ジャンクフードと俺物語
認識番号8830
01.天下一品・あっさり攻略法
何故、我々は天下一品でこってりラーメンばかり食べるのだろうか?あっさりラーメンもあるのに。
人類が生存していく上であっさりとした物よりもこってりとした物を摂取した方が有利に働いたので、その事がDNAに刻まれた・・・なんて、進化論的な考えも出来るかもしれない。だが、私が出した答えは実に簡単だ。こってりには強烈な刺激と依存性があるのだ。
こってりは麻薬なのだ。
これは私という善良な市民がこってりジャンキーへと堕ちていった過程と、ジャンキー特有の懊悩を書いた手記である。貴方がこってりを見つめなおす際の一助になれば幸いだ。
かなり昔の事なので、天下一品を初めて訪れたのがいつかは正確に覚えていない。25歳?それとも26歳頃だったか?だが、初めてこってりラーメンと出会った衝撃は克明に記憶している。それはラーメンのスープと言うにはあまりにも粘度が高すぎた。ざらつき、とろみが強く、そして濃厚すぎた。それはまさに「こってり」だった。
初見の私はそれを見てまずは驚き、そして恐怖を感じた。「なんだこりゃ、コーンポタージュなみにドロッドロじゃねえか。あり得ないだろ」と。確かに「見せてもらおうか。噂に名高いこってりラーメンの性能とやらを」と、赤い彗星に負けず劣らずな上から目線と好奇心で天下一品の暖簾をくぐったわけだが、これはちょっと話が違う。ここまでとは聞いてない。
怖気づいてても麺が伸びるだけ。意を決し、おそるおそるスープを口にしたのだが、拍子抜けするほど普通にスルスルと飲めた(きっとここでスルスルと飲めない人はこってりの才能が無いのだろう)。そのスープには今まで経験した事が無い、未知の美味さがあった。そして次に麺を啜るわけだが、ここで粘度の高さが功を奏す。実に見事にスープが麺に絡むのだ。何という機能美だろう。
当初の不安が安堵へと変わる頃、私は麺をズルズル啜り、スープをガブガブ飲んでいた。得も言われぬ満足感だった。完食後、スープの水位が減った器の内側に「明日もお待ちしています。」と書かれた文章が表れた。「明日は行かないけど、また来るだろうな」と、お冷を飲みながら思った。
もうすでにちょっとした虜になっていた。
これが私のこってりへの入口だった。そして後々気付くのだが、入口はあっても出口はなかった。
最初のこってり体験以降、定期的にこってり切れの発作を起こし、その度に天下一品へと通うはめになった駆け出しの頃の私は、パンクスみたいにギンギンに尖り荒ぶっていた。こってりに対するパッションが溢れまくり、目に見える全てのものをこってりスープへダイブさせないと気が済まなくなっていた。特に白米ダイブが止められない。所謂、「ねこまんま系こってりジャンキー」だった。
ねこまんま、それは天下一品における究極の作法。こってりと出会ったばかりなのに、すでにこの時点で私はエリートジャンキーへの階段を三段飛ばしで駆け昇っていた。
そもそも、日本の社会では決められた料理を除き、汁物をご飯やおかずに掛けたり、逆にご飯やおかずを汁物につけたりする事は行儀が悪い事とされている。私だって他のラーメン屋さんでは恥ずかしくてねこまんまなんかやれない。だが、天下一品では躊躇なくやれる。何故なら、天下一品ではどんな食べ方も許されるからだ。と言うか、ねこまんま的食べ方を店側がガンガン推奨しているくらいだ。
「他の店では紳士たれ、天下一品では野獣たれ」。己の欲望にブレーキをかけてはいけない。むしろ、アクセルベタ踏みくらいがちょうど良い。多少、お行儀が悪くなっても構わない。天下一品には上品も下品も、正義も不義も、善も悪も存在しない。欲望のままに食事を堪能する事こそが天下一品における唯一のルールだ。だから、スープにご飯を入れても良いし、ご飯にスープをかけても良い。スープにご飯を入れてそこに唐揚げをダイブさせつつ納豆のトッピングを更に追いダイブさせる、なんてテクニカルな食べ方も問題ない。くどいようだが、天下一品では全てが自由だ。刑法に引っかからない範囲ならどんな食べ方をしても許される。
こうして、ねこまんまから天下一品のキャリアをスタートさせた私だが、天下一品通いを続ける中で食べ方も次第に変化していった。それは試行錯誤の歴史だった。こってりラーメンと炒飯、こってりラーメンと餃子、こってりラーメンと唐揚げ・・・。気がつけば私は一端のこってりジャンキーであり、「どうすればこってりラーメンを最高に美味しく食べられるのか?」という真理を追い求め、ひたすら食べ続ける求道者でもあった。探求の旅は長い期間に及んだ。中学生だった子たちが加齢臭に悩まされるお年頃になるほどの長い歳月だ。
そしてついに辿り着いた。「こってりラーメン大盛り」こそが至高であると。すべての無駄を削ぎ落し、最小限の構成要素である「麺とスープ」だけに焦点を絞ったストイックさ。私が歳を取ったのだろうか、それともある種の悟りを得たのだろうか。今の私にはミニマルを突き詰めたようなこの食べ方が実に馴染む。きっとこれが私の到達点なのだろう。
