第9話 なぞなぞ
「なぞなぞだって!?」
フルートとポチは驚いて同時に言いました。
浜辺を埋め尽くしているカニたちは、確かに人の声で「なぞなぞ、なぞなぞ」と繰り返しています。
とたんにフルートが手を打ちました。
「そうか、ここは東の大海だ!」
「え、え、どうしてわかるんですか?」
とポチが驚きます。
「マグロが言っていたじゃないか! 東の大海の生き物で、ことばを話せるものはみんな、なぞなぞのような不思議なことばを話すようになったって。これがそうなんだよ。ということは、ここは東の大海なんだ! ――ね、そうだろう!?」
フルートはカニたちに尋ねましたが、彼らはハサミを振りながら「なぞなぞ、なぞなぞ」と言い続けるだけでした。
「ワン、ダメみたいですね。本当に『なぞなぞ』以外には、何もしゃべれないんだ」
とポチが困った顔をしたとき、突然カニたちの声がやみました。
とたんに浜辺が静かになり、波の音が大きく迫り始めます。
フルートとポチは思わず不安になって、カニを見回しました。
すると、カニたちがまた口を開いて、声を合わせて言い始めました。
「金の王はこっちの海から生まれて、あっちの海で死ぬ。銀の王と小さな貴婦人たちもこっちの海から生まれて、あっちの海で死ぬ。夕方にララの花が浮かぶのはあっちの海、明け方にララの花が浮かぶのはこっちの海。こっちの海はどこだ」
フルートとポチは目を丸くしました。
カニたちがまともに人のことばでしゃべったのも驚きでしたが、言っている意味がよくわかりません。
「それ、どういうこと?」
とフルートは聞き返しましたが、カニたちはそれには答えず、またてんでにハサミを振って、なぞなぞ、なぞなぞ、とつぶやき始めました。
どうやら、自分たちから口をきくことはできても、こちらの質問に答えることはできないようです。
ポチがクーンと鼻を鳴らしました。
「なんだか気味が悪いことばでしたね。金の王はこっちの海で生まれて、あっちの海で死ぬ……? やだなぁ。まさか金の石の勇者のことを言っていたりしないでしょうね?」
フルートは首を振りました。
「いや、きっと違うよ。これは本当になぞなぞなんだ。カニたちは、なぞなぞで何かを伝えてくれているんだよ」
フルートはじっと考え込みました。
何万匹ものカニたちは、ざわめくようにつぶやきながら少年と子犬を見つめています。その小さな黒い目が期待の色を浮かべていることに、ポチは気がつきました。
すると、フルートがまた手を打ちました。
「わかった! 金の王はきっと太陽だ。銀の王は月、そして小さな貴婦人たちは、『たち』って言うからにはたくさんいるんだから、きっと星だ! ポチ、ララの花って知ってる?」
「ワン。浜辺に咲く花ですよ。トゲがあって、海辺ならたいていどこでも見かけるんですけど」
とポチは答えました。この子犬は小さい頃からずっとさすらいの旅をしてきたので、歳の割にはいろいろなものを見聞きしてきているのです。
「花の色は? 赤? ピンク? それともオレンジ色か何か?」
とフルートがたたみかけるように尋ねました。
「ワン。ピンクです。濃いピンク色。でも、フルート、それが何か──」
「ララの花は夕焼けと朝焼けだ!」
とフルートは叫びました。
「こっちの海から、太陽や月や星が生まれて、あっちの海で死ぬ。あっちの海の上は、夕方ララの花のようにピンク色になって、こっちの海の上は、夜明けにララの花の色になる。夕焼けに染まるのがあっちの海、朝焼けに染まるのがこっちの海。ってことは、つまり――」
「ワン! こっちが東で、あっちが西だってことですね!」
「そう。だから、やっぱりここは東の大海なんだ。――そうだろう!?」
フルートが思わずまたカニたちに確かめると、カニたちはいっせいにハサミを振り立てながら叫びました。
「あたり、あたり、大あたり……!!」
カニたちの声は嬉しそうでした。
「カニたちが、あたりって言った」
と驚くポチに、フルートは言いました。
「呪いのせいでなぞなぞしか話せなくなっているけど、それを当てることで、彼らが言いたいことがわかるんだよ」
それから、フルートはかがみ込んで、砂の上のカニにそっと手を差し伸べました。
金の手甲をはめた手の上に、二、三匹のカニがはい上ってきました。なぞなぞ、なぞなぞ、と小さな声でつぶやき続けています。
「直接答えたり教えたりすることはできなくても、なぞなぞの形でなら、ヒントを出すことができるんだ。すごいな、呪いに負けてないんだよ」
すると、そのことばがわかったように、手の上のカニが勢いよくハサミを振りました。
フルートはうなずきました。
「教えてくれ。ゼンを連れ去った水の蛇はどこに行ったんだろう? ぼくたちは、どこへ行ったらゼンを救えるかな?」
と真剣な声で問いかけます。
すると、少しの間沈黙があってから、また、カニたちがなぞなぞ、とざわめき、声をそろえて言い出しました。
「月の水蛇は東の王の蛇、空の水蛇は西の王の蛇、夜の水蛇はどこの王の蛇かわからない。勇者の仲間を連れ去った蛇は、どの王の蛇だ」
「つ、月の水蛇……?」
ポチはまた目を白黒させました。カニたちのなぞなぞは、本当に意味が取れません。
けれども、フルートは落ち着いて言いました。
「ヒントはさっき出してもらってるよ。月のことを銀の王と言っていたんだし、空も夜も、やっぱり色を表してる。そして、東の王は東の大海を治める海王のこと、西の王は西の大海の渦王のこと。だから、こうだ。月と同じ銀色の水蛇は海王の蛇、空と同じ青い水蛇は渦王の蛇、そして、夜と同じ黒い水蛇はどこかわからない国の王の蛇ってことだ。ポチ、さっきゼンを連れ去った水蛇の色は?」
「ワン、青です! ということは――」
「そう。やっぱり、ゼンを連れ去ったのは渦王だったんだ」
フルートはそう言って、西の水平線を見据えました。唇をかみしめて、ゼン、待ってろ、と心の中でつぶやきます。
ポチが風の犬に変身しました。
ばぁっと風が巻き起こり、カニたちに砂煙がかかりますが、かまわずポチは言いました。
「ワンワン、フルート、乗ってください! 西の大海へゼンを探しに行きましょう!」
フルートはうなずき、手の上のカニを砂浜に下ろしました。
すると、カニたちが風の音に負けないように声を張り上げて、またいっせいに「なぞなぞ」と言い出しました。
「青い天井を走る白い馬。彼方から駆けてきて駆け上がり、また彼方へ駆け戻っていく。これはなんだ」
フルートとポチは思わず顔を見合わせました。
「ワン、青い天井? ここは外だし……」
とポチは空を見上げました。白い雲を浮かべた青空が広がっています。
すると、フルートが言いました。
「違うよ、ポチ。きっと空のことじゃない。この子たちは海に住むカニだ。海の中で青い天井と言ったら、海面のことだよ。つまり、海の上を走ってきて、高いところに駆け上がり、また海に駆け戻っていくものってことだ――」
フルートとポチは同時に海を見ました。
彼方の水平線から白い筋のようなものが生まれて、みるみるうちにこちらへ近づいてきます。
それは、やがて白く泡立つ波となって砂浜に押し寄せ、また海の彼方へ戻っていくのです。
フルートとポチはまた目を見合わせてうなずきました。
「答えは、波だ」
「あたり、あたり、大あたり!!」
またカニたちが嬉しそうな声を上げます。
「ワン。でも、それがなんだと言うんでしょう?」
とポチが
「えっ?」
フルートとポチは、また海を見ました。
水平線からまた波が近づいていました。
青い海の上にくっきりと白い線を描いて、崩れながら、泡立ちながら、どんどんこちらへ迫ってきます。ひときわ大きな波です。
その波頭の形が普通と違っていることに、フルートは気がつきました。
「あれは……」
近づいてくるものの正体がわかって、フルートはぽかんとしました。
ポチも驚いた声を上げました。
「ワン、馬です! あれは水の馬ですよ!」
青い海原を波の馬が並んで走っていました。
白いしぶきのたてがみを振り乱し、崩れるように水を蹴りながら、ものすごい勢いでこちらに向かって突き進んできます。
聞こえてきた
ポチはとまどいました。迫ってくる波の獣たちは、まるで津波のような勢いで、思わず怖くなってきます。
けれども、フルートは言いました。
「そうか、あれに乗れって言うんだ」
「え、だって波ですよ!?」
耳の良いポチが
「あれは魔法の生き物だよ。あの水蛇と同じだ。きっと乗れるんだよ」
泡立つ白い馬は、どんどんこちらへ近づいていました。その姿がくっきりと見えてきます。
頭も首も体も足も、すべて海の水でできている馬です。
口から白い泡を吹き、しぶきのたてがみを風にちぎらせています。
フルートはポチに言いました。
「空の上で待機して。風で波の馬を押し戻してしまうから」
そこで、ポチは上空に飛び上がり、そこから心配そうにフルートを見守りました。
波の馬たちが音をたてて砂浜に駆け上がり、フルートの本当にすぐ目の前で迫ってきました。
何十頭という大群です。
馬の瞳は海と同じ青い色をしていました。
ところが、馬はフルートの直前でくるりと向きを変えると、たてがみと尻尾をなびかせて、今度は海のほうへ駆け戻り始めました。
フルートは走って後を追いかけて、一頭の尻尾をつかみました。
案の
フルートは砂を蹴って勢いよく馬の背中に飛び乗りました。しぶきのたてがみにしがみつきます。
イヒヒヒヒーン……!
波の馬は声高くいななくと、フルートを載せたまま、また海の上を駆け出しました。
「ワン、フルート!」
風の犬のポチが追いついてきました。
「ポチ、元に戻ってここにおいで。大丈夫、波の馬はちゃんとぼくたちを乗せてくれるよ」
そこでポチは子犬に戻ってフルートの膝に飛び込みました。
砂浜を振り返って言います。
「ワン、カニたちが見送ってくれていますよ」
フルートも振り返ると、浜辺を埋め尽くすカニたちが、小さな赤いハサミを降り続けていました。
声は何一つ聞こえませんが、どうか呪いを解いて我々を助けてください、と期待を込めて見送っているのが、はっきり伝わってきました。
フルートは、小さな生き物たちに向かって叫びました。
「きっと助けてあげる! だから、待っていて――!」
ポチはちらりとそんなフルートを見上げました。
あんなに思い悩み、仲間たちを連れて行くことに迷っていたのが、本当に嘘のようです。
ポチは何も言わずにフルートにすり寄ると、頭を金の鎧に押しつけました。
波の馬は水平線目ざして、青い海原を走り続けていきました――。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます