私に婚約者がいたらしい

来須りんご

第1話

授業が終わって昼食の時間になるとすぐにみんな外にあるテラスに移動を開始している。テラスは座れる人の数が限られているのでいつも争奪戦になるがこの日はたまたま授業が早く終わってテラスの席を取ることができた。テラスの席を取れた幸せに浸りながら席に座って親友を待っている間に周りの話を聞いていた。


「今日もマリア様は美しいですわね」


「何言ってるのよ。あなた達も十分美しいわよ」


「バベル殿下も惚れちゃうほどの美しさですよ」


「私がバベル殿下のことを好きだからってお世辞を言うんじゃないわよ」


「いやいやお世辞なんかじゃないですよ。私達は事実を言っているだけです」


 紅茶を飲みながら、話をしている人物に目を向ける。中心人物であるマリアは同じクラスなのだが私が気に食わないのかことある事に難癖をつけたり嫌がらせをしてくるのだ。話を聞いていると自分たちを褒め合ったり自慢する話ばかりしていてイライラしてくる。バベル殿下というのは私達の同じ学年である王子様のことである。容姿端麗で成績も常にトップクラスでスポーツも万能。生徒達の模範的な存在だ。そうしていると、親友が小走りで私の方に向かってきた。


「ごめんなさい。授業が長引いちゃって遅れちゃったわ」


 親友で同じ公爵家であるソフィア。趣味が同じなことやクラスが同じなこともあってすぐに意気投合して親友になった。今ではクラスが違うけれど昼食を一緒に食べることにしている。そんなソフィアだが突然真剣な表情になった。


「アリスに婚約者がいるって噂聞いたんだけど本当なのかしら?」


「そんなわけないじゃない。そんなのただの噂でしょ」


 まあ婚約者がいたとしてもソフィアが怖くて答えられないと思うけど。ソフィアは普通の人よりも婚約したい欲が強いくて努力もしているのだがなかなか相手に恵まれていないのでソフィア相手に婚約の話は禁句である。昔婚約の話をして酷い目にあったことがあったのでできるだけ婚約の話題はしないようにしているほどなのだ。


「嘘だったらどうなるかわかってるわよね」


「私達親友なんだから嘘つく分けないでしょ。婚約者がいたら必ずソフィアに言ってるから。もう少しで次の授業が始まるから放課後に校門の前で待ってて。一緒に帰りながら噂の詳しい話を聞きたいから」


「分かったわ。次の授業の先生は怖いから遅れないようにしないと」


 授業中は噂のことが気になりすぎて全然授業に集中することができなかった。放課後になって校門に行こうとしているとマリア達が私の目の前に現れた。マリア達が偉そうにしているのはいつものことだが今回は何かいつもと様子が違っていてどこか悔しそうにしていた。きっと私に婚約者がいるという噂をどこかで聞いたのだろう。


「アリス、あなた婚約者ができたことで最近調子に乗ってるんじゃなくて」


「私に婚約者なんかいないわよ」


「嘘をつくのはよろしくないわね。最近みんなが噂をしているわよ」


「そんなのただの噂でしょ。私は知らないわよ」


 そんなに噂になっているのは知らなかったのだが、絡まれて時間を無駄に消費するのは避けたいので足早にさっさとここから逃げることにした。そして校門の前に着いてやっとソフィアと合流することができた。


「さっきマリアたちに絡まれて面倒くさかったわ」


「それは災難だったわね」


「さっさと噂の詳しい話を聞かせて頂戴」


「アリスに婚約者がいるって言ったけど婚約者の名前がわかったわ」


「誰なの?早く教えて頂戴」


 あまりにも必死な私の形相に若干引きながらもソフィアは教えてくれた。


「落ち着いて聞いて。アリスの婚約者といわれてるのはバベル殿下よ」


「なんで私が第二王子と婚約なんて噂になるの。」


「アリスの父親に聞いてみたらどうかしら」


 家に帰ってすぐに父親を探しているとメイドの一人が不思議そうな顔をしながらも父親がどこにいるのかを教えてくれた。


「お父様がどこにいるのか教えてくれない」


「旦那様でしたら今は書斎にいると思います」


 私が書斎に入るとお父様は書類仕事をしている最中だった。私は普段書斎に入ることが無いのでお父様は驚いているようだった。


「仕事をしている時に書斎には入るなといつも言っているだろ」


「そんなの今はどうでもいいから。私に婚約者がいてそれがバベル殿下だって聞いたのだけれども本当なの?」


「ああ、本当だぞ」


「なんで私に何の話も無いの」


「実は私も知らなかったのだが私達の家は聖女が生まれたとされる家系だと最近判明した。それで王家が私達の家と婚約したいと言ってきたので断ることができなくて仕方がなかったんだ」


 次の日の放課後、私のクラスにバベル殿下が来たのでクラスはちょっとしたパニックになっていた。男子達はバベル殿下に嫉妬して早くどっかにいかないかと目の敵にしていた。女子達はバベル殿下が誰に用事があるのかと口々に言い合っていた。

 

