リンスール

 拘束魔法を使っている間は他の魔法攻撃は使えない。

 実際に拘束魔法を扱えるわけでは無いので、真偽のほどは分からないけど、鬼灯がユキヒラと話しているのを聞いたことがある。

 しまった、すっかりと忘れていた。

 沢山のドワーフを相手にして圧倒的な強さを見せるリンスールに、気を遣うことが全く出来ていなかった。

 ユキヒラと鬼灯の会話を今頃になって思い出して後悔をする。

 慌ててドワーフの行く先にいるリンスールに視線を向けると、全く想像もしていなかった予想外の光景が広がっていた。

 ヒビキの心配をよそに何だか楽しそうである。

 拘束されたドワーフを、ひょいひょいっと指差して佇むリンスールは表情に笑みを浮かべている。

 リンスールには余裕があるようで複数のドワーフを、からかっているようにも見える。

 笑顔のままゆっくりと腕を伸ばすと、握りしめていた手を広げて見せる。

 迫り来るドワーフの方へ指先を向けると、突然リンスールの指先が白い光に包まれた。


「トルネード」

 何をするのかと思っていれば、呪文を唱えたリンスールが攻撃魔法を発動する。

 その瞬間ドワーフ達の足元に白い魔法陣が現れて巨大な竜巻が発生した。

 ドワーフの数は30前後、一生いっせいに竜巻に飲み込まれ少しずつヒットポイントゲージが削られていく。

 じわじわと体力を削られるドワーフを見つめながらヒビキは安堵する。

 リンスールが木属性と風属性、二つの属性を使いこなせる事は頭の中では理解していたはずなのに、ドワーフの狙いが棒立ちとなっているリンスールに向いた途端、過去に耳にした鬼灯とユキヒラの会話が頭の中に浮かんでしまった。

