十年ぶりの再会がこんなに嬉しくないものとは…されど今でも君は昔と変わらず美しい

ALC

序章 歯車のパーツ

第1話いくつもの歯車が噛み合った瞬間…物語は動き出す

何か不意な出来事をキッカケに過去を思い出すことはよくあることだろう。

それは僕が今に生きていないからというわけではない。

過去に未練があるのは誰だって同じことのはず。

それでも今に生きて未来に進む選択肢しか僕ら人類には与えられていないのだ。


高校を卒業して僕は専門学校に通うことになり幼馴染だった彼女は大学へと進学した。


二年後に卒業…

僕は就職することになる。


当時の彼女を僕は知らなかった。

誰と過ごし何をして何を思っていたのか。

高校を卒業を機に離れ離れになった僕は彼女のことを知らなかったのだ。


二十八歳の年。

つまりは高校卒業から十年が経った現在のことだった。


僕は自らの店舗を構えている。

何の店舗か…

それは端的に言って個人経営の居酒屋だった。

毎日少なくない客を相手に僕はほぼ一人で店を回していた。

ホールの従業員であるバイトの娘が二人いるが…

自分よりも十個も年下の娘に恋愛感情など起きもしなかった。

それは僕だから起きなかったことかもしれない。

十八歳の娘に恋愛感情が起きなかったのは単純に価値観の相違というものだ。

僕サイドからの話しかしていないが…

彼女らだって僕に恋愛感情など抱いていないだろう。


そんな他愛のない話は脇に置いておくとして…

本日も一人で仕込みを行いホールのアルバイトの娘がやってくる十七時まで過ごす。

開店時間は十八時。


現在時刻は十六時三十分を過ぎた辺りだった。

仕込みが終了して換気扇の下でタバコに火を付ける。

ゆらゆらと揺らめく白い煙が換気扇に吸い込まれていくのをぼぉーっと眺めていると裏口のドアが開いた。


「おはようございます」


少しダウナーな表情を浮かべてやる気が見て取れない声を出すバイトの娘に僕は同じ様な言葉を口にして応えた。


「店長。聞いて下さいよ」


そんな世間話から開店時刻まで彼女の学生生活についての話を聞いているのであった。



開店まで後三十分となった辺りのことだった。


「店長は結婚に興味ないんですか?」


「なんで?」


「だってそういう歳じゃないですか?」


漠然とした話に僕は苦笑のような表情を浮かべていたことだろう。


「うーん。あんまり興味ないっていうのが本音だね。

結婚と言うものに必死になっている人からしたら腹の立つ意見かも知れないけど」


「興味ないですか…最近はそういう人が多いってニュースで見ましたけど…

実際に目の当たりにしたのは初めてです」


「そう?まぁある程度の年齢で結婚していないと…

白い目で見られる機会は少なくないよ。

僕は別に気にならないけど…

友人は苦肉の策で結婚して…現在は不幸そうだけど」


「既婚者の友人を不幸そうだなんて…

店長ってたまに思いますけど…

性格悪いですよね?」


「そうだね…はっきり言われるのは久しぶりだな…」


「前に言ってくれた人が居たんですか?」


「あぁ。居たよ。異性の幼馴染に良く言われていたよ…」


そこで僕は久しぶりに彼女のことを思い出していた。


「へぇ。今も仲良しなんですか?」


「先に言っておくが…同級生で今でも付き合いがある奴なんて…

一人か二人ぐらいだよ。

全ての人がそうだとは限らないけれど…

本当の意味で深く付き合える相手なんて人生で限られていると僕は思うよ」


「そうなんですねー」


彼女は適当に思える返事を口にして開店準備を整えていた。

時刻を確認してそろそろ店の鍵を開けようと思っていた。


「もう開けるけど。大丈夫?」


「はい。お手洗いだけ行かせてください」


「どうぞ」


彼女がお手洗いに向かっている間に僕は再び換気扇の下でタバコに火を付けた。

久しぶりに思い出した幼馴染の事を少し考えながら…

僕は根本までタバコを吸い続ける。


「戻りました…ってタバコやめたほうが良いですよ。

健康に悪いですよ」


「ん?あぁー」


適当な返事をするとタバコの火を消す。

灰皿に吸い殻を捨てると店の鍵を開けてOPENの看板を掛けた。

そこから十分もしない内に本日一人目の客が来店してくるのであった。



二十三時にアルバイトの娘が退勤のタイムカードを押している。


「まかないは?何が良い?」


夕食とは別に夜食または朝食の為にまかないを作ってあげている。

彼女は苦学生と言うか…

夢を追って頑張っている娘なのだ。

それを応援するために食費を少しでも浮かせてあげたいと思っての善意から来る行為だった。


「えっと…オムライスが良いです。

店長のオムライスが一番美味しいので…」


「ここは洋食屋じゃないんだがな…じゃあ作るから少し待ってね」


「ありがとうございます」


そこから手早く彼女の為にオムライスを作るとタッパーに詰めてあげる。

お弁当のようにしてあげると彼女は非常に喜んで鞄の中にしまう。


