モンスターウーマナイザー
ヒデヒロ
プロローグ
なにがいけなかったのかはわかっているんだ。
昨日、単語帳を机の中に忘れてしまい今日のテストの勉強ができなかった。朝の僅かな時間で少しでも悪足掻きしようと、走って汗をかいてしまったことが原因だろう。
4月で高校二年生になったばかりの男子学生――
身長は平均よりちょっと低めで細身。中性的な顔つきで、女の子だといえば5人に4人は信じてしまうだろう。やや目つきが荒んでいる感じがするが、その点を加味しても十分に整っているといえる。
声も高く、友人たちからは「女性が演じる男の子の声」や「ナチュラル宝塚ボイス」などと言われて大好評。
そのおかげと言っていいのか、所属する演劇部では「深月といえば少年役」が鉄板になっている。
そんな緒方深月は現在、たくさんの
まとわりつく女の子たちは皆一様に可愛らしく、甘えた声を出してその身に布きれ一枚纏わずに、産まれたままの姿で深月に身体をすり付けている。
セクシーな身体のあの子は大胆にも脚をこちらに向けて広げ、「どう坊や? 触ってもいいのよ?」と流し目をこちらに向けて自分で太股の内側をなめて挑発してきたり、
まだ少し幼さが残るその子は、「ど、どうぞっ、覚悟はできています! あなたの好きにしてください!」と、まだ未成熟なその身体を道に投げ出して、仰向けになってこちらを誘惑してくる。
「うおっ!? なんだこりゃ!?」
ヘタに動くと女の子たちにケガをさせてしまうかもしれないので、動くに動けず、周囲の女の子たちを観察していた深月に普段から聞きなれた声が聞こえてきた。
「その声は淳か? 助けてくれ」
とりあえずこの状況から抜け出すため、聞こえてきた声の方向に助けを求めた。
「その声……、もしかして深月か?」
「あたり。悪いけど助けてくんない?」
予想した通り、聞こえてきた声は友人――杉山淳(スギヤマ ジュン)――のものだった。
「相変わらずモテモテだなお前。『ミツキフェロモン』は今日も絶好調ってか? うらやますぃ」
茶化すように杉山は言う。
確かに人によっては深月の状態を羨ましいと感じるかもしれないが、深月にとっては冗談ではなく、何事にも限度というものがあるだろうと思う。
「うっさい! 下らないこと言ってないで早くこの周りに居る
――猫たち。
そう。女の子は女の子でも深月は文字通りの
足下から首まで、猫が目をハートマークにしながらしがみついており動けなくなっている。
「今日はすごいな。深月の姿なんか顔ぐらいしか見えねぇもん。ちょっとした怪奇現象だ、道の真ん中に猫のタワーができてるんだぜ?」
「自分じゃ見えねーけど、だいたいどんな状況になってるかは想像つくよ」
深月の体感でだが、いつもより3割増しで猫の数が増えている気がする。
「なぁ、写メ撮っていい? インスタにアップしたい」
「ぶっ飛ばすぞテメェ、いいからさっさとなんとかしろっ! ずっとカバン持ってる右腕とか、立ちっぱなしの脚とか、もう色々限界が近いんだよ!」
「へいへい」
淳による猫撤去作業がようやく始まったが、猫たちは猫たちで離されまいと深月にしがみつき必死の抵抗を敢行する。
「ほら、散れっ、どっか行け。――痛ってっ! こらっ噛むなっ、ひっかくなっ! 痛たたっ」
「痛い痛いっ! お前たち爪立てるな!」
みんな、離されまいっ、と必死にしがみついているため爪が制服を通って食い込み深月も地味に痛い。
セクシーな銀の毛のあの子は「なによっアンタッ! アタシと坊やの仲を引き裂くつもり!?」と淳の顔を引っかき、
幼い三毛猫のあの子は深月の制服にしがみつき、「私じゃダメなんですか……?」と、悲しげな声で鳴く。「い、いや、そんなことはないっ……よ」と喉まで出そうになった言葉を、心を鬼にして飲み込む。どんなに可愛くても例外は認められない。
「はぁ、やっと終わった。大変な目にあった……」
五分後、最終的には計27匹の猫が深月の身体から引き剥がされた。
「サンキュな。ジュースぐらいなら奢ってやるよ」
「ドケチが! この傷だらけの身体を見てたったのジュース1本とかありえん、せめて昼飯ぐらい奢れっ!」
そう言って見せつけてきた杉山の腕には猫たちの抵抗のあと、数々のミミズ腫れや噛み痕が残っている。
しかし、つい先程心を鬼モードにした深月は意図的ににスルーする。
「深月、お前さぁ、もしかして『ミツキフェロモン』の効果益々上がってきてないか?」
「……やっぱ淳もそう思うか?」
「思う。だって前はちょっと走ったぐらいじゃこんなに集まってこなかっただろ?」
緒方深月の身体から発せられる、動物の雌を極悪なまでに惹きつけるフェロモン。通称『ミツキフェロモン』。
このフェロモンは深月が運動したり何らかの要因で興奮、緊張することによって発生し、周りのメス(人間除く)をメロメロにしてしまうのだ。
その効果は絶大で、深月がまだ小さな子供の頃、道で迷子になって泣いていると何処からともなくカラスや猫、犬などの動物が現れて芸や踊りを披露し深月をあやし、深月の親が深月を発見するまでに総勢30匹以上の動物たちで道路が溢れかえる事態となっていて、その中心で深月は笑っていたそうだ。
