令和の「のぞき屋」アップルはチート技術を駆使して犯罪者にざまぁする
甘い秋空
第一話 横浜山下公園(お仕事中)
(――こちらホテルフロント、ターゲットB、入りました)
警察庁公安情報部の秘匿通信だ。
(――部屋番号は315です、先客あります)
通信傍受のプロ集団である情報部なのに、自分たちの通信は旧世代の暗号を使っている。こんなオモチャみたいな暗号なんて、AI解読でイチコロだ。
「どこも予算が削られて大変なようね」
(――315号室は、歴史的な価値が高い部屋だ! 荒事は禁止する、キズ一つでも付けたら減棒だぞ!)
この声は、マッスル女部長だ……公安情報部の凄腕だ。私も女性だが、美人だとのウワサの彼女のご尊顔を一度は拝みたいと思っていた。
私は、操作していたスマホから視線を上げ、木陰の隙間から青空を見上げる。
ここは山下公園だ。ベンチシートの周囲には芝生や低木が広がって心地よい。さらに港の景色が広がり、遠くには横浜ベイブリッジが少しかすんで見える。
近くには「赤い靴 はいていた女の子」の像が立っているが、私は、ビル街のほうを向いてスマホを操作する……ゆっくりと感傷に浸る時間などない。
私一人では忙し過ぎて、この仕事に限界を感じている。
見た目は、薄い灰色の上下のスーツ、渋いアルミ合金風のスーツケースと、どこから見ても出張中のキャリアウーマンだ。
しかし、その正体は、のぞきを専門にした配信者である。さらに、スポンサーの依頼によって、企業などの不正現場を撮影することで、高給を得ている。
「近くの正統派ホテルの本館3階……あの有名なスイートルームですね」
スマホに視線を戻し、事前に正統派ホテルの屋根へ配置しておいたカラスに指令を送る。カラスに擬態したドローンだ。
自律型監視カメラ「イモリ」を2台を降ろし、315号室へ向かわせる。小さなトカゲ型の高価でチートなマシンであり、私のスポンサーの権力を使って、国の研究機関から拝借したものだ。
窓から室内をのぞき込む。港の風景を楽しむため、カーテンを開けていたので、画角を広くとれる。
「不用心ね」
周りは公安情報部に囲まれているのに、ターゲットたちは全く気が付いていない。
まぁ、公安情報部も、のぞいている私に、全く気が付いていないのだが。
「録画開始」スマホを操作する。
(――ターゲットB、315へ入りました)
のぞき見の配信は、再生数が多く、しかも、暴露系となると人気が高い。
ライブ配信だと私の足が付くので、録画を編集して配信している。
(――先に部屋で待っているのは、外国のバイヤーCです)
公安情報部の内偵のとおりだ。
私は、イモリが拾う音声に集中する。
(このたびは、我が国の牛肉を購入して頂き、ありがとうございました)
黒い背広のオヤジ、バイヤーCが出迎えた。
(食通といっても、国産牛と輸入肉との違いなんて分かりませんから)
濃い灰色の背広のジジイが画角へ入ってきた、ターゲットBだ。
二人の笑いが、気持ち悪い。
(国産牛への国からの補助金は、出ない方向で決まるようですな)
(えぇ、この国の政治家は、補助金と同額の裏金を渡さないと動かない。だから、国産牛を育てる畜産農家は育たない、その結果、国産牛の価格が跳ね上がるんだ)
(まぁまぁ、我が国の牛肉を使えば、貴方のレストランチェーンは安泰ですから)
ターゲットBが契約書にサインした。
これは、産地偽装の取引現場だ。
(ん? だれか来たようだな)
バイヤーCが画角の外へ出た。
(誰だ、お前ら)
(公安情報部だ、産地偽装の現行犯で逮捕する!)
この元気のある女性の声は、公安情報部のマッスル女部長だ。
バイヤーCを威嚇しながら女性が画角の中に入ってきた。
ウワサどおりの美人だ。上下が黒のスーツを着ていてもスタイル抜群なのが分かる。どこかのビキニ大会に出れるほど筋肉を鍛えているらしい。
「彼女が出てきたら、録画は終了ね」
このあと、二人は逮捕されて終了だろう。
(まて、私は外交官だぞ、特権で、逮捕は禁止されていることは知っているだろう)
なに? バイヤーCは、内ポケットから外交官の身分証明書を取り出し、見せている。
「これはマズいな」
一般人は見てはいけない場面だ、急いで撤収を開始する。
録画を停止し、ヤモリを回収して、カラスを近くのビルの屋上へ隠す。
スマホの動画データを、ターゲットBのレストランのホームページへ隠す。
セキュリティーは壊されていた。荒っぽい手口からすると、たぶん、バイヤーCの仕業だ。
「管理者権限のパスワードが電話番号なんて、入ってくれと言っているようなものよね」
正統派ホテルのネット回線を使って動画を移しているので、少し時間をロスした。
海外の私の配信チャンネルから、Bのレストランのホームページへ隠した動画ファイルへリンクを張る。
「早速、ハイエナの皆さんが嗅ぎつけて来たわね」
配信動画の再生回数のカウンターが回っている。
スマホを閉じて、立ち上がり、スーツケースを持ち上げる。キャスター付きのスーツケースは音が出るので使っていない。
公園の出口で、信号待ち……
道の向こう側に、美人が立っている。黒いスーツ、鋭い視線、マッスル女部長だ。マズい、気づかれた?
歩行者用信号が青に変わった。私は横断歩道を渡り始めた。
マッスル女部長も歩を進めて来る。
「部長、大変です!」
道の向こう側で大声が上がった、公安情報部員だ。
女部長は、きびすを返し、彼の方へ戻っていった。
「現場が配信されています」
「大きな声を出すな!」
はたから見ると、ダメ男が美人上司に怒られるドラマみたいだ。
もっと見ていたいが、私は背を向け、近くのJR関内駅を目指す。
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