05 廃神社探検

 あくる日。


 朝からよく晴れて気温も上がる中、なぎたち四人は藪を掻き分け山へと入った。

 目指す神社は山の中腹、この山道を三十分ほど登った先にあったはずだ。



「うひー、大丈夫これ? かぶれる植物とかないよね? 毒のある虫とかいないよねー?」


 早々に未久みくが音を上げる。


 だが――それも無理からぬことと言えた。

 神社へと続く道は整備された登山道ではなく、せいぜい獣道に毛が生えた程度。

 過去の記憶を頼りになんとか進んではいるものの、倒木や急斜面が次々と行く手を阻む。


「うわあ! 服に泥ついてるー!!」


「――未久みく、あまり大きな声は出さないでね」


「はーい……」


 さとる未久みくをやんわりとたしなめる。

 こんな山の中に人がいるとも思えないが、ここで誰かと出くわすというのも何かと面倒だ。なるべく目立たず、静かに行動するに越したことはないだろう。



「それにしてもこの道……もっとどうにかならなかったのかな。少なくとも神社である以上は参拝に訪れる人だっていただろうに」


「俺たちが知らないだけで、もっとちゃんとしたルートがあるのかもな」


 なぎさとるが先頭に立って進んでいるが、正直男子でも過酷と感じる険しい道のりだ。大騒ぎをするだけの元気がある未久みくはいいとして、それと対照的に黙々と歩く紗名さなのことが気にかかる。


紗名さな、大丈夫か」


「……うん、大丈夫」


 紗名さなは表情を変えずぽつりと答えた。


 しかし――それが言葉通りの意味でないことをなぎは知っている。

 昔から、紗名さなは変なところで頑張りすぎる癖があるのだ。


「少し、休憩するか?」


「する! 休憩!! する!!!!」


 猛烈な勢いで返答したのは――未久みく


 なぎさとるは顔を見合わせて苦笑すると、周囲を見渡して休めそうな場所を探した。


「――お」


 先に声をあげたのはなぎだった。


「あそこ、どうだ?」


 ここから二十メートルほど先、山道の脇に開けたスペースがあるのが見える。

 なぎたちはそこで一息入れることにした。



「――ほら紗名さな。そこ、座れるだろ」


「ん、ありがと」


 ちょうど木陰となった部分に地面から生えるように突き出ている石。その上に腰を下ろすと、紗名さなは荷物からペットボトルの水を取り出した。

 半分ほどを一気に飲み干したところで、なぎと目が合う。


「飲み物、持ってきてないの?」


「あ、いや……うん」


「……飲む?」


 紗名さなは手に持ったボトルを軽く傾けて見せた。


「ひぃえっ!?」


 思わず、声が裏返る。

 それは……すなわち間接キスなのではないか。お決まりの展開ではあるが、間接キッスなのではないか。


 なぎの気持ちが一瞬で舞い上がる。

 今日ここへ来てよかった。水を持っていなくてよかった。ここで休憩を取ることに決めてよかっ――


「――ほら。開けてないの、もう一本あるから」


「……ですよねー」



 なぎは何とも言えない表情でペットボトルを受け取り、キャップをひねる。


 凍った状態で持ってきたのだろう。中には氷が溶け残り、飲んだそばから体の熱がすっと引いていくのがわかる。

 木々の隙間を抜ける風が、汗ばんだ肌に心地いい。


「ねえさとるくん、あとどれぐらいー?」


「もう近いよ。だいぶ歩いたからね」


 さとるの言う通り、目的の神社はすぐそこだ。周囲の風景が、なぎたちの色あせていた記憶を呼び起こす。


「しっかし当時の俺たち、子供の足でよくこんなとこまで来てたよなあ」


 誰に向けるでもないなぎの呟きに、反応したのは紗名さなだった。


「子供だからこそ、じゃないかな。あの頃はこの山全体が遊び場みたいなものだったし」


「――それは紗名さなだけだろ。お前、木の上とか飛び回って猿みたいだったもんな」


「…………」


 さとるが天を仰ぎ、未久みくが露骨にあちゃーという顔をする。


 無言で立ち上がった紗名さなは、なぎの脛をためらいなく蹴りつけた。


「いって!」


 二発、三発……止まらない蹴り。誰も止めようとはしない。


「いって! いってっ!!」


 たまらずその場を離れるなぎを、紗名さなが追いかける。


「あ! 紗名さなちゃーん、にもつにもつー!!」


 未久みくも走り出し、さとるがその後を追う。

 こうして休憩はなし崩しに終了し、一行は再び神社を目指して歩き出した。



「……そろそろ、だよね?」


「ああ」


 数分も歩かないうちに、周囲に見覚えのある風景が広がり始めた。なぎたちの記憶が正しければ、間もなく神社が見えてくるはずだ。


「ここを曲がれば――」


 道が大きくカーブしている場所を抜けると、その先に廃神社が姿を現した。


 二本の大杉に左右を挟まれて、ひっそりと建つ神社。

 建物自体は以前とさほど変わらない様子が見て取れるが、周囲の緑は当時よりも濃く感じられる。


「やっとだーー!!」


 未久みくが大きく安堵の声をあげた。


 事実、目的地が視認できたことで一気に元気が湧いてくる。

 なぎたちは前方に見える神社に向けて、足取りを速めた。

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