第三章 『パンドラの家』
14. アプリで期間限定の推理ゲーム?
「次のゲーム候補があるんですけど、お話ししてもいいですか?」
ゴールデンウイークを目前に控えた四月下旬。
お腹を空かせた生徒達でごった返す食堂で、小絵が俺と片瀬へ唐突に言った。
俺は野菜多めの味噌ラーメン、片瀬はきつねうどんを食べながら対面で座っており、小絵は大量の粉チーズを振りまいたミートソーススパゲティを手に俺の隣へ腰を下ろす。
「ゴールデンウイークと同時に配信が開始されるゲームで、プレイ期間も三週間限りだから、ちょうどいいかなーって思ったんですが」
気になった言葉があったので、俺は箸をいったん止めた。
「期間限定ってことは、CBT?」
「いえ、ホントに三週間プレイ可能なだけなんです。厳密には違いますが、期間限定イベントみたいな捉え方が近いかもですね」
「へぇ、さすが、『トリリ』。いろんなことやるなあ」
俺は思わず感心してしまったものの、片瀬は不思議そうな表情で首を傾げている。
「えっと、ゴメン。CBTって?」
「クローズド・ベータ・テストのことで、リリース前にテストって形でプレイヤーに遊んでもらうんだ。で、バランス調整やサーバー負荷のデータなんかを事前に集めたりする……と」
「じゃあ、試験運転みたいなもの?」
「ええ、そんな感じです。……とはいえ、さっき言った通り、やってみたいやつはCBTではないんですが」
俺はチャーシューを口へ運び、飲み込んでから、「ふむ」と唸った。
「なんか特別感があって面白そうだな。……で、どんなゲームなんだ?」
小絵は嬉しそうに表情を綻ばせた後、スマートフォンを取り出す。
「ゲーム名は、『パンドラの家』。ジャンルは推理になってますね」
片瀬が少し驚いた口調で、「推理?」と呟いたが、気持ちは俺も同じだ。
アプリで期間限定の推理ゲームというのは、ちょっとイメージが湧かない。
『トリリ』は新規のプレイヤーへの間口が広い分、ゲームの品質向上に対する意識がかなり高いから、いい加減なものが出て来ることはないだろう。
お金も時間もかけられているだろうし、話題にはなるのだろうが……?
そこまで考えて、ピンとくるものがあった俺は、じとりとした視線を小絵へ送った。
「つまり小絵的にレアリティの高いゲームをやって、動画配信のネタにしたい……と?」
俺の突っ込みを受けた小絵は視線を逸らしたが、やがて半泣きになって訴えかけてくる。
「憐れな弱小配信者には死活問題なんですよぅ! 最近、投稿してた動画の再生数が全く伸びなくて、大きなゲームの運営に媚を売るしか方法がないんですぅ!」
「リアルに悲しいこと言うなって! 気持ちは分かるけど!」
小絵は俺の襟元を掴み、ぶんぶんと前後に振って、現状の悲惨さを訴えた。
「増えない再生数を一日中眺めているのは辛いんです! 本気で泣きたくなるんです!」
激しく揺れる視界に、軽い吐き気を覚えた俺は小絵の手を取り、数回タップする。
少し我に返った小絵が一つ空咳を挟んで、片瀬へ向き直った。
「そういう事情もあって片瀬さんの許可も、もらわなきゃなーって思ってまして」
「許可?」
「はい。ぶっちゃけた話、この間の、『ジャック・ボックス』は、野良試合で済ますにはあまりに惜しいレベルだったので」
俺は乱れた襟元を直しながら、片瀬がどういう判断をするのかは微妙だな、と思う。
「……えっと、それって誰がやってるかとかバレたりしない?」
片瀬の問いに小絵は胸を叩いて、頷いた。
「その点はご心配なく! 協力してくれる人のプライバシーは必ず守ります!」
「小絵ちゃんを疑うわけじゃないんだけど……」
その声音から不安が消えないのは当然だ。
一度ネットへ出た動画を完全に消去するのは不可能だし、トラブルの種になる可能性だってある。
何より片瀬は、『普通』のプレイヤーではない。
だから俺は少し声に力を入れて答えた。
「小絵、悪いけど、今回は配信を控えてくれないか? 事情も聞かないでもらえると助かる」
「え?」
声の圧力に驚いた小絵は、やがて慌てた様子で頷く。
「あ、いえ、無理強いするつもりはありませんから。あの、でも、できるなら、投稿したり、友達に見せたりはしませんから、記録に残すていどは……ダメですか?」
その声に人に見せたいから、人に見られたいからという響きは感じられない。
その切実さ、一生懸命さが伝わったのか、片瀬は小さく微笑んで答えた。
「……うん。それなら、いいよ」
俺は口調を軽くして告げる。
「今度、片瀬も小絵の動画を観たらどうだ? アレ、身バレとかそういうのじゃないし」
「そうなの?」
「ああ、なにしろ小絵が自分の」
「はいはーい、わたしの動画の話はそれまで! 今日のメインは新しいゲームの話です!」
「お、おう……」
小絵が頬を羞恥に染めて俺の発言をさえぎり、話題が強制終了する。
新規となりうる人の前だとそういうものなのだろうか、と思いながら俺は頷いた。
「で、『パンドラの家』だっけか。具体的にどんなゲームなのか、情報は出てるのか?」
「そーれがびっくり。全然情報がないんです。タイトル、ジャンル、リリース日、配信期間、クリア報酬のスペシャルアイテムと石3000個……それ以外は全部伏せられている感じですね」
いつの間にかきつねうどんを食べ終え、手を合わせていた片瀬が、目を瞬かせる。
「えっと、それってオッケーなやり方?」
「『トリリ』は時々、そういうゲリラ的なことをやる傾向があるんだ。……大体の評判はいいから、前情報がなくても、とりあえずやってみる勢は多いんだろ」
クリア報酬とはいえ、石3000個はかなり大きいしな、と心の中で呟く。
「わたしもそう思います。先輩と片瀬さんなら撮れ高、充分だと思ったんですが!」
全く本音を隠そうとしない小絵の頭に俺は手を置き、乱暴にぐしゃぐしゃと撫でた。
「いたいです、いたいです! 何するんですか!? 女子高生の頭に触って事案にならないと思っているなら、コンプラ意識低すぎて笑っちゃうところですよ!」
「そうやって、すぐ女子高生ってブランドを掲げる文化は嫌いだな!?」
「男子とはレアリティが違うんです! 大体のことは許されますから!」
「威張って言うことかっ! 割と悪質な理屈だからな、それ!」
そんな俺達の姿を片瀬はきょとんと見ていたがやがて、「くすっ」と吹き出すように笑う。
慌ただしいやり取りだったが、彼女の目元は柔らかく、状況を楽しんでいるようにも見えた。
予鈴が鳴り、教室前での別れ際、片瀬は俺へ背中を向けたまま呟く。
「……さっきは、ありがと」
「?」
「押し切られそうだったから。助かった」
そう言って一度だけ振り返り、目を細めて微笑んで、片瀬は去って行く。
「押し切られる……?」
俺は首を傾げてしまったが、やがて小絵の誘いのことだと理解して、頬を搔いてしまう。
「……礼を言われるほどのことじゃないと思うけど」
それでも胸に高鳴るものはあって、頭を掻いていたらスマートフォンが鳴った。
教室へ入りアプリを立ち上げると、片瀬からのメッセージが表示され、俺は息を飲む。
『ゴールデンウイーク、ひま? どっか、遊びに行かない? 聞きたいこともあるし』
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