 ほっと安堵して集中を前方に移す。

 リンスールの木属性拘束魔法によって身動きを封じられているドワーフに向かって、体の重心を下げることにより構えをとる。

 地面を蹴るのと同時に、一目散にドワーフに向かって走り出した。


 木のつるに絡まるドワーフのすぐ前に移動をして、1歩目で右から左へ剣を振り払う。

 目の前で拘束されていたドワーフが一斉に薙ぎ飛ばされる。

 2歩目で剣を上に掲げて体を回転させる。

 割り込み攻撃をしかけてきたドワーフを斬りつける。

 3歩目で左から右へ剣を振り払うと、視界の端っこに後方から嬉しそうに突っ込んでくるドワーフが見えた。

 魔力切れか。

 杖を振り上げて殴りかかってくるドワーフを見て、思わず笑ってしまう。

 魔力が切れてしまってピンチに陥っているはずなのに、向かってくるドワーフ達は嬉しそう。

 後ろから殴りかかって敵を倒している所を想像しているのだろうか。


 4歩目は後方に飛び上がり空中で宙返りをする。

 後方のドワーフしか気づかなかったけど、頭上にも魔法陣を出現させようとしていたドワーフ達が、プカプカと浮いていた。

 空中で剣を振り払い赤い炎でドワーフを包む。

 背後から迫り来るドワーフの真後ろに着地。

 5歩目で足を踏み出し後方から攻めてきたドワーフを薙ぎ払う。

 ここで、やっとトルネードの攻撃を受けていたドワーフが力尽きた。


 初めて出現させた赤い炎の剣は青い炎の刀に比べると2倍ほど重い。

 魔力の消耗は少ないけど体力の消耗が激しい。

 5回剣を振ってドワーフに攻撃をしただけなのに腕や肩が張る。

 真っ赤な炎を纏う剣を使いこなすには、まずは体力をつけないといけないのだろう。

 剣の先を地面に下ろして息を切らしているヒビキを呆然と眺めていたリンスールが口を開く。


「えっと、3階の通行許可証を拾いました。ドワーフが落としたのですが、これは何でしょうか?」

 1階層で見たものと同じ、金色の板を片手に持ったリンスールが歩み寄ってきた。


 3階層の通行許可証。

 リンスールから板を受け取って表面を見ると、やはり1階層で見たものと同じもので、通行許可証の文字が書いてあった。

 大きく文字の書かれた板の裏には、小さな文字で説明が書かれている。

 レベルが150未満であっても3階層へ行くことの出来る通行許可証。

 使用回数は1回のみ。

 1階層で見たものと同じ説明書きがされていた。


「1回だけレベルが150以下でも3階層に行けるらしいです」

 金色の板をリンスールに返そうとしたけど首をふり断られてしまう。

「これから挑戦しますか?」

「今日は帰らないといけないから、この板はリンスールさんが使ってください」

 ギルドカードを取り出して時刻を確認すると午後8時を回っていた。

 一緒にパーティを組み、狩りを開始してから1時間程しか経っていないけれど、今日はもう帰ると伝えてみる。


「では、また明日挑戦しますか?」

 パーティは今日、一日だけと思っていたからリンスールの質問に驚いた。 


「リンスールさんが宜しければ、また明日お願いします」

 小さく頭を下げる。


「はい。ではまた明日、宜しくお願いします」

 深々と頭を下げ返されてしまった。


 もう少し塔に残ってドワーフを倒すと言ったリンスールと別れて、2階層から1階層に移動する。

 1階層の出入り口からドワーフの塔を抜け出すと、外は辺り一面真っ暗だった。

 それでも塔の周りには沢山の冒険者が行き来している。

 今からレベル上げをする者もいれば、ヒビキのようにレベル上げを終えて帰宅する者もいる。

 中にはドワーフの塔よりも強い敵がいる場所へ、移動しようとしている者もいる。

 彼らの横を通りすぎて自宅に向かって歩きだすと、何だか周囲が少しざわつき始めている。

 何かイベントごとでも始まったのかなと思いつつ、これ以上遅くなるとヒナミと母親に心配をかけることになると思い、振り返ることなく先へと進む。

 午後8時を過ぎれば賑わっていた街の中も静まりかえる。

 街路を歩く魔族の姿も、ちらほらと見えるけど子供の姿はない。

 少し肌寒いかなと思いつつギルドカードを確認する。




白峰ヒビキ


age.16


rank.F


level.114

使用可能レベル50.炎の刀

使用可能レベル100.剣舞けんぶ


money.1,279,000G




 リンスールがパーティに誘ってくれたから、予想以上にお金を貯めることが出来た。

 しかし、目標金額には届かない。


 ピンポーン。

 帰宅して家のチャイムをならすと、パタパタと家の中から慌ただしい足音が聞こえてきた。


「おかえりなさい」

 ガチャッと扉を開き出迎えてくれた母親は白いエプロン姿。


「ドワーフの塔の2階層で緊急クエストが発生したようだけど、巻き込まれなかったみたいね。良かった……」

 俺の姿を確認すると母親は、ほっと安堵する。

 母親の背後に隠れていたヒナミが、ひょこっと顔を覗かせる。


「980レベルのトロールが暴れまわってるみたい。負傷者も多数出てるみたいだよ」

 ヒナミが続けた言葉に驚いた。

 話を聞くとヒビキが塔を降りて、すぐに2階層で新たな緊急クエストが発生したらしい。




 実はヒビキが2階層から1階層に移動後、すぐに緊急クエストが発生していた。


「私は後少しレベル上げをしてから塔を出ますね」

「はい。では今日は失礼します。また明日」

「また明日お願いします」

 笑顔のままヒビキを見送っていたリンスールが、狩りをするために振り返った瞬間。

 ブーブーブーブーと2階層に緊急事態を知らせる警報が響きだす。

 緊急クエストが発生しました。

 アナウンスが流れて緊急クエストが発生した事を知らせる。


「ヒビキ君、待ってください!」

 突然の緊急クエストの発生に気付き、慌てて2階層の出入り口に向かってリンスールが叫んだ。

 しかし、既にヒビキは2階層を出た後で、2階層の出入り口は緊急クエストが発生したため閉鎖されてしまう。

 後少し緊急クエストの発生が早ければ、ヒビキという戦力を残したまま戦いに挑むことができた。


 レベル980。

 トロールの頭上に表示されているレベルを見て、2階層にいた冒険者達がゴクッと息を呑み込んだ。

 580レベルのトロールとは違い今回現れたトロールは赤紫色をしている。

 手に持っている木の棒を地面に何度も叩きつけている。

 腕には黒い大きな鉄の塊をつけている。

 大きな図体のわりに動くスピードは早く、気性が荒い。

 ドンッと鈍い音がしてトロールのレベルの横に、ヒットポイントのゲージが表示される。

 ゲージの表示と共に戦いが始まった。

 戦いの始まりと同時に4人の魔術師がトロールを囲み拘束魔法を唱える。

 カンッと杖の底を地面に打ち付けると、トロールの足元に黒色の巨大な魔法陣が現れた。

 トロールの影を縛ろうと試みる。

 しかし、力任せに暴れたトロールがブンブンと木の棒を振り回し魔術師達を薙ぎ払う。

 影をとらえる前に魔術師がやられてしまったため、拘束術は失敗してしまう。



 ぐおおおおお!



