第三章 殺人鬼の影 8
それから三十分あまり、ジュンは寺で了海と二人だけでなにやら話していた。
場所は住職夫婦が起居する、プライベートな離れである。
「そうか安心した、最近悪い噂ばかりが耳に入ってきておってな。お前がそんな人間ではないと思いながらも凡人の悲しさじゃ、どこかで疑っていたのも確かじゃ。すまなかった、許して欲しい」
戸口まで送りながら、了海がジュンへ詫びの言葉を掛ける。
「気にしちゃいないよ、誤解を受けるようなことをしている俺にも悪いところはあるんだ」
ジュンはこの年齢特有の、大人の言葉に無関心なような素っ気ない態度で自分の靴に足を突っ込む。
「じゃが高校生のお前が、暴力団やその手下らしい輩どもと拘わるのは感心せんな。善かれと思ってやっておるのだろうが、あまりに危険すぎる。よかったらその件はわしに任せてくれんか、警察にも知り合いがおるし、それなりに危ないことで世の中を渡り歩いておる者も知っている」
裏社会の人間には、裏の世界で生きている者を使って解決する方が、手っ取り早い場合もあると言うことらしい。
「和尚に厄介は掛けないよ、それよりもお袋のことお願いします。元々地元で育った人間じゃない、どこも頼るところがないんだ。
靴を履き終えすっくと立ち、目の前の僧侶へ母親のことを頼んだ。
「お前もひとかどの口を利くようになったのう、この前までほんの子どもだと思っておったのに」
きっちりとした物言いをする青年を眺め、了海が目を細める。
それまで了海の陰で見えなかった婦人が、夫を押し退け顔をのぞかせた。
住職の連れ合いの伸江だ。
「ちっとも顔を見せてくれないから、おばさん寂しかったのよ。こんどは蘭ちゃんも連れてきてね、ほんとに待ってるから。危ないことをしちゃ駄目よ、あなたになにかあればお母さんも蘭ちゃんも悲しむわ」
優しい顔で伸江が笑っている。
「そのうちに――」
ただそれだけを言うと、ジュンは頭をコクンと下げ背を向けた。
そのまま境内を突っ切り海岸へと続く石段を降りると、砂浜は先ほど同様警察関係者、マスコミの取材陣、そして野次馬とでごった返していた。
ジュンは警戒線が張られている掘っ立て小屋に向かい、瞑目し手を合わせた。
一分近くそのままの姿勢で黙祷すると、道路のある方角へ歩き出した。
「ジュンくん――」
後方から遠慮がちな声が掛けられた。
振り向くとそこには、高校の校章が刺繍された体育着姿の少女が立っていた。
鈴である。
「待ってジュンくん、ちょっと話しがあるの。――よかったら少し時間をくれないかな」
どこか戸惑ったような表情で、ジュンは少女を見た。
なにも言わず彼は背を向けて歩き出す、それは道路とは逆方向だった。
「ねえ・・・、ジュンく――」
鈴が再び声を掛けようとした瞬間、彼は振り向き素っ気なく言った。
「なにしてんだよ、話しあるんだろ。だったら連いてこいよ」
「あ、ありがと――」
鈴はほっとしたように表情を和らげ、青年の後を追った。
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