第8話 突然の訪問者

共に暮らすようになったハオルドとリリーナはすこし寒くなった空気を、毎朝楽しみにしていた。


「時間が経てば雪は降るだろうが、愛の肥料はどうするべきか…」


リリーナは、腕組みしながら険しい顔で『愛』という言葉を使っているハオルドを見て思わず笑った。


「ん?何がおかしい?」


リリーナが返事をしようとしたその時、ドンドンと家の扉を叩く音が鳴った。

ハオルドはすかさずリリーナを自分の後ろに隠し、扉に向かって尋ねた。


「誰だ?」


「ただの旅人じゃ。リリーナの村からここの話を聞いてやってきた。話がある、開けとくれ」


しわがれた男の声だった。

リリーナの方を見るが、身に覚えはないという首振りでハオルドの眉間に皺が寄った。


「話があるなら聞いてやる。そこから話せ」


「老人相手に心臓がノミのようじゃ。まぁよい。半年ほど前、山をおりた村に盗賊が来たじゃろ。そやつらから青い目をしたリリーナという女子おなごがここで囚われているのではないかとな」


「……。それで?」


「リリーナの村の女の話はもう聞いとるか?お前さん、不老じゃろ?青い目と不老は関係しておる。わしも無駄に年は食っとらん。迷える子羊たちに情報提供じゃ」


「……?!何が目的だ?」


不安そうにハオルドにしがみつくリリーナ。


「薬草じゃ。もし薬草が出来たらわしにも分けてはくれんか?娘は昔から貧弱で、医者にもう長くはないと言われてな」


二人は顔を見合せ、目で合図しあい扉を開けることにした。

老人を招き入れ、話を聞くことにしたがハオルドは余程心配なのかリリーナの手を握ったまま後ろに隠している。


「ほっほっ。まだ青い目をしとるの。ひとつ屋根の下でよう耐えておる、青年よ。いや、よわいはわしくらいか?」


「さっさと情報を話してくれ」


「そんなに焦りさんな。薬草を求め世界中を歩き回ってきた旅人じゃ。今やわしの頭の中は歴史書みたいなものじゃよ」


そういうと老人はゆっくりと瓢箪を取り出し、中のものをごくりと飲んだ。


「簡単にいうと、全ては血筋じゃ。青い目の血筋と、不老の血筋。リリーナの血筋は今も何人か残っているがの。普通の人間と子孫を残していくうち、何年もかけてその不老という特別な力は薄まっていったんじゃ。お主は隔世遺伝というやつじゃろうな。不老になる、何かきっかけでもあったかの?」


ハオルドは相変わらずリリーナの手を握ったまま、老人に答えた。


「……妻を亡くしてからよく眠るようになった。それからだ。」


「よく眠る、よく眠る……。それじゃの。現実から逃げるように、深く深く眠り込んでいくうちに眠っていた不老の力が湧いたのじゃ。不死ではない、いずれお主にも死は訪れるだろうが…何故薬草を求める?若い身体はいいもんじゃろう」


「……。不老になってから、いびきが凄くてな。村の連中からも距離を置かれるほどだ」


「つまり、孤独から逃れたいということじゃの。いびきは名目にすぎん」


「周りに迷惑をかけたくないだけだ。村の連中が眠れず仕事に支障をきたす。俺が山奥に引っ込んでいる今もだ」


「では何故人との関わりを絶たない?ここで自給自足をしとるくらいなら、熊しかおらんような森の中でも生活できるじゃろ」


むっとしたリリーナは、老人に食ってかかるようにして反論した。


「そんな言い方…!ハオルドは村のみんなに食糧や木材を配って、村を襲った私の故郷にまで荷車で食糧をくれたんだ!」


「それじゃよ。迷惑をかけまいと山奥へこもろうが、人に分け与えられる量の食糧を蓄えているほど人と関わろうとしている。いつでも、誰かを助けられるようにな。いびきは、お主の心の悲鳴じゃ」


ハオルドは何も言い返さずに、老人の目を真っ直ぐ見て話を聞いている。


「さて、青い目と不老の関係じゃが…。相性がいい。薬草を育てるのにも、アッチの方にもな。ほっほっ」


一瞬顔を見合わせ、二人の頬が一気に赤く染まる。


「新鮮な愛…と聞いとらんか?あながち間違ってもないのじゃが…。正しくは"新鮮な血筋の愛"じゃ。薬草がここ何年も生えず、伝説の話かのようになっていたのは、不老の血筋がおらんかったからじゃ。青い目と不老が育ててやっと、あの薬草が生える。お主らに、愛はあるかの?…とまぁ、こんなところじゃ。条件に見合うお主らが愛し合って、無事薬草が生えれば、とここまでやってきた。情報はやった。薬草の件、頼めるかの?」


ハオルドがやっと口を開いた。


「じいさん。ひとつ、聞いていいか?」


「なんじゃ?」


「……薬草を摘む"代償"とはなんのことだ?」


薬草が本当に生えるかどうかも問題であったが、ハオルドがずっと気になっていたことだ。

一緒に薬草を育てているリリーナにもしものことがあれば…、そう考えるだけで心配で仕方なかったのだ。


「すまんがそこまでは分からん。なんせ薬草を実際に見たことも、使ったことのある人物も知らぬものでな…。どんな傷にも病にも効くというが、余命幾ばくも無い娘にも効くのかどうかさえ…」


「そうか、分かった。情報は助かった。雪が降り始める頃に会いに行く。それまでは娘さんのそばにいてやれ」


「おぉ!そうか!それは良かった!期待して待っておるぞ。よい夜を、若造たち。ほっほっ」


そう言って老人は満足げに帰っていった。

リリーナが気まずそうに口を開く。


「あんな約束してどうするつもりだ?…その…血筋の愛というやつは…」


「……リリーナ次第だ」


ハオルドは一言呟いて、畑へと出掛けて行った。

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