第2話 聞かないで
仲の良い同年代の人間が夜に集まると、どうしても修学旅行の夜のような雰囲気になってしまうのはなぜだろう。
「ねぇ、皆彼氏とか居ないの?」
リーダーの
ベッドが五つ並ぶこの寝室で寝るのは今日が初めてだ。
新鮮な夜に興奮しているからこそ、いつもしっかりしている幸が唐突に年相応の質問をするのだろう。
えー、とメンバー達は満更でもなさそうな声を漏らす。
「
「え?!」
自分で言っておいて、「キャー」と声を上げる
「嘘っ、あんたそれ事務所にバレたら殺されるよ?!」
過度に騒いでいるのが
小さい身体を布団から出し、胡桃は恥ずかしそうにゆるく巻かれている茶髪を手でいじった。
「いいなぁ。どんな人?」
幸の言葉に、「リーダーがいいなとか言ってどうするの」と笑う麗香。
胡桃は小さく笑ってから、「高校の友達」と言った。
うわ、と全員が声を漏らす。
確かに、こんな可愛らしいリスのような子が学校に居たら好きになってしまう。
なぜか全員が納得してしまうくらいに彼女は愛されていた。
「他の皆は?」
楽しそうに聞いた胡桃だけれど、他のメンバーは曖昧な声を上げていた。
アイドルだし、流石に皆彼氏が居るわけじゃないんだな、と胸を撫で下ろす。
まず胡桃に彼氏が居たことに驚いた。
居そうではあるけれど、私達はアイドルだ。
「なんかさ......絶対に麗香は居ないよね」
幸の言葉に笑うメンバー達。
「分かるわ」と心晴。
当の本人はきょとんとした顔で「何で?......え、もしかしてモテなさそうって言いたいの?」と言う。
「違う違う。麗香ちゃんはモテると思うけど、今、心に決めた人が隣に居るでしょ」胡桃はそう言ってから鈴を転がすように笑った。
そう、こんなときでも麗香は私のベッドに潜り込んでいる。
当たり前のように私の横で寝そべる麗香は、「ああ、確かにね。居た居た」と微笑みながら甘い声で言った。
否定をしないどころか嬉しそうににこにこと微笑む彼女を見て、ため息をつきそうになる。
「麗香って本当に佳世乃のこと好きじゃない?」
「うん、大好きだよ」
「蜜月だねぇ」
と胡桃も呑気に言う。
「でも胡桃、あんまりかよちゃんが麗香ちゃんのこと好きなイメージないなぁ」
ストレートな彼女の言葉に、麗香は「なんてこと言うの」と弱々しい声で呟いた。
「一方的な愛」と楽しそうに笑う心晴。
「もう、酷いな皆」
麗香は唐突に余裕のある素振りを見せ、笑いながら言った。
「佳世乃は私のこと大好きだよ。だってさっきだってさ」
その続きの言葉を察し、私は全力で麗香の口を塞いだ。
「お?どうしたどうした」
「何、佳世乃なんかしたの?」
「麗香ちゃんかよちゃんになんかされた?」
悪戯に微笑む麗香の顔と三人の言葉で私の体温はどんどん上がっていく。
言ってることは全部的外れなのに、どうしてこんなに恥ずかしいの。
「もういい。この話は終わり」
私の言葉に三人は驚いたように顔を見合わせる。
「かよちゃんめっちゃこの話題嫌がるじゃん......」
「あんま掘り下げないの、胡桃。佳世乃は照れ屋さんだから、ね」
幸の言葉にもっと顔が赤くなる。そういうことじゃ、ないのに。
その後は、胡桃の彼氏の話を聞いて、就寝した。
いや、したかった。就寝、したかった。
でも、私のベッドから離れない人物のせいで寝れなかったのが現実だ。
「ねぇ、麗香。おやすみ」
「うん、おやすみ佳世乃。寝て良いよ」
麗香は嬉しそうにそう言うけれど、友達から後ろから抱きしめられた状態で寝ることが私にはできない。
「......あの、寝れない」
「え、嘘。どうしたの」
分かっているくせに、と心の中で悪態をつく。
「麗香、離して」
「え、嫌だよ?言わなかったっけ?あたし抱き枕がないと寝れないの」
じりじりと私に密着する麗香。
「じゃあ、枕でも抱きしめてれば良いんじゃない?」
「温もりを感じられる抱き枕じゃないと駄目なんだよね」
「そんな抱き枕見たことないけど」
「まぁ、良いから。私の幸せの為に抱かれててよ」
「私は......寝たい」
「良いじゃん、このまま寝よ」
麗香が声色を弾ませる。
「ちょっとそれは、無理かも」
「なんでよ!いいじゃん佳世乃、寝よ」
「私が先に寝るかもしれないじゃん」
「そうだね。あたし佳世乃の寝顔見たいし。それで?」
「私が寝てる間に、その、麗香が変なことするかもしれないでしょ」
絞り出すように言った。なんだか期待しているみたいで恥ずかしい。
「して欲しいってこと?」
麗香は案の定そう言った。
「誘ってるの?いいの?」
「違うから。」
麗香は楽しそうに笑って「可愛いねぇ」と呟いてから私を強く抱きしめる。
「あたし、佳世乃が好きだよ」
メンバー達の寝息しか聞こえない静かな空間に、麗香の声が溶けていく。
「うん、私も、好きだけど」
「......嘘ばっかり」
彼女は私の背中に顔を埋めながらそう言って、小さく笑う。
その笑い方があまりにも寂しそうで、じわりと罪悪感が胸に滲んだ。
反射的に「ごめん」と言ってしまう。
「なんで謝るの」
麗香はさっきと違って楽しそうに笑った。
作ったような明るい笑い声が、少しずつ小さくなっていく。
静まり返った部屋に、布が擦れる音だけが響いた。
寝返りをうって正面から麗香を抱きしめる。
麗香の腕がぴくり、とわずかに動いた。
私より数センチ背が高い麗香が私の胸に顔を埋める。
彼女の頭が私の肩より下にあるのが新鮮で、その小さな温もりを忘れてしまわないように、優しく抱きしめた。
ごめんね、いつも冷たくして。いつだって感謝してるよ、と届きもしないのに心の中で呟く。
「佳世乃は、彼氏居ないの?」
既視感のある台詞に少し笑いそうになる。
「いないよ」
「そっか、ちょっと意外だけど、なんかそんな感じする」
なにそれ、と今度こそ声を出して笑った。
「佳世乃は私が見てきた女の子の中で一番可愛いし、モテない理由なんて見つからないけど、アイドルに全力注ぎそうだもん」
「そうだね、考えてもみなかったけどその通りかな」
「......アイドルやってなかったら、彼氏、つくってた?」
少し考えた後に
「おやすみ麗香」
と声を掛けると、麗香はつまらなそうに
「うわぁ、逃げた」
と呟いた。
だって、多分アイドルをしていなくて、もし自分を好きでいてくれる男の人が居たなら、私は付き合っていたと思うから。
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