「このクラスにアリス・マーガレットはいるだろうか」


 その言葉に周りの視線が一斉に私の方を向く。これだけの人に視線を向けられるのはあまりないことなので緊張しながらも私は答えた。


「私がアリス・マーガレットです。私にバベル殿下が何のご用件でしょうか」


 私が答えたのを見てバベル殿下は驚いた様子だった。


「アリス・マーガレットは私の婚約者である。私が婚約者を迎えに来るのは当然のことだろう」


 バベル殿下が答えているのを聞いて今まで現実味がなかったバベル殿下が婚約者という噂が本当だということが分かってしまってこれからマリア達の難癖をつけたり嘲笑してくる回数が増えると思うのと同時に周りからの嫉妬の視線が気になって憂鬱な気分になるのであった。そして教室から出て移動しながらバベル殿下と話をしているとこんなに近くでバベル殿下の顔を見たことがないので今まであまり分からなかったのだが噂通りの綺麗なお方であった。


「学園の中で人目を気にせずに話せる場所は無いものだろうか」


「それなら私いい場所知っていますよ。屋上は滅多に人が来ないのでおすすめですよ。先生から鍵を借りる必要がありますが」


 そうして先生から鍵を借りて屋上に来た私達は景色に感動していた。


「屋上はこんなにも景色が綺麗なのだな」


「私のお気に入りの景色の一つです」


 バベル殿下が景色を見て瞳をキラキラさせているのを見てバベル殿下も男子なんだなと思ってしまった。


「まずはバベル殿下というのをやめてもらえるか。婚約者なのだから呼び捨てで呼んでもらえると嬉しい」


「難しいとは思いますが努力してみます。バベル殿下は婚約についてどう思っているのですか?」


「仕方がないとは思っている。政略結婚だからな」


 気がついたときにはかなりの時間が経っており、屋上の鍵を返さなければならなくなって先生に会いに行った時にバベル殿下は何かに気がついたようであった。


「屋上に鍵を忘れてきたかもしれない」


「意外とバベル殿下でもやらかしたりするんですね」


「完璧でないことに失望したか?」


「いえ。人間らしさと感じられたので良かったです」


「俺はいつも兄と比べながら生きてきた。父親や周りからは完璧であることを求められ続けてきた。だが、完璧でないことを肯定してくれた人は初めてだ。おかげで心が軽くなった。礼を言う」


 バベル殿下に礼を言われて私は照れくさくなったのと同時に噂とのギャップを感じて胸がキュンと痛くなった。。屋上に着いたら私とバベル殿下は無言になっで鍵を探した。


「鍵があったぞ」


「遅くなったのでさっさと鍵を先生に渡して帰りましょう」


「実はこんなに遅くまで学園にいたのは今日が初めてなのだ。アリスとの会話が楽しくてつい遅くなってしまった」


「バベル殿下が一緒にいて楽しめているのか不安に思っていたのですが良かったです」


 ちなみにソフィアが私とバベル殿下が正式に婚約することを知った時の反応は予想外のものだった。


「アリス、バベル殿下と婚約おめでとう」


 素直に祝福してきたソフィアに対して私は困惑していた。


「珍しいわね。ソフィアがそんな反応するなんて。一年前ぐらいに私が婚約についての話をしたら酷い目にあったけど」


「そんなこともあったわね。あの時はまだそんなに仲が良かったわけじゃないから過剰に反応してしまったのではないかしら。今は親友だから素直に嬉しいわよ」


 婚約の話題をできるだけしないようにしていた私の苦労を返して欲しかった。


 しばらくたったある日、マリア達が現れた。マリア達はバベル殿下がいない隙に相変わらずのように難癖をつけたり嫌がらせをしにきたのだろう。


「バベル殿下があんたなんかの婚約者になるはずがないわ。どんな手を使ったのよ」


「別に何もしてないわよ」


「あんたなんかにバベル殿下が惹かれるわけないもの」


 突然バベル殿下が現れてマリア達に言った。


「私の婚約者のことを悪く言うのはやめてもらおうか。お前たちは今後アリスに近づくな。もし近づいたなら、学園から退学させてやる」


 マリア達は突然気絶した。たぶん好きな人に悪く言われて心にダメージを負ったせいだろう。突然現れたバベル殿下に驚きながらも私は胸がキュンと痛くなった。


「助けてくれてありがとうございました。しかし、あそこま必要はなかったのではないでしょうか」


「ああいうやつは厳しく言わないと守らない可能性があったからな。とりあえず私はこいつらを保健室に連れていく」


「私もついていきます」


「アリスを連れていくとこいつらの目が覚めた時に面倒だからな。待っていてくれ」


 1時間ぐらい待っているとバベル殿下がやってきた。


「前に婚約についてどう思うかと聞いてきたことがあっただろ。あの時は初めてアリスと話したから話せなかったが、実は婚約する前からアリスのことが好きだったんだ」


「だからバベルがクラスに私を呼びにきたときは驚いていたのね。なんで私のことを好きになったの?」


「あの時のことをアリスは覚えていないだろうが、私は一度だけ変装して学園に来たことがあるのだ。一度だけ普通の学園生活を体験したくてな。周りも私のことを第二王子だと認識していなかった。だからこそいじめられたのだ。何を言っても私が第二王子だと証明するものもなく、されるがままだった。しかしそんな私のことを当時のアリスは助けてくれた。その時にアリスのことが好きになったのだ。アリスはどうなんだ?」


「そんなときから私のことを好きになってくれたなんて。私は一緒に過ごしているうちに見えてくる噂とはちょっと違うバベルが好きになって、さっき助けられたときにバベルのことがもっと好きになったわ」


 この出来事により私達はさらに絆が深まった。これからどうなっていくかは分からないけどバベルが一緒なら何が起きてもなんとかなると思えた。

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