 雄叫びと共に高く武器を振り上げたトロールが力任せに腕を振り下ろす。

 武器が振り下ろされた先には薙ぎ払われた魔術師が一人、倒れている。

 狼男が巨大な剣を両手に持ちトロールの前に立ちふさがる。

 下から上に勢いよく剣を振り上げてトロールの攻撃を跳ね返そうと試みた。

 剣と木の棒が衝突する。

 反動でトロールがのけ反り狼男が後方に飛ばされる。

 トロールの体勢を更に崩そうとリンスールが弓を引く。

 1本、2本、3本、4本、5本、6本、7本、8本と次々に矢が放たれていく。

 矢があたる度にトロールの体が徐々に傾いていく。

 25本、26本、27本、28本、29本、30本。

 最後の1本の矢を放った瞬間、風を切るような音を立てて目の前にいたはずのトロールが消えた。


「後ろ!」

 子供が叫ぶ。

 声に反応をして勢い良く背後を振り向いたリンスールが、目の前に迫った木の棒をガードしようとして防御魔法をはる。

 しかし、防御魔法が完成する前に木の棒がリンスールの腹に直撃。

 防御魔法が途中まで発動していたため多少は威力を押さえたけど、それでも木の棒はリンスールのあばらの骨を複数本折る。

 バキッボキッと鈍い音がして、痛みに表情を歪めるリンスールが空中に打ち上げられて勢いのまま落下、床に激しく体を打ち付ける。

 血を吐き出して咳き込むリンスールの元に、女性が駆け寄り治癒魔法をかけ始めた。


「お兄ちゃん! 寝ちゃダメだからな!」

 仰向けに倒れ口から血を垂れ流すリンスールに、子供が真っ青な顔をして声をかける。

 顔から血の気か引き、ぐったりとするリンスールが死んでしまうと思ったのか。 


「寝ちゃダメだって! お兄ちゃん!」

 リンスールの手を握りしめて大声で叫んでいる。

 しかし、少年の声掛けも虚しく、ゆっくりと閉じられた目蓋は声掛けに反応すること無く、握りしめた手もピクリとも反応を示さない。

 リンスールが攻撃を受けてすぐに、トロールの相手を引き継いだ狼男がトロールの攻撃を剣で防いでいく。

 けれども防ぐので精一杯。


「くそっ、あの少年がいてくれれば!」

 本音を口にした狼男がトロールの力に押し負ける。トロールに剣を捕まれると剣ごと投げ飛ばされてしまった。


「わっ!」

 壁に勢い良く打ち付けられた狼男の背中に激痛が走る。

 呻き声をあげて壁に激突した狼男が、そのまま重力にしたがって床に落下する。


「ダメだ。勝ち目がない……」

 一番最初に攻撃を受けた魔術師がポツリと呟いた。


「トロールの動きが速すぎる」

 狼男がポツリと弱音をもらす。


「目で追うので精一杯よ」

 狼男に助けられた女性魔術師が呟いた。


「う……っ」

 回復魔法を受けていたリンスールが息苦しそうに身を捩ると、更に血を吐き出した。


「回復が追い付かないわ!」

 女性が声を張り上げると、近くで放心状態に陥っていた女性が駆け寄りリンスールの回復にかかる。

 リンスールの必殺技がトロールのヒットポイントを半分削ったけれど、それ以外は全く攻撃を与えられずにいた。


「大丈夫か?」

 狼男がリンスールに声をかける。

 けれども、リンスールは大量の血を流してしまったため、ぐったりとしている。

 返事をすることの出来る状態では無かった。

 うっすらと目蓋を開いたものの、すぐに目蓋を閉じて意識を遮断する。

 魔力の全てを体の回復にまわしている。

 リンスールの体が淡い光に包まれたため、リンスールが自分の体の回復にあたっている事を知った狼男がホッと安堵する。


「こいつが回復するまで持ちこたえねーとな」

 ポツリと呟いて、魔術師を追い回してるトロールに視線を向ける。

 そして、小さく呟いた狼男が大きく息を吐き出した。


 金属と金属が、ぶつかり合う音がする。

 続けて何かが殴られたような鈍い音がして重い目蓋をうっすらと開くと、トロールと戦う狼男の姿が見えた。

「あ! まだ、動いちゃダメよ」

 ゆっくりと上半身を起こそうとしたリンスールを女性が慌てて制す。


 トロールのヒットポイントはリンスールが戦ったときのまま、全く減っていない。

 狼男が何とか攻撃を防いでいるけど、攻撃を与えることは出来ていない。

 数分間、自分の体を回復させるために意識を失っていた。その間狼男がトロールの攻撃を止めていてくれたらしい。

 しかし、状況は先ほどと変わらずピンチのまま。

 ヒビキと明日も一緒に狩をする約束をした。

 今の状況を脱出することが出来なければ、その約束を守る事は出来ない。

 強すぎるトロールを倒すことが出来きればいいけど自信がない。

 2階層の出入り口は閉鎖されているため逃げることも助けを呼ぶことも出来ない。

 このまま皆の魔力が尽きれば全滅は間逃れない。

 せっかく興味深い技を使う少年を見つけて面白くなりそうだなと思っていたのに、その矢先に絶体絶命の苦境くきょうに追い込まれるとは、本当についていない。

 ため息を吐き出したリンスールが回復に集中する。

 ダメかもしれないけど出来る事はしようと、まだ諦めることの出来ないリンスールが目蓋を閉じたその時。

 ブーブーブーブーと2階層に緊急事態を知らせる警報が響きだす。

 侵入者、侵入者です。侵入者が現れました。

 突然アナウンスが流れて侵入者が現れた事を知らせる。

 2階層にいた全員がギクッと大きく体を揺らして出入り口に視線を向けた。

 侵入者は敵か味方か……。

 うっすらと目蓋を開き出入り口を見たリンスールが目を見開く。

 掠れたリンスールの視線の先に先ほど別れた少年と、その妹かな。幼い少女と母親らしき魔族の女性が佇んでいた。

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