#腐敗した心 2


 若者の五年と、人生の折り返しに突入した男の五年とでは、流れる時間の感覚に明らかな差が生じる。

 ユリアの場合は、覚めても終わらない悪夢のような五年間を過ごしたに違いない。加えて、今なお彼女は、出口の見えない迷宮の只中に閉じ込められているのだ。


 だけどユリアからは、無限に続く苦しみから逃れたいという意思は伝わってこない。むしろ自分から望んで、苦難と直面しているような気さえした。

 それが、何かの罪滅ぼしになると思っているのなら、大きな間違いだというのに……。


 とはいえ、彼女を襲った悲劇の全容を、医師は知らないし、彼女を保護するレガシィ教団からも聞かされてはいない。

 ユリアとその想い人にまつわる事情は、理由わけあって秘匿され、深く立ち入ってはいけない雰囲気を教団は匂わせていた。


 問題の根っことなる部分をうやむやにしておきながら、ユリアの心の療養を要求するとは、ずいぶんとごう慢な話もあったものだ。医師は内心あきれていた。


 そのため、悲劇の全容を理解するには、ユリア本人の口から直接語らせるほかないのだ。


 正確な情報が出揃ってようやく、医師は彼女の心の療養に着手できるのだから。


「ひとつ不可解なことがある。君はかつて教団を裏切った立場にあるのだろう? なら、なぜ教団は、まだ君を騎士として認めているのかね?」


「さあ……まだ利用価値があるんだろう……私はからな……」


 ユリアは乱暴に吐き捨てた。

 それ以上の追及は、いまは止したほうが良さそうだ。


「仕事のほうは順調かね? レガシィ教団の騎士として、秩序の維持、テロリストの掃討、と毎日が忙しいんじゃないか? どうだね、仕事にやりがいは感じるのかね?」


「私は正義の味方になりたいんじゃない……。彼女の……リリィ様だけの騎士になりたかったんだ……」


 ユリアは自嘲ぎみに鼻を鳴らした。


「けど、私は相応しくない……。彼女を守ると言いながら、私はなにをした? 彼女を殺したんだぞ!? あの方は、最期の瞬間まで笑っていて、私のことをずっと、ずっと……」


 あふれ返った感情がのどに詰まって、声が出てこない。怒りに任せて叫びたくても、結局、心はくすぶったまま燃え尽きてしまい、無力感に襲われるだけだった。


「私は、生まれてくるべきじゃなかったんだ……」


 そしてユリアは、再び殻に閉じ籠って声を発することはなくなった。


 窓の外の雪も上がったようだった。


「今日はここまでにしよう」


 医師が静かに告げた。


「だけど、良い兆しが見られた。実りのある時間だった」

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