第三章 殺人鬼の影 3
男子部員がボディーガードをしてくれることを知った女子たちのいる本堂大広間は、黄色い声に包まれ大いに盛り上がっていた。
「やっぱりいざとなったら頼りになるわよね、夜警を提案したのって岡部くんでしょ。不良だけど恰好いいよね、男って感じ」
「そうそう、いつも文句ばっかでお茶らけたイメージの杉浦くんだって、本当は喧嘩強いらしいわよ。俺たちがいたら女子に指一本触らせないって、先生に啖呵切ったらしいわ。なんだかギャップ萌えするね」
女子たちがそれぞれ勝手に言い合っている。
健一はわかるが、いつも女子たちから毛嫌いされている剛志まで人気になっている。
「ねえねえ、齋藤先輩は九時半からの班らしいわ。お菓子持って激励に行きましょうよ」
「そうよね、わたしたちのために頑張ってくれるんだもん。そのくらいしなきゃ」
「あたし超ミニスカート持って来てんのよ、それ履いてっちゃおっかな」
「ああ、あの穿いてるだけでパンツ見えてるやつでしょ。逆に先輩ひいちゃうよ」
隆介ファンクラブの例の美術部三人娘が、あれこれと相談している。
「ちょっとあんたたち、なに勝手なこと話してんの。先生から外には出るなって注意されたばかりでしょ、いい加減にしなさいよ」
副部長の春緒雪乃が仁王立ちになって、三人を見降ろしている。
「あなたたち美術部でしょ、応援するんなら速水先輩にするべきでしょ。同好会の不良どものどこがいいのかしら、部の規律を乱さないでちょうだい」
雪乃の取り巻きで、速水のシンパの大原美加が一年生部員を糾弾する。
「あら雪乃先輩、誰が誰を好きだろうと勝手じゃないんでしょうか。一々強制されることないと思いますけど」
気の強い沙織が、下から雪乃を睨みつける。
「そうですよ、おなじ花台高の生徒じゃない。サオリンの言う通り、誰を応援したっていいはずですよね」
男子がいるとぶりっ子の亜花里も、女相手では負けてはいない。
「なに、その態度。一年のくせに生意気よ、雪乃に謝りなさい」
美加が亜花里の膝を蹴りつけた。
「痛っ、なにすんのこのブス」
顔には自信のある亜花里が、同じ女性相手に言ってはいけないひと言ことを口に出してしまう。
「ブスって言ったわね、この恋愛馬鹿女。男に媚びを売ってばかりの脳なしの癖に、もう許さないから」
美加が亜花里の髪の毛を掴み、畳の上を引きずる。
「きゃーっ、離せブス」
亜花里が悲鳴を上げる。
「あなた達、いい加減にしなさい!」
大広間中に聞こえるような大声が響いた。
麗子がいつもとはまったく違う、怖い形相で腕組みをして立っていた。
「せ、先生・・・」
一瞬で部屋中が静かになる。
「大きな声で騒いでるから聞こえたけど、あなた達どっちもどっちよ。たしかに山口さんたちが話してたことは規則違反だけど、大原さんや春緒さんたちもいけないわ。下級生だからって言いなりにしていい訳じゃない、注意するにもやり方を考えなさい」
美加はシュンとしているが、雪乃は不満気な視線を教師である麗子に向けている。
「なにか言いたいことでもあるの、春緒さん」
齢は違ってもそこは女同士、危険な緊張感が二人の間に漂い始める。
この春緒雪乃という生徒は、高校生でありながら妙に女を感じさせる妖しさを持っていた。
少女ではなく、すでに女なのかもしれないと麗子は思った。
「別に」
先に視線を外したのは雪乃だった。
「じゃあこれからは、なにかあってもわたしたちは知りませんから。責任はすべて先生がとって下さい、みんな行こう」
捨て台詞を残し、雪乃とその取り巻きたちはその場から離れ、自分たちの荷物の置かれている一角へ行き坐った。
「先生すいませんでした、部長のわたしの責任です。これからは気を付けます」
美術部部長の柳原が、すまなそうに身を縮めている。
「それにしても一番いけないのは、あなたたちよ」
麗子が三人娘を指差しながら、口を尖らす。
「建物の外に出ちゃ駄目だって言ったばかりでしょ、本物の殺人犯がうろついてるかもしれないのよ、なにか起きてからじゃ済まないの。真面目に考えて頂戴ね」
「はあい、わかりました」
「ご免なさい麗子先生」
「軽率でした、気を付けます」
素直に三人が謝る。
「分かればよろしい、あまり上級生相手に突っ張らないでよ。先輩なんだから、少しは敬意を払いなさい」
「でもね先生、あの人たちって普段から意地悪なんです。なにかと言えば威張って、そのくせ自分たちは速水先輩の追っかけしてるんだから、まったく頭に来ちゃう」
沙織が不満たらたらの顔を、麗子に向けた。
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