こうして一人前のこってりジャンキーとなった私だが、常にこってり不足の禁断症状でラリってるわけでもない。たいていは素面の状態だ。そして素面の時になるとちょくちょく、「そう言えばあっさりラーメン食べた事ないな」という考えが頭をもたげてくる。
天下一品の「あっさりラーメン」。実際に誰かが食べているところを見たことがない、レギュラーメニューでありながら幻のメニュー。
これは私独自の調査だが、知り合いのこってりジャンキー5人中5人全てがあっさり未経験だった。そして、全員がいつかはあっさりを食べないといけないと思いつつ、こってりばっかり頼んでモヤモヤしているという驚くべき調査結果が出た。「あっさりラーメンの未食」。何と言う事もない事実だが、喉に刺さった小骨のようにどことなく気持ちが悪い。
「じゃあ、あっさりラーメンを注文すればいいだけの話じゃない」と、こってり未体験の方は仰るだろう。そう言いたくなる気持ちは分かる。だが、それは現場を知らないクソ上司のクソ指導みたいなものだ。そんなものは机上の空論。現実はそう甘くない。
「今日こそはあっさりラーメンを食べるぞ!」と、固い決意で臨んでも、店舗に入るや否や視覚はこってりラーメンを美味そうに啜るこってり好きの同胞を目に映し、聴覚は「ご注文は以上ですか!こってり一丁」と高らかに厨房へオーダーを通す店員の声を聞く。餃子や唐揚げ等、店内には様々な匂いが立ち込めているはずなのに、嗅覚はこってりの匂いを鋭敏に嗅ぎ分ける。結果、喚起されたこってり欲を抑えきれるはずもなく、流されるようにこってりラーメンを注文するはめになるのだ。いつだって我々はこってりの掌の上だ。
あっさりは近くて遠い。物理的にはすぐ手が届く距離にあるはずなのだが、現実には冥王星よりも遥か彼方だ。「まあ、別にあっさりを食べなくても警察に捕まるわけでもないしね」と自分自身に言い訳しながら、やっぱりなんかモヤモヤしてスッキリしないまま今日に至ったわけだが、ついに先日、攻略の糸口を見つけた。
カルタゴの名将、ハンニバル・バルカは「視点を変えれば、不可能は可能になる」と語った。つまり必要なのは新しい着眼点と大胆な発想の転換。そう、私たちがすべきことはこってりへの欲望を抑え込む事ではなく、逆に「こってり欲を満足させる事」。そして、「2食連続で天下一品に行く」という常識に囚われない大胆な行動だ。これにより、こってりを食べて満足した自身のこってり欲の間隙を突く事ができる。私が考えたのはこういうアプローチだ。
【昼食にこってりラーメンを注文し、夕食であっさりラーメンを注文する】
自分で言うのもなんだが完璧な作戦だ。シンプルだが絶大なる効果が見込まれる。いくらなんでも2食連続でこってりラーメンはないだろう。これならこってりの誘惑を退ける事が出来る。他にも「こってりラーメンとあっさりラーメンを同時に注文する」というやり方も考えてみたのだが、これはどっちつかずでこってりにもあっさりにも失礼なやり方なので却下した。こってりラーメンとあっさりラーメンを食べたのに、胃の中が「こっさりラーメン※1」になるのも何となく不気味だ。一つのスープを真っ直ぐ見つめ、全力で向き合うのがラーメン喰いの正しい作法だろう。
昼にこってり、夜にあっさり。この手法は開発者である私の名前を採って【認識メソッド】と名付けさせて頂く。全国のあっさりが頼めないこってり好きの同胞諸君、是非、この認識メソッドを活用してあっさりラーメンを堪能して頂きたい。仮にあっさりラーメンが貴方の舌に合わなかったとしても悲観することはない。それは「やっぱりこってりラーメンが一番だよね!」と再確認するために必要なプロセスであり、それによって貴方は今以上にこってりラーメンを愛する事になるだろう。貴方たちのこってり愛が次のステージに進むことを祈る。
ちなみにこの手法が通じないタイプ、仮に貴方が「二食連続でこってりラーメン!全然有りです!!」と逆に盛り上がるタイプなら、もうあっさりは諦めて欲しい。貴方は重度なこってりジャンキーであり、もう治療の余地もない。一生、こってりしてて欲しい。だが、それはそれで幸せなことだし、羨ましくさえある。こってり信者として軸がぶれてない。貴方のこってりに対する姿勢は賞賛に値する。
さて、近々天下一品がある街に行く用事がある。偉そうに書いてきたのに恐縮だが、実は私自身がまだ認識メソッドを試してない。なので、認識メソッドが机上の空論でない事を私自身で証明してきたいと思う。無事にあっさりラーメンを食べる事が出来れば、私は勝利したと言えるだろう。何に勝つのかよく分からないが。
ついに天下一品における私の戦いに終止符が打たれる。あっさりラーメン・・・チェックメイトだ。
※1・・・こってりラーメンとあっさりラーメンのスープを合わせたハイブリッドラーメン。「屋台の味」の名前で正式メニューとして存在。勿論、筆者は未食だ。
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