第8話 虫食いの記憶
装備を取り戻し、ひとまずは凍え死にの危機を脱したサーティーンとセブンは、改めてメニュー画面を開いて自分達のステータスとスキルを確認していた。
「ステータスはゲームの時と全く同じか。けど、スキルが一部使えなくなってるな。セブン。そっちはどうだ?」
「同じく。ステータスはそのままだけど、スキルがいくつか使えなくなってるよ」
その結果、なぜか一部のスキルが使用不可になっていることを除けば、ステータスもスキルもゲームから引き継がれているようだった。
「二人とも使えなくなってるのは『サテライト系』か。ってことは、この世界は『Neo Eden』の開拓惑星とは別の世界ってことなのか?」
サーティーンは、スキル項目を確認しながら首を傾げる。
プレイヤーが視界に表示できる項目は『メニュー欄』に始まり、『HPゲージ』『スタミナゲージ』『エネミー情報』など多岐にわたるが、それらが全て体内のナノマシンの機能のみで賄われているわけではない。
開拓惑星の軌道上に存在する偵察衛星からの俯瞰映像を元にした『マップ』もその一つである。
ゲームでは、開拓惑星の上空には多種多様な人工衛星が浮遊しており、プレイヤーは体内のナノマシンを介してこれらの人工衛星から様々な情報を受信している、という設定があった。
衛星と通信接続すれば表示できるマップの範囲が広がり、マップ内に出現するエネミーの情報などを参照できるようになる。いわゆる、マップ情報の解放である。
スキルの中には、人工衛星と接続することで使用可能となる物があり、サーティンとセブンが使えなくなっているのもこれら『サテライト系』と呼ばれるスキル群だった。
そのためサーティーンは、ここは人工衛星の存在しない開拓惑星とは全く別の世界なのではと訝しむ。
「あ、でも『マップ』は使えるみたいだから、偵察衛星は生きてるっぽいよ?」
セブンが視界の片隅に表示させたマップに視線を向けながらそう言った。
マップは偵察衛星からの俯瞰映像を解析して作成されているので、それが使えるということは必然、偵察衛星は存在しているということになる。
「ってことは、衛星との接続が初期化されてるのか?」
サーティーンはメニュー欄からマップを選択し、ズームアウトして広域表示させる。
結果、マップに表示されたのは自分を中心とした半径五十キロ圏内までであり、そこから先は空白表示になっていた。
ゲーム開始時と全く同じマップの表示範囲を見て、やはり衛星との接続が切れているとサーティーンは確信する。
「やっぱな。衛星との接続が切れてるわこりゃ」
「えー。あんなに苦労してサテライト全部コンプリートしたのに、また最初から繋ぎ直しってことぉ? っていうか、これっぽっちの表示範囲じゃ、ここがどこなのかだって分かんないよ」
いかにβテスト時代からプレイしている古参の二人とて、猫の額程度の初期マップでは現在地どころか、ここが『Neo Eden』と全く同じ世界なのかどうかすら判断のしようがない。
なにせゲーム時代の『Neo Eden』のワールドマップは、最新アップデートの時点で総面積一千万平方キロメートルという途方もない広さだったのだ。
しかも、ゲームの舞台となったのは開拓惑星に複数存在する大陸の一つに過ぎず、設定上はワールドマップ以外にも陸地は広がっているのである。
「もしここがゲームと同じ開拓惑星だったとしてもさぁ、ワールドマップとは別の大陸でしたとかだったりしたら、もうお手上げじゃん」
そう言ってセブンは、それこそ肩をすくめて「お手上げのポーズ」をとってみせる。
文字通り右も左も分からぬ地を、なんの当てもなく彷徨うのは無謀と言わざるを得ない。そんなことをすれば遭難待ったなしである。
「それな。せめてマップの表示範囲内に街かなんかあれば……ンン?」
ダメ元でマップを最大広域表示させたサーティーンが、胡乱げな声を上げた。
「どうかした?」