「では。お先に失礼します。

シフト希望の用紙は事務所の机の上です」


「了解。じゃあまたお願いね」


「はい。失礼します」


バイトの娘が退勤するとそこから僕は二十四時まで一人で勤務に励むことになる。

二十三時四十五分にラストーダーを取ると閉店作業を行っていた。

客の全員が会計を済ませて店を出ると完璧に閉店作業を終えて裏口から店を後にする。


深夜一時だと言うのに街はまだ眠っていないようだった。

自宅までの道程を疲れた表情で歩いていたことだろう。

欠伸を何度もして軽く伸びをしたりして帰路に就いていた。

眼の前の角から不意に親子が曲がってきて僕は目を丸くする。


(深夜一時だぞ…?幻覚でも見ているのか…?)


現在の状況を信じられなくて何度か目を擦る。

母親は子供を抱いて慌てているようだった。

暗闇の中で目を凝らすと…

何と…その女性に見覚えがあることに気付く。


(いやいや…バイトの娘が変な話するから…アホな幻覚を見ているんだな…)


幼馴染の彼女が昔と変わらぬ美しさを携えたまま子供を抱いてこちらに急ぎ足で向かってきていた。


(わけのわからない幻覚だな…まるで現実味がない…)


自分自身の疲労を感じながら頭を振っていた。


「すみません!救急車を呼んでほしくて!」


(幻聴まで聞こえるなんて…しばらく店を閉めるか…?)


幻覚幻聴を無視して頭を振る。

何も見えては聞いては居ないとでも言うように前へ進むと…

ガシッと腕を掴まれる。


「幻覚じゃない!?」


思わず声が漏れてしまい相手も何故か驚いた表情を浮かべている。


はじめくん!?こんなところで本当に偶然!

でも昔話は後にして…!

とにかく何も聞かずに救急車を呼んで!」


幻覚でも幻聴でも無いことを認識した僕はスマホで救急車を呼ぶ。


歌穂かほちゃん。久しぶりだね」


「本当だね…今は何も事情を聞かないで…

今度連絡しても良い?」


「あぁ。連絡先は変わっていないから」


「分かった。私も変わってないから…」


少しぎこちない会話を繰り広げた僕らの静寂を破ったのは救急車のサイレンだった。

そのまま僕らの下に救急車が停車すると彼女と子供は乗り込んだ。


「貴方は?父親ですか?」


救急隊員に問いかけられて僕は首を左右に振る。


「いいえ。偶然遭遇して…救急車を呼ぶように頼まれただけです」


「そうですか。では失礼します」


そうして救急車が発進すると僕は自宅であるマンションへと戻っていく。


本日の不可思議な出来事に少しだけ思いを馳せながら…

適当に晩酌を済ませてお昼過ぎまで眠りにつくのであった。




目を覚ますとスマホには何件もの通知が届いている。


「結婚に興味ないってケイから聞きました。

なんだかショック受けていたみたいですよ」


ケイとは昨日のアルバイトの娘の名前である。


「なんでショック…意味がわからない」


「あれじゃないですか?自分の十年後を想像してショックだったとか?」


「それは青空そらさんの勝手な想像?」


「どうですかね。

とにかく嘘でもいつかは結婚したいとか言っておいたほうが良いですよ。

言霊ってあるじゃないですか」


「善処する」


青空とは同じくアルバイトの娘である。

彼女も同じく十八歳の学生だ。

何故バイト先の店長でしか無い僕にその様な話を期待するのか…

まるで意味がわからなかったが適当に返事をした。


「結婚じゃなく…パートナーとして同棲とかは興味ないですか?」


ケイからも通知が届いており僕は嘆息する。

青空に言われた通りに…

彼女らの期待に沿うような答えを口にする。


「そうだね。そういう人が現れたら…嬉しいと思うよ」


「ですか!良かったです」


どの様にでも捉えられる返事に僕は適当なスタンプを押して応えた。


「昨夜はありがとう。子供は無事に病院で治療を受けました。

本当にありがとうね」


歌穂からも通知が届いており僕は一つ息を呑む。


「うん。歌穂の子だよね?結婚していたんだ?」


「そうだね。結婚して二児の母だよ」


「そう。おめでとう」


そこで返事を終わらせるために適当なスタンプを押す。

流石に既婚者の女性と長い間連絡をするのは憚られた。

スマホをポケットにしまって身支度を整えようとしていると…

再び通知は届く。


「今度…会って話せない?

昨夜の事情も説明したいし…」



偶然にも十年ぶりの再会を果たした幼馴染は既婚者で二児の母だった。

こんなに嬉しくない再会があるだろうか。

僕は彼女へ抱いていた密かな恋心を完全に消滅させていたと思っていた。

だが…

どうやら十年経っても…

僕は彼女に密かで僅かな恋心を患っていたようだ。

僕はこの誘いにどの様に返事をするべきなのだろうか…


僕と彼女らの関係は…

これからどの様に進み出すのだろうか。


歯車は今…

噛み合い…

回り始めたばかりだ。

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