一年後に死ぬ僕と無限を生きるロボットの君

伊良(いら)

第1話

静かな診察室。そこには深刻な顔をして奏多のことを見つめる医者の姿があった。横で彼の母親らしき人物は自分の息子に涙を見せないようにハンカチで顔を覆っている。当の本人は他人事化のように自分の心臓のレントゲンを眺めている。


「残念ながらあなたの寿命は一年に満たないでしょう」


申し訳なさそうに医者は告げた。奏多はその言葉をしっかりと聞き取ると、深くうなずいた。横で母親は泣き崩れていた。


「ごめんね、ごめんね、奏多。お母さんが強く生んであげられなくて。本当にごめんね」

「いいよ。僕は楽しく生かさせてもらったよ。後一年もあるんだ。精一杯に生きるよ」


奏多は泣き崩れている母親の背中をなでる。これではどちらに余命宣言されたのか分からない。彼らは母親が泣き止むのを待って、家へと帰った。玄関には父親が待っていた。


「お父さん……、奏多は後一年しか生きられないらしいんです。あなたの技術でどうにかできないんですか?」

「すまない、雅子さん。私はエンジニアなんだ。私ではどうしようもない」

「そ、そうよね……。ねえ、奏多?あなたはこの一年をどうやって生きたい?私たちはあなたの願いなら何でもかなえてあげるから。できる範囲でだけどね」


雅子と呼ばれる、奏多の母親は彼のことを抱きしめながらそう言う。奏多は少し笑いながら、自分の願いをつぶやいた。


「僕は旅をしたい。日本という国を見に行きたいんだ。半年でいい。残りの半年は家族で過ごしたい。一人で旅をさせてもらえないかな?」


そうつぶやいた。彼は自分が住む白い雪が積もる雪国から出たことがなかった。北海道には暑すぎる夏というものは存在しない。今は春だから雪は積もっていないが、涼しいのには違いない。彼は暑い。という経験をしたことがない。そのまま、何もこの世界をしらないまま死ぬということはできないということなのだろう。


「そうだな。奏多の意見は尊重しよう」

「ありがとう。お父さん」

「しかし、奏多、お前を一人で旅させるということはできない。途中で病状が悪化したら私たちは何も対応することができない。だからというわけではないんだが……」


そういうと、彼は自分の研究所から連れてきたんだ。


『白い髪の女の子』


その印象が強い。雪国で生まれた妖精のような表現が正しいのかもしれない。彼女は人間というにはほど遠いものだった。目には生気は宿っておらず、何よりも喜怒哀楽というものがないように見えた。


「彼女の名前は由紀ゆき。私が作ったロボットだ。彼女は奏多の旅のアシストをしてくれるだろう。」

「どうも。こんにちわ。由紀といいます。よろしくお願いします。奏多さん」


奏多の前で、お辞儀した白い髪の彼女は自分の名前を丁寧に申し上げた。状況が理解できていない奏多はどういうことか説明しろとでもいうように父親の目を見た。


「彼女は俺が開発したロボットだよ。試作段階だから、感情というものは奏多との経験で学ばせていくしかないが……。しかし、彼女は医療。そして料理。人間における最低限度はこなすこともできる。それにあれだろ……。奏多だって男だ。な。わかるだろ?」

「え、ええ?僕にロボットに恋させようとしてるの?そんなことありえない」


奏多はお父さんの発言を否定した。そうだろう。まず、人間とロボットの恋なんて、聞いたことがない。


「奏多さんは私のことが嫌いなんですか?」


彼女は嫌いという意味を分かっているのか、そうつぶやいた。悲しそうにしているわけではなく、ただ人間の感情を説明するかのように。しかし奏多の目には違うように見えたようだった。彼女はロボットだ。顔はお父さんのセンスで作られている。


彼と彼のお父さんのセンスは似ている。それゆえ、彼のタイプ、ど真ん中の顔をしていた。それゆえにいとも簡単に思春期男子の心を揺らした。


「嫌いってわけじゃないけど……」

「嫌いではないんですか?じゃあ、好きなんですか?」


由紀がそう聞いた。その瞬間に奏多は彼女から目をそらした。お父さんは大声で笑い、お母さんはくすくすと笑った。家族に笑顔が戻った瞬間だった。しかし、当の本人の由紀は理解していないらしく、真顔のままに周りを観察していた。


「なんで笑っているんですか?私は変なことをしましたか?」


不思議そうな顔を浮かべて聞く由紀に、奏多は苦笑いを浮かべる。お父さんがもう一度、奏多に聞いた。


「この子と一緒に旅をしてくれるか?これは奏多にとっても、彼女にとっても、大事な旅になるかもしれない」

「ああ、仕方ないな。最後まで、お父さんの研究に付き合わされるの?仕方ないなあ」


奏多は不満そうな表情を浮かべながら、お父さんの提案にうなずいた。今の会話で何が起こったのかをしっかりと理解した由紀はおもむろに奏多の手を取った。


「私を旅に連れてってくれるんですね。奏多さん」

「だから、この距離感の誤作動をどうにかしてくれ」


奏多は少しだけ頬を染めながら、由紀の白い腕を振りほどいた。奏多の頬と対比するように真っ白な彼女の顔が目立つ。


「奏多……。お前、まんざらでもないな」

「ち、ちがうわい!」


◆◆

ドラゴンノベルズコンテストの中編に出します。よろしくお願いします。


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