「これ見ろよ。現在地からずーっと北に行った所」
サーティーンが示したマップの地点――現在地から数千キロ北上したマップの空白地帯に、赤い光点が一つだけポツンと表示されている。
「これって、メインクエストの表示じゃん」
「らしい」
セブンの言う通り、それはゲームにおいてはメインクエストを示すマークである。
βテスト時代からの最古参プレイヤーであり、ゲームのめぼしいクエストは全てクリア済みの二人にとっては、久方ぶりに目にするメインクエストの表示だった。
ゲームから引き継がれた装備とステータス。引き継がれなかった人工衛星との接続。マップにたった一つだけ表示されたメインクエスト。
単純にゲームの世界に転移したというだけでは説明のつかないチグハグな自分達の状況に、サーティーンとセブンは困惑するばかりだった。
「フィクションとかで、この手の話のあるあるなシチュエーションっつったら、メインクエスト追加とか新マップ実装のアプデが入って、気が付けばゲームの世界でした、とかなんだが……」
「そんな大型アップデートなんてあったっけ?」
「少なくとも俺は知らね。……そういやセブン。お前、元の世界の最期の記憶はいつの時だ?」
「え? う~んと……」
サーティーンの問いに、セブンは腕を組んでうんうんと唸りながら自分の記憶を探る。
「え〜っと……。あ、そうだ。サーティーンのスナイパーライフル完成のお祝いと、ヘルズバイパー討伐の打ち上げで『スターダスト』で打ち上げしたとこまでは覚えてる。で、気づいたらめっちゃ寒いし、起きたら周りは廃墟だし、お約束でほっぺつねったら痛いしでパニクってたら、サーティーンのコールドスリープポッドを見つけて今に至るって感じ」
「大体同じだな。俺もその辺までは覚えてる。で、夜通し騒いで、その後ログアウトして......? いや待て。俺、ログアウトした……のか?」
そこまで言ってサーティーンは、まるで記憶に靄が掛かったように安宿で飲んでいた途中までのことしか思い出せないのを自覚する。
(いや、っていうか。そもそも俺って、リアルではどんな生活してたっけか?)
それどころか、元のリアルの記憶すらあやふやになっているように感じる。
ゲームプレイをしていた時の事も、大体は思い出せる。
意味記憶と呼ばれる元のリアルの知識や一般常識も、問題はなさそうだった。
だが、自分自身のアイデンティティを構築する思い出、いわゆるエピソード記憶が虫食いのように所々欠けているのだ。
自分が大学を卒業して就職した社会人であるという記憶はあるが、どこの大学を卒業し、なんの会社に就職したのかが思い出せない。
実家を離れてアパート暮らしだったのは覚えているが、アパートの名前と住所が分からない。
親兄弟もいた記憶はあるが、その容姿や人柄はまるで覚えていない。
「サーティーン?」
怪訝そうにこちらを見つめるセブンに、サーティーンは唖然とした顔で口を開いた。
「……悲報。どうやら俺は、半端に記憶喪失属性を持っちまったらしい」
「は? なに言ってんの?」
「リアルの記憶が所々思い出せねぇんだよ」
「え~。ちょっとしっかりしてよおじいちゃん。ご飯はもう食べたでしょ」
「マジな話だ。この世界に飛ばされた影響かもしれないな。セブンはどうだ? ゲームじゃなくてリアルのこと、全部思い出せるか?」
「当然でしょ。これでもリアルじゃ現役の女子大生だよ。記憶力には……自信、が……? あ、あれ?」
威勢の良かったセブンが尻すぼみに口を閉ざして、冷や汗をダラダラと流しながら顔を上げる。
「あー……。ヤバい。アタシも、記憶飛んでるっぽい」
自分が誰なのかを自己認識できる必要最低限の記憶だけが残され、それでいてゲームをプレイしていた時の記憶は鮮明に思い出せるというチグハグな自分達の記憶に、サーティーンとセブンは揃って頭を抱えるのだった。
「え、え〜っと。とりあえず、どれくらい記憶が消えてるかの確認も兼ねて、お互いに自己紹介でもしとかない? もしかしたら、アタシ達がこの世界に飛ばされた時のことも思い出せるかもしれないし」
