第21話 コロシアム

 跳ね橋を渡って最後の門をくぐると、目の前には深い森が広がっていました。

 大小様々な木が無造作に立ち並び、その間に一筋の道が伸びています。

 普通の城ならば、美しく手入れされた森と、石畳で舗装された道が続いているところですが、渦王の城では何もかもが限りなく自然に近い形で存在しています。

 ただ、道の脇にはまた石造りの幅広い水路があって、そこだけが人工的な眺めでした。


 フルートはまた違和感を覚えて首をかしげました。

 どうもこの城は不思議です。

 海水の流れる水路から潮の香りは立ち上っていますが、城全体は植物の匂いでいっぱいで、本当に森の中に海が存在しているように感じられるのです。

 海の王の城ならば、もっと海の印象が強くても良いような気がするのですが。


 それをシルヴァに聞いてみると、森の少年は顔をしかめて答えました。

「そんなの、渦王の偽善だよ。島のヤツらを支配するために、森の民のご機嫌を取っているのさ」

 少年の口調がまたとげとげしくなっていました。道の奥の方を乱暴に指さします。

「この行き止まりに王の住んでいる建物がある。あんたの仲間たちもそこさ。でも、賭けてもいい。必ずその前にもう一度戦いになるぞ。王宮の前には競技場があって、渦王はそこで強いヤツに戦わせるのが大好きなんだ」


 けれども、フルートは落ち着いて答えました。

「それならば、渦王自身が競技場に現れるよね。好都合だよ」

 シルヴァは目を丸くして、毒気を抜かれた顔になりました。

「ホントにあんたは変なヤツだな。渦王は本気であんたを殺そうとしてるんだぞ。怖くないのか?」

「ぼくだけなら平気なんだよ」

 とフルートは謎のようなことを言いました。

 そう。自分一人のことならば、フルートはいくらでも勇敢になれるのです。


 シルヴァは肩をすくめました。

「それでも死んだら元も子もないだろう。仲間を助けたいんなら、せいぜい殺されないようにするんだな」

 そっけない言い方の中に心配する響きを感じて、フルートはにっこりしました。

「うん、ありがとう」

 思いがけず明るい笑顔を向けられて、シルヴァはまた面くらい、なんとなく顔を赤らめてしまいました。


 城の中の道を二人は歩き続けました。

 月の光も射さない暗い夜でしたが、水路がぼんやり光を放って道を照らしています。

 やがて、行く手に円い壁を持つ建物が見えてきました。円形競技場コロシアムです。

 石で作られた競技場は、城の他の場所と同じように、ツタや植物の深い緑におおわれていました。

 道はまっすぐコロシアムの中に続いています。


「シルヴァ」

 とフルートは長身の少年を振り返りました。

 ここに残って、と言おうとしたのですが、少年は首を振りました。

「行くさ。これは俺と渦王の戦いでもあるんだからな」

 ぎりっと少年が奥歯をかみしめる音が聞こえました。

 そこで、フルートはそれ以上は何も言わず、抜き身の剣を持ったまま、先に立ってコロシアムに入っていきました。



 とたんに、耳をふさぐほどの大歓声が少年たちを包みました。

 拍手、足踏み、羽ばたき、尾やひれが水面をたたく音、しぶきを立てて跳ねる音……様々な音が騒々しく入り混じっています。


 かがり火に明々と照らされた丸い広場を囲んで、何重にも水路が張り巡らされ、草におおわれた石の座席が並んでいました。

 そこを、人のような姿をしたものや、獣や鳥の姿をしたもの、魚や海の生き物の姿をしたものが、ぎっしりと埋め尽くし、口々に歓声を上げ、手足や体で音をたてているのでした。

 人や獣の姿のものは草の中の座席に、海の生き物の姿のものは水路の中にいます。

 鳥の姿をしたものたちは、座席の後ろにはえている木々の梢に留まっていました。

 人の姿をしているのは、青や緑の髪をした海の民や森の民でした。


 丸い広場をはさんだ正面に、ひときわ立派な石の座席があって、立派な体格の男性が座っていました。

 青い髪に青いひげ、頭には金の冠をかぶっています。

 フルートが夢に見たほどには大柄ではないし、顔立ちも違っていましたが、それが渦王に間違いありませんでした。

 渦王の服は夢で見たよりももっと緑色がかった青い色をしていました。


 少年たちが立ち止まると、朗々たる声が響き渡りました。

「ようこそ我が城へ、金の石の勇者──。道案内、ご苦労であったな」

 と王に目を向けられて、シルヴァは、かっと顔に血を上らせました。

「あんたのために道案内してきたわけじゃない!」

 けれども、渦王は反論を無視して、今度はフルートに言いました。

「そなたの戦いぶり、ここからとくと見せてもらったぞ。なるほど、金の石の勇者を名乗るだけのことはある。わしは強い男が大好きなのだ。我々が準備した最強の敵と戦ってどちらが勝つのか――ぜひ見せてもらおう!」

 愉快そうな王の声に、ふいに危険な響きが混じりました。


 フルートは反射的に身構えました。

 絶対に何か仕掛けられてきます。

 炎の剣を構えながら、背後のシルヴァに言いました。

「下がって……! ここで戦うのはぼくだよ」

 シルヴァは何も言わずに後ずさって、円形広場の端まで下がりました。自分がするべきことはわかっていたのです。


 王座の下の石の扉がきしみながら開き、そこから新しい敵が現れました。

 渦王が言う「最強の敵」です。

 けれども、予想に反して、それはとても小さな人影でした。

 これまで戦ってきたシーブルや水蛇はもちろん、半魚人のギルマンと比べても小柄で、子どもくらいの背丈しかありません。

 肩幅の広いがっしりした体に青い胸当てをつけ、片手には青い盾、もう一方の手にはショートソードを握っています……。


 フルートは立ちすくみました。自分の目が信じられませんでした。

 最強の敵としてフルートの目の前に現れたのは、他ならない、ゼンだったのです――。

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