第7話 床の汚れはなかなか消えない
ギルドや国家について考えたり、益体もないことを思いながら歩き、
目的地である建物に到着した。
”握手された手に、その手の甲を貫く剣”の紋章が描かれた丸看板。
その下には横長の看板。書かれた文字は
”レオパルドン傭兵国家・ドルボス市支部・ガストン傭兵ギルド”
3メートルほどの両開きの大扉を開けると、広々とした空間。
入った正面は大きく取られたロビー。その奥に見える計7つの窓口。
4番目と5番目の間には衝立がある。
右手側は依頼者達の待合室として椅子が並べられている。
左手側は少し歩くと扉がある。上に『関係者のみ』の看板があり、
ドアは開放されている。食堂兼酒場があり、休憩中の職員が一息ついていたり、
傭兵団服を着崩した自由傭兵たちが、酒を楽しんでいる様が見て取れる。
食堂の隅に大きな掲示板があり、常設依頼が張り出されている。
護衛任務等、秘匿性の高い任務は受付で大まかな情報をもらった後、奥の個室で詳細を確認する。
護衛対象や日程が人の目については駄目だからね。当然である。
窓口は左から4番目まで『傭兵専用』。
5番目以降は『依頼者の相談窓口』と札がかかっている。
2番と3番窓口はクローズ中。4番窓口は対応中。
一番左の空いている1番窓口へ。受付はエミリー嬢か。
「おはようございます。同胞。今日もいい天気ですよ、エミリーさん」
「おはよう。同胞。散歩日和だね、エルド君。昨日は任務お疲れ様」
朗らかな笑顔で答えてくれるエミリー嬢。金髪ゆるふわパーマのお姉さんである。
「結構稼いだでしょ?エミリー、欲しい靴があってぇ。デートでもしない?」
とウインクしながらわざとらしい猫なで声。
「ええ、割のいい報酬でしたとも。靴と言わず、ドレスも買ってそのままディナーにいかがです?」
と、お互い軽口を交わし笑いあう。
「エルド君は大人びてるね。他の子達は揶揄うとドギマギして面白いのに」
年下を揶揄うのが趣味なエミリー嬢。分かりやすい冗談でも、男の子はドキドキするんだろうな。
いいねぇ青春だね。
「でも『執事もどき』君。今日の装いも素敵よ」
と不意打ちで家族で作った服装を褒められた。嬉しくてちょっと照れる。
娘からのプレゼントのネクタイを褒められたお父さんのような心境と言うのだろうか。
「冗談はさておき、良さげな依頼はありますか?個別でもパーティでもよいです」
「ふふっいいね。他国依頼任務が3件。内1件は護衛。2件は討伐ね」
エミリー嬢は年相応の反応と取ったようだ。それより任務概要を確認しよう。
「なら…」
言いかけたところで入口が開く。声を止めたのは、ガチャガチャと鎧が擦れる音が聞こえたから。
この辺りで鎧を着る人なんていない。そもそもギルド内へは、第6等級以下は傭兵団服でしか立入りを認められていない。
ちなみに傭兵団服は黒基調。人によってアクセサリを付けている。男性も女性も格好いい。
そんなことを思いながら、エミリー嬢から大扉へ目を移す。
隣国の標準的なプレートアーマー。ヘルムは脱いでいる。ニヤニヤと笑う顔の男。
ああ、あれは我々を見下している。一悶着あるな。
男は4番目の窓口に向かう。受付はアンナ嬢か。
「ようこそガストン傭兵ギルドへ。ご依頼でしたらもう一つ右の窓口になります」
「ハッ。どうでもいいだろ蛮族共。依頼をくれてやる」
「警告1。こちらを卑下する言動、行動をとった場合は斬ります。警告は3までです。」
「面白れぇ冗談だ。俺を斬るのはお前か?そこの坊主か?我が主様がお待ちだ。接待の準備をとっととしろ」
「当ギルドは依頼主様に直接窓口に来て頂く決まりです。また、誰であろうと特別扱いはいたしません。
警告2。柄に手を掛けましたね」
「はぁ~未開人はこれだから。御託はいいから準備しろ」
「警告3。言葉が通じませんか?ならお帰りください」
「あぁ手前!?ふざ…」
顔が赤くなった男が鞘から半分抜いたところで動きが止まる。
アンナ嬢がショートソードで喉を貫いたからだ。
男はそのまま膝をつき倒れ、血だまりが広がる。
「あーあ、そこの板、やっと染みが薄くなってきたのに」
エミリー嬢のわざとらしい大きな声が響き、待合室に座っていた依頼人たちが笑う。
彼らにとっては面白い見世物だっただろう。
前世風に言うなら、馬鹿が地雷原でタップダンスしてる、辺りだろうか。
僕もギルドの皆様も、一緒に笑う。
アンナ嬢が受付から出て、事切れた男に近づく。
「同胞、手伝います」
焦げ茶色の髪をお団子に巻いたアンナ嬢に声をかける。
「ありがとう同胞。じゃあ扉を開けるからエルド君はのこれを外の一団にぶん投げて。ゴミは持って帰ってもらわないと」
と、親指を扉に向けてにやっと笑う。
短い受け答えの間に、手透きなギルド職員や酒を楽しんでいた傭兵の方々がロビーに集まる。
「よ、同胞。手伝いありがとな。ぶん投げた後はこっちでやるから、楽しく見物してな」
「同胞。承知しました。副ギルド長の啖呵、とくと拝見します」
話しかけてきたのは『副ギルド長』
ギルドは受付係に事務係、総務係に経理係等々、ギルドを運営するに必要な仕事を係として行う。
通常の係は3カ月のローテーション制である。
そこに特殊な係が入ってくる。副ギルド長係。6カ月のローテーション制。
通常の係と兼任となる。
なのでジョルノさんは現在、受付係兼副ギルド長係である。5番窓口に座っていた。
この副ギルド長係、特に権限があったりする訳ではない。
他国向けに用意したお飾りの係である。
他国の人間は偉い(と思われている)人物が出てくると安心したり、畏怖したりする。
前世の記憶で言えば、
得意先の営業が部長を連れて来て、部長さんが「今後とも何卒宜しくお願い致します。」と言えば、うちを大切にしてくれていると思う。
営業先でポカをやらかし謝罪に行ったら社長さんまでいて「やっべぇ社長まで出てきちゃったよ」と戦々恐々の思いをする。
そんな理由で作られた副ギルド長係。もちろん、他国にはお飾りであることは内緒だ。
そんな副ギルド長係のジョルノさんが
「おうよ、副ギルド長歴4カ月の技量をみせてやる。さて、手早くやろうか」
そう言うと、アンナ嬢が両開きの大扉を開けた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます