、一礼して神社を離れて行った。独特な雰囲気のオーラがあり、どこかで見た顔だったような気がした。


 なかなか思い出せないまま、手水舎で手口を洗い、参道を進むと、拝殿に着いた。拝殿の前に水亀先生と茜ちゃんがいた。


「兼人、遅いよ」


 茜ちゃんは段々、姉のような感じになっている。雌猫は人間の飼い主を母猫と見立てたり、子猫と見立てたりするということを聞いたことがあるが、猫又の茜ちゃんは僕のことを自分の子だと思っているのかもしれない。


 僕は母の記憶がほぼない。会ったことがあるような気もするが、顔は思い出せない。思い出そうとすると姉の顔に変わってしまう。その歳の離れた姉が母親のように何かと世話を焼いてくれていたので、姉はもちろんのこと、女性の世話焼きは嬉しくもあり、弱いところでもある。


「すみません。神社のお参りの作法を考えながらやっていたので、追っかけられなくて」


 アメノミナカヌシの水亀先生がいるせいか、空気が澄んでいて、現実と空間が切り離されているようなゆっくりとした時間が流れているような気持ちがした。横浜の馬車道から歩いて来た距離なのに、まるで別世界のようだ。


「今日は、兼人くんの穢れを祓ってもらうためにここに来てもらいました」


「穢れてますか?」


「この約三ヶ月間で様々な知識が身に付いたと思いますが、陽の光りもあまり浴びずに本の虫になっていたので、穢れもだいぶ付いたと思います」

 先生に言われた通りにしていたのに、バイ菌のように言われてちょっと心外である。


「でも、大丈夫です。手水舎で手口を漱ぎ、お参りをすれば、その穢れも祓うことができます。明日は久しぶりにクライアントが来ますので、それに備えて、しっかり参拝して下さい」

 先生のテンションがいつもより少し高い気がした。先生の隣りに立っている茜ちゃんを見ると目が合った。


「しっかり参拝して下さい」

 茜ちゃんが試すようにニヤニヤしながら言った。


 なるほど。これはテストなのだ。神社に入る時に茜ちゃんが僕を置いて走って行ったのは、僕一人で正しく参拝できるかを試していたのだ。多分、大丈夫。この一ヶ月で読んだ本と元々の神社参拝に関する常識に沿って、鳥居をくぐる時に一礼、参道は神様の通る道と言われている正中を避けて、端を歩き、手水舎では柄杓を拝借し、まず、左手を清め、続いて、右手を清め、そして、右手に柄杓を戻し、左手を器のようにして水を受け、その水で口を濯ぐ、最後に、柄杓を立てて柄を清める。これら柄杓に汲んだ一杯の水で全て行う。


 そして、また参道に戻り、正中を外した端を歩き、拝殿に到着。ここまでは間違っていないと思う。


 先生たちとの会話は置いておいて、これから参拝。


 お賽銭箱の前に立ち、自分のラッキーナンバーの三枚の硬貨取り、会釈しそっと賽銭箱に投げ入れる。あくまで、放るのではなく、音が出る程度に丁寧に投げ入れる。


 そして、ここからが大事。この神社はどう見ても出雲大社ではないので、オーソドックススタイルの二礼二拍手一礼でいく。まず、二度頭を下げて二礼、そして、両手を合わせて、軽く右手を下にずらし、二拍手。良い音が出た。


 ここで、一礼をすぐにするのではなく、

「祓え給え、清め給え、神ながら、守り給え、幸い給え」

 そして、最後に一礼。どうですか?と言わんばかりに、先生と茜ちゃんの方を振り返った。


「お疲れ様でした。では、いきましょうか」

 先生が驚きと若干苦笑いで見ている。茜ちゃんを見ると、茜ちゃんも目を丸くしている。


「あれ?間違っていましたか?」


「いえ、とても迫力のある元気なお参りでしたよ」


「あんな大きな声を出して、お参りする人初めて見た。まるで、宮司さんみたいだったよ」


「ちょっと張り切り過ぎでしたかね。失礼しました・・・」

 急に恥ずかしくなって俯いてしまった。


「いえいえ、神様に兼人くんの想いが通じて、守ってくれるといいですね」

 先生が慰さめるように声をかけてくれたが、穢れを祓ってくれることよりも、守ってくれることを強調したことがちょっと気になった。顔を上げると、二人はすでに歩き出していた。


 拝殿に一礼して走って二人を追いかけた。鳥居を出る際にも、くるりと振り返り一礼すると、その際に、社号標が目に入った。


「吉備津彦神社・・・」

 どこかで聞いたことがあるような・・・横浜にこんな神社あったかな?


「兼人、早くおいで!逸れたら帰れなくなるよ!」


「はい!行きます!」

 姉のように呼ぶ茜ちゃんの声に返事をし、疑問を置いて走って二人を追いかけた。

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