犯人をつかまえるためのワナ!

 次の日の夕方になった。

 これまでどおりなら、ビラが入れられる時間帯だ。

 というわけで、綾さんのマンションのエントランスがばっちり見える、広い道路を越した向かい側の建物の植えこみの後ろで、わたしとフーちゃんは待機中だ。しゃがんでいたフーちゃんが、くっついて同じようにしゃがんでいるわたしを、軽くつっつく。


「本当に犯人がくるの?」


 疑わしげな声に、わたしはうなずいた。


「きっとくる。昨日はたぶん、わたしたちが綾さんに見送られてマンションから出てくるところをつけられたのよ。もっとハッキリ言えば、犯人はフーちゃんにくっついて移動したから、マンションにビラは入れられなかった」

「それ、どういう意味かわかんなぁい」

「大丈夫。わたしと魅夜子との綿密な打ち合わせどおり、これから綾さんが、マンションの前に出てくるはずだから」


 そして待つこと数分。

 すると、わたしの言ったとおりに綾さんが姿を現した。

 昨日のウエストがしまったワンピースも似合っていたが、今日はゆったりとしたカシュクール・ワンピースを着こなしている。打ち合わせる襟の形状は、胸を隠すと言いつつも胸もとを強調する、色気のある華やかなワンピースだ。

 綾さんはマンション前の通りまで出てくると、人待ち顔できょろきょろと見まわした。


「ほら。綾さんが出てきた! 魅夜子がメールで綾さんに指示したとおり、そわそわと人を待っている演技をしてくれているよ」

「え? それってどういうことよぉ」


 不思議そうな表情でフーちゃんがきいてくる。

 さらにわたしは、意味ありげに続けた。


「もっと言えば、綾さんは朝から、今日は大事な人との待ち合わせがあるから、探偵の見張りは断ろうって思わせぶりに言いながら、演技をしてくれているはずよ」

「なによ。それにどんな意味があるのよぉ」


 上目づかいにフーちゃんは、わたしに向かって唇を尖らせた。

 フーちゃんには、作戦内容を伝えていない。

 あえて教えていないのは、フーちゃんの反応で、同じような反応を示すであろう犯人の様子を確認するためだ。



 それから、さらに数分後。どうやら、綾さんが待ちかねていた相手が現れたようだ。

 綾さんの視線の先には、ひとりの女性。

 サングラスをしている顔はわからないが、背が高く細身の身体に、セクシーな白いフレンチフリーブ、艶やかな黒のチュールスカート。高いヒールのパンプスが、長い脚のラインを、より美しくみせていた。


 まるでモデルのようにきらびやかな女性は、通りの向こう側からカツンカツンとヒールの音を響かせて、優雅に綾さんのほうへ近づいていく。背の真ん中まである長いブラウンの髪は、ふんわりと軽くカールされて、彼女の肩の上でリズミカルに跳ねていた。


「ねえ、知らない女が綾さんに近づいてる。まさか犯人? 危ないんじゃないのぉ?」


 心配そうにフーちゃんがささやく。

 だが、綾さんのそばに立った女性は、親しげな笑みを口もとへ浮かべた。綾さんのほうも、パッと笑顔になって女性に駆け寄ると、おそるおそる片手を女性の胸もとに添えるように触れる。そして、両腕を広げて一気に抱きついた。

 その様子は、まるで特別な関係を持つ恋人同士のようだ。


「ちょっと、あの女、誰よ? 昨日は、あんな女の話なんかしなかったよね?」


 綾さんの耳朶じだに唇を寄せて、なにやら意味ありげに美女はささやく。綾さんも、照れたような笑みを浮かべてうなずいた。


 ――打ち合わせどおりだ。あれも、魅夜子が綾さんへ指示をだしたはず。だから、演技だろう。なのに、なんだか密会の現場を見ているようで、清純女子中学生には目の毒だ。


「女同士なのに、なんだかすっごくイヤらしい! けしからん!」


 せっかくのお姉さま候補を取られた気分になったのか、フーちゃんが鼻息荒く憤慨している。そんなフーちゃんの様子に、わたしは心の中で満足げにうなずいた。

 綾さんたちのいちゃつく演技を堪能し、そろそろいいだろうと思ったとき、タイミングよく綾さんが声をあげた。


「あ、ごめんなさい。ちょっと待っていてくださる?」


 そう言って、綾さんは慌てたようにマンションの中へ、小走りに駆けていく。

 その後ろ姿を見送り、無防備にたたずむサングラス美女。

 そして――その背後から足音を殺して忍び寄る、ひとつの影。その手には、棒状のものが握られていた。

 その影が、美女の後ろで大きく振りかぶって……。


「危ない!」


 思わずわたしとフーちゃんは叫びながら、植えこみの隙間から飛びだした。



 わたしたちふたりの叫び声と同時に、サングラス美女は振り返った。

 素早い動きで、襲ってきた影の棒をかわす。そのまま一回転しながら身を沈め、伸ばした長い脚で鮮やかに相手の足もとをすくい払った。彼女の動きに合わせて、チュールスカートがふわりと花開く。


 相手はバランスを崩して倒れ、両膝と手をアスファルトについた。だが、棒を片手に持ったままだ。すぐに勢いをつけて立ちあがり、横殴りに振り回しながら、ふたたび美女を襲う。

 それを見越したように、美女はもう一度回転し、振り向きざまに棒をハイヒールの底で蹴り飛ばした。そのまま踏みこんで、相手の鳩尾みぞおちに拳をうずめる。

 体をくの字に曲げた相手を、上からうつぶせに押しつぶすと、美女は片手で肩を押さえつけるように地面へ固定した。


 そのころになって、ようやくフーちゃんとわたしは美女のそばに到着する。


「大丈夫?」

「ケガはない?」


 わたしたちの声に、美女は顔をあげる。そして、犯人の背中の中央に、片膝を乗せて体重をかけると、サングラスを取った。


「もう大丈夫。取り押さえたよ」


 照れくさそうに、ふわりと顔をほころばせるのは、イケメン王子さまだ。


「ええ? 女の人って王子だったんですかぁ!」


 ここでやっと正体がわかったフーちゃんが、驚きの声をあげる。


「なんで? え~どうして? え~?」


 フーちゃんが混乱しているあいだに、マンションから綾さんが、おそるおそる戻ってきた。


「あの……。うまくいきましたか……?」


 そう言いながら、少し離れたところから腰をかがめて犯人の顔をのぞきこんだ綾さんは、口もとを手で押さえて驚きの声をあげた。


「え? 由樹奈ゆきななの? どうしてあなたが……?」


 そう。

 嫌がらせのビラを毎日入れていたのは、一緒に旅行へ行ったりおそろいのストラップをつけたりしていた、綾さんの親友――由樹奈だったのだ。

 ショックで言葉を失った綾さんから、押さえこまれたままの由樹奈は顔を背けた。

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