また深月が通っていた中学校の体育祭の時は、『ミツキフェロモン』の効果が最大限に発揮され深月が競技に出場した際は、犬猫が観客席で大応援合戦を繰り広げ、鳥が対戦相手を上空から妨害、山から下りてきたイノシシやクマが深月の前に出て競技のお手伝い。
障害物競走の障害はイノシシが全て退かしたので深月はただ走るだけ、玉入れは鳥が深月の投げた玉を空中でチャッチしてそのままカゴに入れるため100発100中、深月が騎手を勤める騎馬戦は本来のウマ役の男子生徒たちの変わりに3体のクマが騎馬を組んで、余りの迫力にビビった相手チームが自ら騎馬を崩して降伏、不戦勝。
綱引きに至っては最早クラス対抗戦ではなく、
――――運動部100人 VS 深月&野生動物50匹 !!――――
となって遂に競技が人間対動物の構図になるに至った。
ここまで無茶苦茶になっても体育祭を続けられたのは『ミツキフェロモン』の存在がすでに町内中に知れ渡っており、深月に手を出さない限りは絶対安全だと、子供の頃からの様々な出来事が証明していたからだろう。
実際競技に参加した生徒たちはともかく、体育祭を見に来てくれた保護者の人や近所の住人には大好評だった。
と、このように伝説を上げていけば枚挙にいとまがない『ミツキフェロモン』なのだが、その『ミツキフェロモン』が最近さらにパワーアップしているなどと深月は信じたくないのである。
「ま、まぁ気のせいじゃね? たまたまこんな日もある……と思う」
「お前が自信無さ気じゃないか。もう認めちゃえよ、完璧にパワーアップしてるよ『ミツキフェロモン』は」
「うっさい、ボクが白っつったら白なんだよ!」
「ひどい逆ギレだ。なんというオレ様キャラ、もといボク様キャラ。もうお前一人称『オレ』にしたらどうだ? そのほうが違和感ないぞ」
「別にボクがボクの事を何と呼ぼうが勝手だろーが勝手だ。それに今更なおんねーよ」
緒方深月の一人称は『ボク』である。
深月はその女の子のような容姿のため、幼い頃にやや
幸い常識人である父親が途中で気づき事なきを得たが、「ボク」という一人称は幼い深月の頭に刻み込まれてしまっていた。意識していてもついつい言ってしまうぐらいに。
その反動のためなのか、中学生になり反抗期に入ってからはコンビニ前でのウンコ座りがとってもよく似合ってしまう言動になってしまったが。
「は~、どうせモテんなら人間の女の子にモテてーよ」
「なに言ってんだよ、深月は俺よりモテてるじゃないか」
「まぁ、確かに。顔の美醜っていう点ならボクはけっこういい線いってんじゃねえか、とは自分でも思う。実際他校の女子からも遊びの誘いが来るくらいだし? ――しかしだっ、そのお誘いに大量の動物を引き連れて向かえると思うか!?」
「まぁ、普通の感覚してる奴だと無理だろうな」
「そうだろ!? いったいどこの世界にハーメルンの笛吹よろしく犬猫を引き連れて合コンに行く勇者が居るんだよっ!? たとえ行く度胸があっても色モノにしかなんねーよ!!」
「ハーメルンが引き連れたのは子供だけどな」
「知ってるわ! ぶっ飛ばすぞ、この彼女持ちが!!」
クラスでもけっこう可愛い部類の娘を彼女にしやがって、羨ましいなんて思ってやんねーぞコラッ。
「わかったわかった、落ち着け。せっかく追い払ったのにまた『ミツキフェロモン』が出るぞ。それに学校遅刻する気か?」
杉山は深月が見やすいようにわざわざ腕を捻って腕時計を見せつけてくる。
始業時間まで残り12分。確かにギリギリの時間だ。もう一度猫にまとわりつかれたら間違いなく遅刻する。まだまだ言い足りないが時間がないなら諦めるしかない。
一度舌打ちして不満をあらわして歩き出す。
「だいたいなんでデートに行くだけで動物が集まるんだ? 走って行ったわけじゃないんだろ?」
「……しょーがねーじゃん。ボク、女子と遊ぶなんて『ミツキフェロモン』のせいで経験したことねーし、そりゃ緊張ぐらいするだろ」
何を話せばいいんだろう? とか、どんな風に接したらいいんだろう? とか、そんなことを考えているうちに心拍数が上がり『ミツキフェロモン』が分泌されてしまうのだ。
「変に純情なんだな、おまえ」
「うっさい。だいたいお前だって自分のかのじょ――――」
彼女と話すとき未だに緊張してんじゃねーか。そう続けようとしたが、視界の端に一匹の白い猫が捉えた瞬間、深月の足と口が止まった。
――――雪のように真っ白な猫を見た。
道路の真ん中に座り、こちらをじっと見つめている。
それはどこか存在が曖昧で、蜃気楼のように霞んでいるように思えた。
白い猫を見ること自体は深月にとっては別段珍しいことではない。珍しくないどころか白色の猫という条件があっても、体質のせいで1日平均2、3匹は見る。
いつもの光景。いつもの事。ただそれだけなのだが、ただそれだけのことをただそれだけの事として流すことが不思議とできなかった。
「? どうした? 遅刻するぞ」
急に立ち止まった深月を不審に思い、杉山が声をかけたが深月の耳には入らない。
まるでナニかに魅入られたかのように深月は停止している。
――――初めまして、生まれながらにして傾国の才能を持つ希代の『
そう聞こえた瞬間、深月の意識は真っ白に落ちていった。
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