第7話 ナノマシンと装備

 いくつもの廃ビルが見下ろす中、サーティーンとセブンは真剣な表情で相対していた。


「そんじゃセブン、心の準備はいいな?」

「ばっちこいだよ。いつでもどうぞ」

「じゃ、せーので行くぞ。せーの」

「「メニューオープン」」


 サーティーンとセブンは、ゲームの時と同様にメニュー画面の呼び出しを行った。果たして二人の視界には、ヘッドアップディスプレイのようにメニュー画面が表示される。


 サーティーンは、やはりと思いつつ少しだけ落胆した顔で頭を掻いた。


「あーくそ。やっぱ表示されちまうか」

「メニュー画面が表示されるってことは、やっぱりナノマシンも現実のものになってるってことだよね?」

「間違いなくそうだろうな。クソッタレ。これで、少なくともここが俺達の世界じゃないってことだけはハッキリしちまったな」


 『Neo Eden』のプレイヤーの体内には軍用ナノマシンが投与されている、という設定がある。

 ナノマシンの機能によってプレイヤーは自分の視界に、メニュー画面やHPゲージなどの様々な情報を表示することができるのである。

 また、戦闘や各種ミッションで獲得した経験値EXPを振り分けてナノマシンをアップグレードすることで、身体能力の向上や各種技能を習得できる、という仕様になっていた。

 ちなみにこの軍用ナノマシンの有無が、プレイヤーと一部の例外を除いたNPCとで基礎能力に差があるという理由付けにもなっている。


 サーティーンとセブンの視界に表示されたメニュー画面は、二人の体内にゲームと同様に軍用ナノマシンが存在していることを物語っていた。

 と同時にそれは、この場所がナノマシン技術が実用化されていない元のリアルとは、全く別の世界であることの何よりの証拠でもあった。


 実はここは元のリアルで、自分達のこの体も整形か何かによるものではないか、という淡い期待が完全に打ち砕かれてしまった。


「はぁ〜。まぁ、そんなことだろうとは薄々思ってたけど、やっぱログアウトもないか」


 メニュー項目をざっとスライドさせながら、サーティーンはため息をついた。


「ここがゲームでもなく、元のリアルの世界とも全く別の世界だってんなら、この先は色々と覚悟を決めて行動しないといけなそうだな」

「だね。とりあえずは、この格好をどうにかしないと」


 セブンは、露出した自分の二の腕を肌寒そうに何度もさすりながらそう言った。


 いかにトッププレイヤーと言えど、装備がなければ戦力は半減以下である。

 凶暴な原生生物や、暴走した無人兵器が跳梁跋扈する『Neo Eden』において、ステゴロ最強などという幻想が入り込む余地はない。


 何より、世界が現実のものとなった今では、日が沈み始めて徐々に下がってきた気温など、自然環境も二人に牙を剥きつつある。

 インナー姿のままでは、下手をすれば今日の夜を凌ぐことすら難しいだろう。


「そうだな。とりあえず、どっかその辺の建物を漁って服を探して……」


 そこでサーティーンはふと、自分が寝かされていた丸みを帯びた金属製の箱のような装置に目をやる。


「おいセブン。お前も気がついた時は、コイツみたいな箱の中だったんだよな?」

「だよ。アタシが入ってたのはソレ」


 セブンが指さす先に、サーティーンが入れられていたのと全く同じ物が転がっている。


「なぁ。この箱ってもしかして、コールドスリープポッドじゃねえかな?」

「コールドスリープポッド? それってゲームのオープニングで出てきたアレ?」


 『Neo Eden』の世界観は恒星間航行も可能となったSF世界だが、その手段はワープ航行やハイパードライブの類ではなく、縮退炉ブラックホールエンジンによる亜光速航行とコールドスリープの合わせ技だ。


 ゲームのオープニングムービーでは、年単位の時間をかけて地球から開拓惑星まで航行してきた宇宙船から、地表降下装置を兼ねたコールドスリープポッドが射出され、空気摩擦によって赤熱化しながら大気圏へと突入していくダイナミックな映像が流されていた。


 そうして、無事に地上へと到達したコールドスリープポッドから目覚めるところから『Neo Eden』はゲームスタートするのである。


「そう言われれば、なんか見覚えあると思ってたんだよね、この箱。わぁ、懐かしい」


 感慨深げに自分のポッドを眺めたりコンコンと叩いてみたりするセブンに、サーティーンは嘆息する。


「この状況で呑気な奴だなオイ。俺が言いたいのは、もしこれが『Neo Eden』のと同じコールドスリープポッドなら、装備品が入ってんじゃないかってことだよ」

「……あっ。そうか、確かに」


 ゲーム開始時、プレイヤーは今の二人と同様にインナー姿で目を覚ます。

 その後はチュートリアルにしたがってポッドを調べると、初期装備を入手することができた。


 二人が寝かされていた装置がゲームと同じコールドスリープポッドならば、同様に装備品が収納されている可能性は高い。


 サーティーンとセブンはかつての記憶を頼りにポッドを調べ、自分たちが寝かされていたベッドの脇にあるレバーを探り当てる。


 レバーを引くとポッドの一部が展開し、中から大型のアタッシュケースが出てきた。

 未開の惑星を切り開く探索者プレイヤーのために用意された装備一式である。

 ゲームの時は最低ランクの戦闘服とハンドガン、そして回復剤など最低限の消費アイテムが収められていた。


「流石に入ってるのは初期装備だよね?」

「さぁな。まあ、開けてみれば分かるだろ」


 不安半分期待半分で二人がアタッシュケースを開くと、中から出てきたのは、特殊合金製のボディアーマーと、防弾・防刃繊維で織られた戦闘服。

 ブルパップ式アサルトライフルに、対人・対物の二つの性能を併せ持つマルチブルスナイパーライフル。サブウェポンのハンドガンにナイフ。そして、最高品質の消費アイテムの数々だった。


「これって、アタシ達の装備だよね?」

「らしい」


 アタッシュケースから取り出したアサルトライフルのコッキングレバーを引いてチャンバーチェックしているセブンに、サーティーンは同じ様にスナイパーライフルのスコープを覗き込みながら答える。


 グリップの滑り止めチェッカリングから、スコープにデジタル表示された照準線レティクルのデザインまで、微に入り細を穿って製作されたこの世に二つとない完全オーダーメイドの逸品。

 それらは間違いなく、サーティーンとセブンが『Neo Eden』で長い時間をかけて厳選して取り揃えた一級品の装備だった。


 本来ならコールドスリープポッドに収められているはずのない高ランクの装備に疑念を抱きながらも、いよいよ夜風の冷たさが厳しくなってきた二人はそれらを身に付けていく。

 戦闘服を着込んで、その上にボディアーマーを装着。マガジンポーチや雑納フィールドバッグを各所に吊るし、最後にミリタリーポンチョとミリタリーケープをそれぞれ羽織る。


 かくして『Neo Eden』でも屈指のトッププレイヤーとして名を馳せた《死神》サーティーンと《前線中毒》セブンは、完全復活を果たすのであった。

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