重くなりかけた空気を払拭するかのように、セブンが努めて明るい口調でそう切り出してきた。
「お、おう。そうだな。そういや、そこそこ長い付き合いだけど、お互いのリアルのことは全然知らねぇよな俺ら」
「だね。じゃあアタシからね。アタシのリアルネームは望月七海(もちづきななみ)。たぶん女子大生。大学名は思い出せない。国立だったのは間違いなかったと思うけど。年齢は二十一歳、だったはず。家族は……ダメ。これも思い出せない。住んでた場所も、日本だって事しか……」
「あー良いって良いって。大丈夫だ。俺も似たような感じだから」
話すごとにどんどん眉尻を下げていくセブンの肩を叩き、サーティーンは励ましの言葉を送る。
「じゃあ俺の番だな。俺は狭間十三。漢数字で「十三」て書いて「ジュウゾウ」な。住所不明の会社員だ。なんの仕事してたかはサッパリだが、無職ではなかった。良いか? 無職ではなかったからな? 大事な事だから二回言ったぞ。年は二十五歳だったはずだ。俺も家族構成は不明だな」
「へー。サーティーンって年上で社会人だったんだ。あっ。もしかして本名が十三だからサーティーンなの? なんか安直だね」
図星だったのか、サーティーンが顔をゆがめる。
「うぐっ。お、お前のセブンだって、どうせ自分の名前からきてんだろうが。人のこと言えねぇだろ」
きれいなカウンターがクリティカルヒットし、セブンも顔をゆがめる。いわゆる、おまいう案件である。
「うぎっ。あーやめやめ。こんな話してる場合じゃないでしょ。状況を考えてよね」
「お前が言い出しっぺやろがい。まあいい。とにかく、二人揃って同じような記憶の抜け方してるな。リアルの自分が誰なのかは覚えてるが、逆に言えばそれしか覚えてないって感じか」
「っぽいね。結局、アタシ達がどうやってこの世界に来たのかは分からないままって事だよね。サー……ええっと、ジュウゾウ……さん」
たどたどしく自分の本名をさん付けで呼んでくるセブンに、サーティーンは背筋をむず痒くさせながら手を振った。
「サーティーンで良いって。さん付けもいらん。正直、この状況でお前に十三さんって呼ばれるの違和感がハンパないわ」
「あそう? じゃあアタシもこれまで通りセブンでお願いね」
「了解だ。改めてよろしくな。セブン」
「うん。こちらこそよろしくね。サーティーン」
サーティーンとセブンは、互いに笑みを浮かべながら握手を交わす。
とその時、廃墟に複数のエンジン音が木霊した。
エンジン音は周囲の建物に反響し、方向を特定することができないが、確実にこちらへと迫ってきている。
「どっからだ?」
「……見つけた。六時の方向、距離五キロ。真っ直ぐこっちに向かってきてるよ」
マップの南方から、バイクやバギーなど二十前後の多種多様な車両がこちらへと真っ直ぐに向かって来るのが映り込む。
このままだと、数分と経たないうちに二人の元へとやってくるだろう。
「数多いね。どうする? 隠れてやり過ごす?」
「いや。今からじゃ間に合うか微妙だし、この世界の人間と接触できるチャンスだ。基本は平和的に、話せば分かるの方向で。あとは相手の出方次第だな」
「もし向こうが、ヒャッハーな連中だったりしたら?」
「そん時は、最悪ドンパチだな。そうなったらやれそうか?」
「やるっきゃないでしょ。そうなったらいつも通り、きっちり援護してよね《死神》さん」
「任せとけって《前線中毒》」
サーティーンとセブンが不敵な笑みを浮かべて互いの拳をぶつけ合ったタイミングで、複数の車両が目視できる距離まで迫ってきた。
車両の群れは、サーティーンとセブンから十メートルほど離れた位置で停車し、いくつものヘッドライトが二人を照らし出していった。
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